第41話 1―41 空の胡乱

 一瞬、それが何かわからなかった。

 俺は宮殿の中から思わず空を見上げてしまった。


 もちろん見えた物は宮殿の高めの天井だけだったのだが。

 よく見ると、天井にはあちこちに装飾が施されていた。


 真っ白だから、今までよくわからなかったな。

 発見出来た物といえば、その隠しアイテムのような宮殿の美だけだった。


 何かが俺の放った索敵に引っかかったように思えたのだ。

 大気中に放って使うあれだ。


 別に何かを捉えようとして放ったわけではなく、騎士としての日常の修練のためにそうしていただけなのだったが。


 そこに何かが居たような気がしたのだが。


「空? ……鳥かな」


 俺は宮殿の姫君の部屋から、もう一度それを蒼穹に向けて放ってみたのだが、やはり特に反応する物はなかった。


「最近感度が相当上がっているみたいだから、大きめの鳥の反応でも拾っちまったかな」


 今日はどんよりとした雲が帝都の空を覆っており、姫様もお出かけに気乗りしないようだった。


「今日は屋内でダンスの練習しよう」


 彼女がそう言い出したのには訳がある。

 近いうちに毎年恒例の舞踏会があるらしい。


 皇帝家に関しては、もうほぼ第一皇女が跡継ぎとなる事が決まっているので、そっち関係は静かなものなのだが、一般の貴族などはそうではないものらしい。


 社交と政治に力が入る季節で、また地方にいる貴族も帝都へ往復数か月かけてくるものさえいるという。


 また、ここで社交界へデビューする貴族の子弟も多く、またコネ作りや商売の話、そして婚姻関係などの絡みもあるようだ。


 とにかく、この国というか帝国の版図に生きる支配階級の人間にとっては一大行事であり、この宮殿も大忙しの時期なのであった。


 当然皇族の騎士としては俺も姫君と踊らねばならないのだし、またエリーセル自身も近未来のこのブラストニア帝国の主役となるであろうグラッセルに非常に近しい皇族である。


「だからね、その私の騎士ともなればダンスの申し込みがいっぱい来るよー。

 練習しておかないと大変だよー。

 頑張ろうね。


 それとお姉様の派閥に近寄りたくて、娘をホムラと結婚させたい貴族だっていると思うし」


「うーん、もてるのはいいけれど、そういう政略的な思惑はありがたくないな」


 そういう訳で、俺は事あるごとに主の少女と踊る破目になっていた。


 この踊りのために、今回は白を基調とした騎士装束を用意された。

 今度はまた少し趣が違う催しらしい。


「間違っても、この間の家族パーティと同じだと思うな。

 まあ気合を入れてダンスの練習に励むのだな」


 主催側の筆頭であるグラッセルもそう言っていた。


「この前は、あんたが一番悪乗りしていたよな。

 さすがに帝国主催の大パーティがあんなんだったりしたら、この俺が一番驚くわい」


「はっはっは、わかっていりゃあいいのさ」


 そういうわけで、本日はまたあの宮殿の舞踏会場を貸し切りにして、この世界流のダンスを踊っていた。


 まあ本番で使う会場に慣れておこうという思惑もあるのだ。


 エリーセルの話によれば、俺は当日最初にエリーセルと一曲踊った後で、他の女性からの申し込みを待つ。


 おそらく最初に申し込みをしてくるのは、下級貴族の社交界デビュー組の少女達だという。


 一般の御令嬢は、社交界デビューに緊張している幼い彼女達のために、その手の番を譲るのが慣例となっているらしい。


 彼女達はその後でという事のようだ。


 大体、その少女達はエリーセルとプラマイ一歳ほどずれる範囲となりそうだから、気を付けないとかなり体の小さな子も来るかもしれない。


 またそういう子は、まだ上手く踊れない可能性があるので、体格が合わない子供を上手にリードしてあげる技量が必要なのだと。


 緊張している子達をほぐしてやる話術も不可欠というし。


 そこで練習相手にうってつけなのがフローセルだった。

 エリーセルよりも体が小さく、またダンスも下手くそなのだ。


 そういう子との踊り方の指導は、話術の指南なども兼ねてグランにお願いした。


 一応、彼もそういう場ではフローセルと踊るので指導は適任だ。


 だが奴が面倒がって、すぐにどこかへふけるので、そういう時はあの子を助っ人に呼んだ。


「やあ、今日はよく来てくれたね」


「はい、宮殿なんて初めて来たので緊張するのですが、でもこれは一体」


 まあ、いきなりこれでは戸惑うわな。


「可愛い!

 ジェストレアス、とっても可愛いのです」


 我が主は何かツボに入ったようで、両手を前で組んで瞳をキラキラさせていた。


 そう、踊りの感じを掴むために彼にはエリーセルのドレスを着せてみたのだが、これがまた似合い過ぎだった。


 これには我が姫君も大興奮で何かに目覚めちまいそうだな。


 あのグラッセルがこれを見たら、一体どう思うのか。

 こりゃあ逆ヅカもいいところだ。


「やべえ、お前ちょっと可愛すぎる。

 間違っても変態貴族なんかに連れ込まれるなよ。


 俺がアントニウスから怒られちまうから。

 いやお前、こいつはマジで『きてる』わ」


「ええっ、そうなんですか⁉」


 もう、エリーセルの侍女のマルシアなんかもツボに入ってしまって、銀髪のカツラまで持ち出してきて、てきぱきと御令嬢に仕立ててしまった。

 

「もう、とっても可愛いのです。

 これで男の子だなんて詐欺ですわ~」


「いやー、参りましたね。

 では本日はよろしくお願いいたしますね」


 そう言ってジェストレアスはドレスの裾を摘まんで、実に優雅なお辞儀をした。


 さすがは帝都が誇る名門侯爵家における将来の執事⁉

 やべえ、これはまさに御令嬢ですわ!

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