第42話 1-42 魔物の空

 俺は朝からお気に入りの場所へ散歩をしに行っていた。


 宮殿にある中庭だが、よく手入れをされており、空もよく見えるのだ。


 最近は普段も騎士っぽい格好をしているようにとのお達しで、支給されたそういう格好をしている。


 無論、儀礼用の仰々しい物ではないのだが。


 なんというのか大きめの襟付きの革の前合わせジャケットというか、これ少し白バイ隊員の制服あたりに似ていないかな。


 あれをもっと優雅にしたような感じか。


 まあチャラチャラしていなくて割と動きやすいのでいいかな。


 それに最近フローセルが作ってくれた特殊な素材で作られた剣を腰に差して。


 こいつには魔法の超電導のような効果があって、剣自体に魔力が消費されずにゼロ抵抗で魔力を伝えてくれる素晴らしい性質がある。


 俺の困った特製のスキルに合わせて、元から持っていた手持ちの技術を合わせて作成してくれたものなのだ。


 俺の強力な力を剣に纏わせても剣自体は破壊されずに、それでいて炎や電撃などの、そして闇魔法のような効果を発揮してくれるのだ。


 ショートソードといっていいくらい刃は短めなのだが、能力や魔法がエクステンション効果を発揮するので、剣自体の大きさはあまり関係ない気がする。


 この魔法剣は俺のお気に入りだ。


 なんたって、こいつのお蔭で一応は魔法剣士みたいなものなのだからな。


 やっぱり、あの子は天才なのだ。


 もちろん、お風呂も作ってくれと哀願しておいたのだが、残念ながら少し興味が薄いようだった。


 俺の体質関連なら解剖したいくらい興味があるのだろうがね。


 前にもらったマギメタルの槍は破壊せずにいられる自信がない。


 槍も作ってもらえるように頼んでおいた。


 あれは空中を飛ばしたり、魔女の箒のように跨って飛んでみたりと、あれこれ試している。


 あれで飛んでいたらキャセルに見つかってしまい呆れられたが。これもいざとなったら『砲弾として』役に立てよう。


 皇帝家紋章入りの宝剣の方は、本格的な儀礼的な時に使うのみだ。


 あれは主からいただいた大事な物で、俺の身分証も兼ねているようなものだから大切にしないといけない。


 魔法剣の方も普段持ち歩くものなので、一応は紋章を入れてくれてある。


 まあ第二皇女様自らお作りになられた皇帝家謹製の逸品なのではあるが。


 一応、宝剣には第二皇女エリーセルからもらった印が入っており、魔法剣には第三皇女の印が入っている。


 やたらな人に魔法剣の方を見せると、まるで俺が第三皇女の騎士にでもなったかと勘違いされるかもしれない。


 槍その他にはすべて、第一皇女の紋章が刻まれているのだがな。


 そして、そんな時に急に大気がざわめいた。


 なんというのだろう、大気がうっすらと力を含むその中を、蜘蛛の巣を払いのけるような感じに強引に押し進む何かの気配。


 それに気が付いた俺はそいつに索敵をかけてみたが、これがまた驚くようなものだった。


「な、なんじゃこれは。

 俺の感覚が間違っていないというのなら、こいつの大きさは」


 おれは唾を飲み込んで、言葉を区切った。


「全長二千メートル。そんな馬鹿な」


 だが、俺はその場で電荷を操作して空へ飛び上がると、その影を遠い空に認めた。


「昨日の気配は気のせいじゃなかったか」


 そして、じっと見つめていると、その近づく速度は異常だった。

 超音速戦闘機かよ!


「速い! しかもこっちへやってくる⁉」


 全長二千メートルの物体が高速でやってきて、この帝都上空を通り過ぎる際の衝撃はいかばかりか、あるいはそいつがこの上に留まって強力な羽ばたきなどをしたら。


 俺は大昔の映画を思い出した。超でかい蛾が羽ばたきをする奴だった。


 コンクリート製のビルがバラバラになって吹き飛んでいくんだぜ。

 車も木っ端のように飛んでいく。


 こいつは、それよりも確実に全長が数倍はでかい!


「ここへ真っ直ぐに向かってきているな。

 くそ、どうする?」


 実際には、そこまでの速度ではないようだ。

 相手の図体が大きいから実際の速度よりも速く感じるだけで。


 とりあえず、姫や他の皇族を安全な場所へ避難を。

 いやもう間に合わん。


 それに大勢の宮殿の人達が大変だ。


 俺は別に警備隊の人間でも軍人でもないのだが、こういう時のために国から毎月いい給料をもらっているのだからな。


「よし、試してみるか!」


 俺は遠話、テレパシーで闇魔法的に力を込めて、そいつに向かって強力に放ち試してみた。


 そして、こう命じてみたのだ。

「そこのでかい鳥、こっちへ来るな。

 進路を変えろ!」


 これで駄目なら要撃のためにスクランブルして、虎の子の五十ミリ電磁砲の出番となる訳だが、さすがに相手がここまで大きいと、あれを使っても心許ない。


 それは突然に現れた。

 帝都を覆い尽くすような黒い影。


 いや黒いというよりか、そいつは『空色』をしていたのだ。


 なんて奴だ、あれだけの図体をして無敵そうなのに保護色持ちなのだと~。


 いや保護色というか、単なる空色迷彩?

 恐ろしい奴。


 この世界には福音書という聖書に似たような神殿が配布する書物があるが、それはきっと、この福音書に登場するような伝説の怪物なのだ。


 俺は福音書にはそう詳しくはないが、あれを聖書的に解釈するのであれば巨鳥ジズにあたるようなものか。


 あれも解釈がいろいろあるんだよな。


 いろいろな書を渡り歩く間に生まれた、地球では本来なら正式に様々な書の中には存在しないはずの、いわば誤翻訳誤解釈からくる勘違いの産物という説もある。


 いろいろな呼び名があるのだし。


 そして、ふと話題にした時に聞いたところ、この世界の福音書にジズらしき怪物はいないらしい。


 どうやら海と陸の奴はいるらしいのだが。


「こいつが本当に、あの地球の物と同じようなジズっていう奴なのだろうか」


 そして奴は見事に方向を変えた。

 小さくなっていく、その姿。


 だが空から消えてしまったわけではない。


 あまりにもでかすぎて、少々遠ざかっても大空高く遊弋する姿は完全に消えないのだ。


 まるで空飛ぶ富士山のようだ。

 実際に奴が飛んでいる高度は富士山よりも数倍高いのだろう。


「お、俺の闇魔法系の命令が効いたのか?」


 だが、その効果は一時的な物だろう。


 あいつが特に俺の言う事を聞く義理はないのだから、離れてしまえば命令も薄れ、本来の命令に従うまでだ。


 あれの襲来を受けて、宮殿内も騒然としていた。

 こいつはもう怪獣映画の世界だぜ。


 福音書なんて糞食らえだ。

 俺は一旦、姫様の元へ帰った。


「あ、ホムラ。

 この馬鹿、騎士が姫様を置いてどこに行ってやがった。

 今……」


「知っている。

 今、あの怪物を見かけて闇魔法で一時撃退した。


 またすぐ戻ってくるぞ。

 あの怪物は、おそらく俺の世界ではジズと呼ばれている古代の魔物だ」


「なんだと!」


「いきなりまた、なんでここへやってきたのかしらんが、あいつはかなり離れても姿が消えない。


 もし敵が攻撃をしかけてきているとしたら、この帝都にとっては天災級の災厄になるぞ」


「マジでか!

 お前が撃退したのか。

 どうだ、倒せそうか」


「わからんが、奴には俺の闇魔法が効くらしい。

 この宮殿に皇族用の地下待避所はあるか」


「あるけど、地下は崩れないか」


「まだ地下の方がいい。あいつの羽ばたきを食らうと地上にいる方がヤバイ。

 大嵐なんてものじゃない。

 へたすると石作りの建物だって崩れるぞ。


 特に一か所に滞空して攻撃されるとかなり危ない。

 逃げたって、あっという間に追いつかれるだろうしな」


「この帝都にあんな怪物が出るなんて。

 これも繁栄と災厄を共に呼んでしまうという依り代の巫女の、私のせいなのかな」


 俺は不安そうな翆瞳を揺らす主の、柔らかい金髪の髪をそっと撫でて笑ってみせた。


「姫様、そう心配するなよ。

 そういう時のために俺みたいな奴が同じ時期に現れる事になっているんだろう。


 ここのところの精進を主に見せる時が来たようだな。

 キャセル、姫様達を連れて宮殿の地下にある待避所に入っていろ。


 あいつの羽ばたきは災害レベルだ。

 さっきは一時的に追い払ったが、きっと戻ってくるだろうから」


「ホムラは?」


「今から魔物退治に行ってくるよ。

 成功したら報奨金はよろしくな!」


 そして、彼女達がちゃんと退避行動を取ったのを確認すると、中庭へ戻り再び飛んだ。


 ディクトリウスの祝福で強化された力は凄まじかった。


 今では俺は磁気・電磁気がどのような状態にあろうとも安定して高速で飛べる。


 まあ、さすがに世界一周とはいかないが、この帝都の要撃戦闘機くらいの役割りは果たそう。


 せっかく金のかかった大砲まで持たせてくれてあるんだからな。


 グラッセルはこういう事態まで想定していたのかな。


 何か、魔物に関する情報を掴んでいたのかもしれない。


 この前に外国へ行っていた要件も、そういう案件も含まれていたのかもな。


 さあ鳥野郎め、退治してやるぞ。

 大空の覇者は俺だけで充分なのさ。


 案の定、空の向こうの可視範囲で雲の遥か上空をゆっくりと旋回していた奴は、半ば警戒するかのようにゆっくりと帝都に向かって近寄ってきた。


 色のせいで、ゆったりと背景に溶け込まれると、ともすると見失いそうなので、俺は自分のセンサーも併用して位置の確認をしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る