第38話 1-38 イベントの締め
その後は自由参加で『天空神ホルス様とのアームレスリング大会』が催された。
「おい、だからこれはやりたくないんだって!」
「あかーん、騎士は全員強制参加やでー」
そう言われて俺も仕方がなく参加したのだったが、俺の右腕は開始早々に優しいゴリさんに笑顔で寝かしつけられた。
いやあ0・1秒も持たなかったぜ。
相手が本気なら俺の右腕は一瞬にしてミンチになっていただろう。
さすがに他の連中も『神の力』の前に全敗した。
何故か皇族も全員参加していて、我が姫君も大喜びであった。
「きゃあ、ゴリラさんつよーい」
その可愛い様をとっくりと眺め、非常にご満悦そうなグラッセル。
そうか、これがお姉様の狙いであったか。
脳筋騎士だけは結構善戦していたのだが、さすがに種族の壁は越えられなかったようだ。
無念そうにしているな。
まあ人間そう無理はしない方がいいとは思うのだが、その中で唯一皇帝陛下は見事に引き分けて見せたのだ。
あれを知っていれば、まあ確かに騎士としては悔しがるシーンだよな。
俺なんか完全に騎士の範疇外の人間だわ。
別にゴリさんが、偉い彼に対して
ゴリラの辞書に忖度の二文字は存在しない。
全身の筋肉をパンプアップして腕に集めていた皇帝陛下はもう人間とは思えない代物であって、血管が浮きまくった国家の最高権力者の鬼のような貌に俺は思わずビビったのだが、ゴリさんはなんとかゴリラとしての矜持を守り、かろうじて引き分けに持ち込んだ。
お互いに汗びっしょりで、勝負の後に実にいい笑顔を浮かべていた。
ゴリラってライオンでも戦うのを嫌がる相手だという話を聞いた事があるが、お前ら絶対に人間じゃねえ。
そもそも片方は最初っから人間じゃないのだが。
そして皇族全員が(騎士も含めて)楽しく遊んだので、パーティを締める事になった。
「ホムラたん、最後のダンスってどうなったん?」
「ああ。
おおい、キャセルー」
俺はゆっくりと休んで回復した奴らに声をかけた。
サンボーイの女騎士が気を利かせて魔法で回復させてくれていたみたいだし。
「はいはい。
では皆様、人数の関係がありますので使用人の方も含めて二重の輪になってくださーい」
そう、イベントの最後はこれしかないわなあ。
『フォークダンス』
「そう来ましたか、じゃあ私は当然エリーセルたんとからやな」
それ、本当は彼女の騎士である俺の仕事なんだがな。
まあいいや。
「お姉様、楽しそう」
「そりゃあ、エリーセルたんとフォークダンスなんやからなー」
「お姉様、フォークダンス踊れるのですか」
「もちろんや!」
「さすがです、お姉様。大人の貫禄ですね。
なんといっても第一皇女ですもの、すべてのダンスには精通していますよね」
それは違うぞ、エリーセル。
我が姫君よ。
単にそいつの正体がアレなだけなんで。
そして、フォークダンスでは定番のあの音楽が流れてくる。
皇帝夫妻が組み、俺やグラッセル以外はそれぞれの騎士と組んだ。
つまり眼鏡少年エルンストは脳筋騎士バイカンと踊り、ファウストはゴリさんとだ。
一曲終わり、第一皇女グラッセルは名残惜し気にエリーセルの手を離した。
エリーセルがゴリさんと踊りたがっていたので、そうなるように並びが組まれていた。
エリーセルはゴリさんに抱え上げられるようにして、半ば振り回されるような感じに踊っていて二人とも楽しそうだった。
俺は最初セイと踊ったので、なんか男二人組みたいになってしまったが、まあ手を握ればそれはちゃんと女性のものだった。
お次の相手はもう一人の正統派女騎士のアリアセルだ。
正統派もへったくれもない、この人って本当は神官なんだもんな。
そりゃサンボーイみたいな奴には手厳しかったりもするだろう。
でも防御魔法を使う殺しても死にそうにない身体強化皇子と回復魔法を使う凄腕の神官騎士か、遺跡の探索とか行くのなら、絶対に一緒に連れていきたい人材だな。
たぶんサンボーイって、そういう話には目がなさそうだから、同行に説得の必要すらないかもしれないし。
あと圧倒的なパワーを誇るゴリさんも誘ってみる?
あの方ならバナナで安上がりに釣れそうだな。
それくらいなら結構いいパーティバランスになるのではないかと。
あと、本当は多彩な支援魔法や防御魔法の名手であるディクトリウスがいてくれると最高だ。
さすがにあの人は物見遊山の探索には付き合ってはくれないのだろうが、もし皇帝から何か遺跡での探し物の依頼でもきたら、その時はそれもありなのかもしれない。
そして、エリーセルとたくさん踊りたいグラッセルの我儘で、フォークダンスはこれまた長々と続き、またしてもうちの音楽隊が悲鳴を上げる事になったのであった。
「よし、じゃあお前らも輪に入れよ」
「え、それじゃ音楽はどうするんだよ」
「任せろ、奥の手があるっていったろ」
そして、俺はそれを放った。
『魔法のレコード』を。
何のことはない。
奴らが演奏している音楽を、電磁気により金属の中に信号として封じ込めておいたのだ。
それを電磁気でトレースして取り出して、空気を振動させてエアスピーカーとして使用して音楽を流すのだ。
空気をスピーカーとして使う技術は地球にも存在する。
だが、さっそくキャセルが文句をつけてきた。
「くそう、そんないい物があるのなら何故さっさと出さないのよ!」
「何を言うか、生演奏の方がいいんだぞ。
皇族のダンスのBGMがレコードだなんて許されるもんか」
だが連中は涙目で俺を罵っていた。
「バーカ、バーカ、ホムラのバーカ」
「そうです、このアホ落ち人」
「ううう、落ち人に呪いあれ」
「はっはっは、これぞ現代科学の勝利よ。
もっとも、俺が蓄音機に触っただけでも火を噴いちゃうけどなー。
手回し式蓄音機とか螺子巻き式のオルゴールとかはどうなのかねえ」
その落ち人への呪いの文言コントと、レコードミュージックの不思議な響きに、皇族の人達も微笑ましく満足を面に表したのであった。
一つだけ心残りだったのは、俺がゴリさんと踊れなかった事か。
あれは結構みんなも楽しそうだったのに。
俺も同じ側の輪にいたからなあ。
しまった、途中で反対側にいる誰かに代わってもらえばよかった。
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