第37話 1-37 第一皇女の騎士
お次は全弟皇子対脳筋騎士の戦いだ。
種目は綱登り。
「おい、なんで女騎士じゃなくってサンボーイの方が出ているんだよ」
「そら、あの子が出たがるんだからしょうがないわ」
「もう騎士杯でもなんでもないな」
「だから、こんなもんは家族の集まりの余興言うたやろ」
この人も案外兄弟には甘いのかね。
エルンスト達が言っていたのはこういう事か。
これは確かに騎士対抗でもなんでもないわ。
「自分がやりたい奴」あるいは「主催者の第一皇女が出したい奴」が出場するんだな。
まあ、お蔭でいろいろ練習しておいたので新技も入手できたし、いいアイテムも手に入ったんだけど。
「ところで綱登りって何」
「これや」
そこに置かれていたのは丸くまとめられたロープと、『笛』だった。
「うわ、まさかと思うが」
「そのまさかや。
その魔道笛を吹いて、マジックロープを伸ばして天井タッチや」
「インドの蛇使いかよ。
ルールが天井タッチばっかりじゃないかー」
「だって、ここ天井や壁くらいしか使う物がないんやで」
「いや、そう言われればそうなんだけどさ」
そしてやる気満々の選手二人が笛を手にして競技スタート。
弟皇子は、ぷうぷう吹いていたが、まず音がちゃんと出ていない。
おい、せめて練習くらいさせておけよ。
脳筋騎士の方はロープの上に立ち、静かに、そして実に深い音色で吹いていた。
まるで京の橋の上あたりで牛若丸が吹いていたら、こんな感じなのかと思うようなメロディであったのだが、実際には、どこからどう見ても弁慶が獲物を待ちながら吹いているようにしか見えない。
そして、足裏をロープが静かに押し上げ、微動だにしていない騎士バイカンを静かに押し上げていく。
まるでロープに意思があってその演奏を邪魔したくないとでもいうように粛然と。
だが後天井まで一メートルといったあたりで、ロケットのように飛び上がった全弟皇子が勢いよく追い抜き、大音響を立てて天井に突っ込んだ。
これじゃあサンボーイじゃなくってロケットボーイじゃねえか。
なんか頭が天井にめり込んでいるぞ。
「あー、上手く音が出せないから不発でロープに貯め込みまくっていた魔力が、たまたまツボに嵌って一気に点火したかあ。
あっはっは」
「おい、あっはっはって。
さすがにあれは死んだんじゃねえのか」
「ああ、大丈夫。
あの子は物凄く強い防御魔法の使い手だから。
常時、身体強化を精進しているから、見た目に比べて体は強いの。
あの程度なら何万回やったって死なへんよ」
「はあ、それであの人は無茶な芸をしたがるのか」
「まあ、一応は回復魔法士のアリアセルたんを騎士に付けてあるんやけど。
あの子は容姿を見ても、いかにも回復系の神官っていう感じやろ。
神殿から強引に強奪してきた人材やからなあ」
それには俺も呆れた。
貴重な強力回復系神官を、遊びに命をかけるようなアホ皇子の弟につけるために自ら乗り込んで強奪してきたんだな。
あの業突張りそうな神殿がただで渡す訳がないから、その見返りは凄かったんだろうけど。
もしかしたら、俺の魔法習得の対価も?
だが俺の場合は、魔法を習得出来たと表現するのもアレな結果だったのではあるが。
とにかく、俺の魔法習得やこの騎士杯なんかの話についても、なんだか裏事情が絡んで二転三転していくな。
まだ何か裏の話が他にあるのかもしれないな。
そして、お次はグランと、あれは……誰だ?
だがそれを見てニヤアっと怪しげに笑ったグラッセル。
「ホムラたん。これはハイレベルな戦いになるでー」
「へえ、さてはあいつはあんたの騎士か」
グランの相手は、それこそ眉目秀麗というのが似合うような……もしかして女騎士?
これがまた正装というか男装というか、これから舞台に上がるための豪奢な衣装みたいな感じの格好だった。
まあそれも一種の礼装と言えないこともない。
眉目秀麗は男性に対する賞賛なのであるが、そう言う他に賞賛する言葉が無いような人材だった。
口に真っ赤な薔薇の花を咥えて、どこかで見たような感じのポーズを取っている。
力強い光を湛えた目を宙に向け、反り返らせた手を前と後ろに伸ばして。
目の前に姫がいたら、今にも気障な台詞を言い出しそうな。
あれだな、なんというか歌劇団の男役っていう感じの。
この女、生前はそういうのも好きだったものらしい。
「なあ、あれ女騎士だよな」
「そうや~。
あの子はセイというんや。
この第一皇女グラッセルともあろう者が、何故むさくるしい男なんかを騎士として持たなければならんのや?」
「そうだったか。
うーん、もしかしてヅカ?」
「もしかしなくても、ヅカ」
セイにはスターという事で『星』の漢字を当てているのかもしれないな。
「一人だけで?」
「一応、騎士は皇族一人につき一人だけという決まりがあってなあ。
集めまくったら騎士じゃなくて騎士団になってしまうやないか。
いや本当は凄く『団』が欲しいんだけど、他との兼ね合いもあってなあ」
「そりゃそうなんだけど」
そうか、権力争いになった時に個人武力がエスカレートすると殺し合いになっちゃうからなのかな。
一人だけが騎士団を持っていたらパワーバランスが崩れるよな。
他の皇族が騎士団を持ってもまた更に激しい殺し合いだ。
これくらいだから丁度いいのかね。
でもこいつが欲しいのは騎士団じゃなくて『歌劇団』なんだろうな。
もし本当に作るのなら、さしずめ名前は『
優秀な『マッドサイエンティストに仕える騎士』対男装の『〇〇〇〇〇の騎士』の対決だった。
そして種目は風船割り。
「ねえ。いくらなんでもこの種目だと、なんかもう色々と台無しなんじゃないの?
さすがに、この組み合わせではさあ」
「そんな事を言うのはホムラたんが、この騎士杯の初心者だからや。
これは皇族の『家族レク』なんだから。
従者が主を楽しませる興なのだからな。
今日は特にエリーセルたんの傷ついたハートを癒すためのお子様コースなんやから。
いつもは、もっと父上や私向けのハードコースなんやで。
アレな落ち人のホムラたんには、そっちの方がもっとお好みだったかにゃ?」
「アレなとか言わんでくださいな。
ハードコースは絶対嫌や。
そして、犬耳を装備しているくせにその語尾は何!」
あれかー、なるほど小学生向けくらいまでにレベルを落としてあるんだな。
俺もあまり人の事は言えない出し物だったけど。
いきなりのハードコースは全力回避で遠慮したいね!
そして二人は風船を突くために先を丸めた模擬剣を手に、宮殿のダンスフロアを所狭しという感じで華麗に舞っていた。
ブランは騎士の所作に満ちた舞い、相手はスターとして華麗に舞った。
艶やかという言葉がよく似合う二人であった。
一応はあれでも男女のペアなのだ。
あの頭の上の紙風船さえなきゃ、まだ十分に見られた演目だったものを。
しかも、お互いに主のために真剣にやっているんだものなあ。
結局、所詮は遊びの風船割りなので、この二人の勝負には互いに決着がつかずに皇帝陛下自ら引き分けを宣言された。
この組み合わせでは、いつまでやっても、こんな御遊びレベルでは決着がつかないレベルらしい。
回避能力が高過ぎて互いに掠りもしていない。
本来なら、これが皇女の騎士に要求される能力なのだ。
俺なんかが相手だったら三秒と持たんな。
というか、同じ舞台にすら上げてもらえないレベルだ。
俺に精進しろっていう意味なのかもしれない。
それに、これは単に主催者本人が見たかっただけだろう。
二人には見事な舞いを見せた褒美として、各々に対し、久々に出ると言う『皇族ギフト券』が与えられた。
「ホムラたん。
これは帝都の店で何でも、どんな高価な物だろうと欲しい物が購入できるスーパー買物券のような代物なんやで」
「へえ、いいなー」
あれも捨てがたい褒美だ。だが、俺は無限収納と凄まじい性能の超合金製の槍をもらっちゃったからね。
あんなもんは、いくらこの大帝都でも街で売っちゃいないだろうな。
贅沢を言ったら罰が当たるわ。
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