第28話 1-28 異世界ダンス・ダンス・ダンス!
「なあ。本気か、お前」
「当り前だ。
じゃあキャセル、何か。
今から俺にこの世界のダンスの名人にでもなれというつもりかよ。
明後日までにさ」
「そりゃあ、まあ……そうなんだけど」
俺が何の練習を始めたかというと、『地球のダンス』の、しかも楽しい系だ。
そもそも俺はこの世界のダンスなんて知りはしない。
そこで自分の知識にあるダンスで攻めようと思うのだ。
あの第一皇女様がどんな方なのかはわからないのだが、あの皇帝陛下の娘で、話に聞いたような方なのだったら絶対に落ち人の世界のダンスは見たいと思うはずだ。
というわけで、俺のなんちゃってダンス劇場の始まりだ。
護衛隊の連中も今日はドレスを来て椅子に座り、武器ではなく楽器を手に取っていた。
主に弦楽器だな。
弾けるだけ、この連中もたいしたもんだ。
さては以前から、この訳ありの皇女様のために弾いていたんだな。
うちの父は会社の重役をしていたせいか、社交ダンスなども親しんでいた。
勤め先は大きな会社で、昔からある某財閥系企業ともよく付き合いがあったのも影響している。
結構そういう催しもあって、重役の中では一番若い父が行かされたりもしていた。
よく母も一緒に行っており、二人が家でも練習でよく踊っていたので俺も各種ダンスに知識だけはある。
あくまで知識だけなので、公式な場でいきなり踊れと言われれば困ってしまうが、地球のダンスを誰も知らない場所なら好き勝手に踊ればいい。
どうせ、ここには元々存在しない物なのだから向こうからはケチのつけようもない。
という事で、うちのまだ子供の姫様でも楽しく踊れそうなタンゴにでもしておいた。
音楽は俺がリズムを口ずさむのを必死で護衛隊の連中が強引に引いている。
楽譜もないのによくやるよな。
タンゴをやらせても悪くないような弦楽器などもあるのでよかった。
生憎とタンゴに使うアコーディオンみたいな物はさすがになかった。
確か、あれはバンドネオンだったか。
楽器は地球の物とはあれこれ違うので、俺にはすぐには弾けないな。
連中が苦戦しているのには、もう一つ訳がある。
俺はドレミファソラシドの音階で口ずさむが、この世界に実はドレミファソラシドという音階は存在しない。
世界が異なるので規格が異なるのは当り前なのかもしれないけれど。
だから俺が普通に歌うというか音楽風に口ずさむと、それは最初っから『音が外れている』のだ。
「この音痴め!」
「おい、ちゃんと歌えよ」
「はは、無理だな。
音階そのものがまったく異なるのだから、俺にこの世界の歌がまともに歌えないのと同じで、お前達も地球の音階はそのまま歌えない。
『翻訳』が必要なんだ。
それは翻訳の魔導具にも変換不能なのさ。
それを成し遂げるには、おそらく絶対音感という生まれながらの希少で特殊な能力が必要だろうな。
そんなものを持っているような奴は滅多にいないよ。
まあ頑張れ」
連中は俺と俺のいた世界を呪っていたが、恐るべき事に、その日の最後には結構演奏できてしまった。
そして、続いて俺はそいつを踊ってみせた。
相変わらずの口BGMなのだが。
それ、ずんちゃずんちゃ!
「えー、なんじゃそれは~」
「ちょっと!
ねえ、さすがにこれは宮殿でマズくない?」
「身内の集まりなんだからいいだろう。
はっきり言っておいてやろう。
こっちが本命のダンスなんだよ。
いいか?
目的は『第一皇女様のハートをノックアウト』する事なんだからよ。
こういう物はノリが一番大事なんだから、絶対に湿気た面見をせるな。
皇帝陛下達もいらっしゃるんだろう?」
「だから余計にマズイんじゃないか~」
そして肝心の我らが姫様なのだが、ご自身が大歓喜していらっしゃる。
「ホムラー、これ超楽しい~」
「あはは、いいでしょう。
後は音楽が揃えばねー、もっと楽しいんですよ~、チラっ」
「ちくしょー、やりゃあいいんだろ、やりゃあ」
「おう、その通りだぜ!」
そして俺と姫様は楽しく一緒になって踊り、護衛隊の連中は顔に垂れ線をぶら下げながら、必死で演奏の練習をしていた。
こいつは曲のテンポがこの世界の音楽よりも速いから大変だ。
この世界の成人は十五歳なので、俺は一応ぎりぎり大人扱いなのだが、姫様はまだ子供枠だしな。
王族の場合はその歳でも嫁に行くのはザラだというが、まあそれでも。
そして、俺はただの臨時雇いの騎士だ。
参加者は身内しかいないのもあって、やりたい放題やったって構やしない。
だが、それにもルールっていうものがあるはずだ。
皇族から顰蹙を買うようなおかしなものは駄目、場を盛り下げるようなどっちらけの物も駄目だ。
この世界の物ではない、目新しく楽しい物。
それが狙い目なのだ。
というか、第一皇女様は、この催しでそれを期待している。
つまりいってみれば俺が主賓なのだ。
そういうツボさえ理解していて、それを外さなければ俺達の勝ちという事で、優勝トロフィーは第一皇女様の笑顔だ!
そして、もしかしたら彼女も妹の気持ちを慮ってこの催しに、本来なら参加資格がないらしいエリーセルを呼んだ可能性もある。
だから急遽このタイミングで帰国したのかもしれない。
この世界の通信や移動手段はどうなっているのか。
エリーセルは彼女に呼ばれて楽しそうにしているから姉妹は仲がいいのはずだ。
特にこの二人は皇女として、役割は絶対に被らないだろうから特に対立する理由がない。
依り代の巫女というのが何なのか俺にはわからないが、それはきっと特別の存在であり、そして次期権力者を目指しているらしい彼女にとっては手の内に置きたいものなのに違いない。
そしてエリーセルにとっては、グラッセル皇女は目上で、将来に渡って庇護者となってくれる可能性の高い身内というありがたい存在なのだ。
手紙の文面からして第一皇女は陰陰滅滅なタイプじゃなさそうだし、俺の作戦を強行しても特に問題はなかろう。
俺達はあくまで子供枠で、それなりに彼女を楽しませてあげればいいのだ。
後は、そこの第三皇女ポンコツ音楽隊の出来次第だな。
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