第27話 1-27 悲劇到来

 それから、俺は姫が外出のない日も彼女のところへ日参した。


 一応、警護のための状況の変化を知っておきたいと思って。

 給料分はちゃんと働くつもりなんだ。


 そして、そのせいなのかどうか知らないのだが、ちょっとばかりとんでもない話になった。


 エリーセル皇女が突然、このような事を聞いてきたのだ。

「ねえ、ホムラ。

 社交ダンスはできる?」


「あのう。

 姫様はさ、俺にそんな事が出来ると思いますので?


 こう見えて、元居た国では一人で引き籠っていた時間の方が多かったのですが。


 迂闊に人と関わると、そいつの持ち物の高価な電子機器、つまり魔導具が火を噴いてしまいましたんでねえ」


 いつの間にか、俺は彼女の事を他の連中と同じように姫様と呼んでおり、なんとなくの仲間意識のような物が芽生えていた。


 俺が彼女に対して気配りのような物をよく見せるからだろう。

 連中も俺に対して、以前よりは少し譲歩してくれるようになった。


 姫様もその呼び名でいいと思ってくれているようで、無理にエリーセルと呼んでなどとは言われない。


 あまり親し気に名前で呼んでいても、誰かに見咎められると困るだろうし。


「そうか、じゃあ練習しないといけないね。

 頑張ろう、ホムラ」

「え」


 お姫様ったら一体何を言っているんだろうな。

 だが、そこへキャセルが割り込んできた。


「あ、もしかして姫様、あれですか」

「うん」


「いや、しかしあれは本来なら正規の騎士だけの話なのでは」

「でも招待状が来ちゃった!」


「どれどれ。

 あっちゃあ、なんという事」


「あれ、どうしたんですか部隊長」


「ああ、ミッセル。

 まあいいからこれを読め」


「どれどれ? あうっ」


 このオレンジ頭、名前はミッセルって言うのか。

 初めて知ったな、こいつらキャセル以外結構無口だし。


 それにしても女性は末尾セルの名前が多いな。

 もっとも、それもシェルといってもいいのかもしれない。


 こいつの場合はミッシェルというわけか。

 ネイティヴな発音はセルなんだよな。


 というか、この部屋で俺が名前を知っている人間は侍女の子以外、みんなそうじゃねえか。


 というか、こいつらさっきから何を騒いでいるんだろうなあ。


「何の話をしているの?

 なんかまた特別な警護の要る催しか何かなの」


「馬鹿、お前はそれどころじゃない。

 これはまた頭が痛い事になったもんだな」


「はあ?」

 何を言ってるんだ、こいつ。


「姫様、こいつの正規の騎士装束の手配は」


「なんと、明日には届くよ。

 私の先見の明に、世界よ平伏すがいい」


「おい、姫様の台詞が何だか中二っぽい感じになっているぞ。

 何の話だよ。

 何か俺に関係あるのか?」


「ああ、もういい。

 お前もこれを読め」


「何々、ダンスパーティ?


『第八回エルスパニア皇帝家騎士杯ダンスパーティを取り行いたいと思います~。


 つきましては各々自分の騎士を連れて参加の事。


 特に新参騎士を雇い入れた末っ子エリーセルちゃんは絶対参加の事よん。

 テヘっ。


 以上。

 エルスパニア皇帝家第一皇女グラッセル・スパーナ・ヘニア・エルスパニアより』


 なんだこりゃあ。皇女様の割にはこれまた軽い文面だなあ。


 ん? この開催日付は明後日じゃねえか。

 また、こいつはいきなりだな。

 そもそも皇帝家騎士杯って何だ。


 へえ、第一皇女様って、まだこの国にいたんだ。

 今まで見た事がなかったし、もう想定できる年齢的に他国にでも嫁にいっているのかと思ってた」


「まあ、あの方はこういう奔放な性格だからね。

 外国へ旅行に行っていたらしいが、いつの間にか帰ってきていたんだな」


「それよりもあんた、踊れないんじゃなかったの?

 いいのかよ、そんなにのんびり構えていて」


 今日は普段無口なオレンジ頭がやけに喋るんだな。

 何なんだ。


「馬鹿はお前らだ」

「はあ?」


「今からこの世界のダンスの練習なんかしたって、そんなもの間に合う訳がないだろう。


 踊れないなら踊れないでいいんだよ。

 ちゃんと最初から正直に言っておけば。


 また今度時間があったら姫様と練習しておくわ。

 臨時とはいえ騎士になったので、そのうちにこういう機会もあるかもとは思っていたところだ」


「だが、この皇帝家騎士杯はそれじゃ駄目なんだよ」


「何が駄目なんだ?

 姫様だってまだ成人してないんだし、俺にいたっては臨時雇いの騎士なんだぞ。


 姫様の身内が来いって言うんだから、出るだけ出ておけばいいだろう。

 いくら皇帝家の催しとはいえ、どうせ家庭内のパーティなんだからさ」


「あー、それは確かにそうなんだがなー。

 それでもあの人には通用しないんだって」


 俺は訳がわからなくて首を捻った。

 どういう事なんだ。


「ああ、もう。

 部隊長、こいつには回りくどい事を言っていないで、はっきりと言ってやらないとわかんないすよ」


「そうだな。

 ホムラ、この第一皇女グラッセル様という方はだな、かなりスパルタなお方で、過激なイベントを催すので王宮や貴族の間でも有名な方なんだよ。


 しかも、皇族の中ではかなり強い権力を持った方、つまり派閥が非常に強い。


 この方からの招集は現皇帝からの招集に等しい。

 実際に、この方が次期皇帝たる女帝になる、あるいは婿を据えて帝国の次期権力者になったっておかしくないのさ」


「あ、うん。

 それはなんとなくわかったけれど、それで何故騎士杯になるんだ?」


「大方、旅行先でなんか面白いネタでも見つけたんだろうよ。

 そして、お前の事も『面白そうな奴』として目を付けたのに違いない。


 何しろ、伝説でしかお目にかかれないような落ち人なんだからな。

 しかも既に大暴れした後ときているのだし」


「ほお、そいつは光栄だな。

 それで?」


「ダンスなんて、ただの基本、名目に過ぎない。

 実際には皇族対抗騎士合戦みたいなものでな。


 何をやらされるかは当日その場にならんとわからん。

 裏では皇族騎士不幸合戦とさえ言われているほど究極にマズイ催しなんだ。


 負けると身内でも容赦のない罰ゲームが来るからな。

 お前、姫様のために死ぬ気で頑張れよ」


 それを聞いて俺はつい笑ってしまった。

 結局、皇族の我儘姫様の御遊びなんだな。

 特に問題ない。


「いや、この帝国本当にきちまっているなあ。

 おもしれえ。


 いや、要はその皇女様が楽しければいいんだよな?

 しかも落ち人流がお好みなのか。


 じゃあ、姫様。

 そっちの路線でお姉様を『攻めましょうか』

 いかがです?」


 そして、目を輝かせる我らが姫君と頭を抱えるキャセルが実に対照的な表情を披露してくれたのだった。

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