第14話 1-14 宮殿の外へ

 そういう訳なので、この宮殿から外へ出てみる事にした。

 だが勝手に出ていい物かわからないのでアントニウスに訊いてみた。


「そうか、お前は宮殿からの出入りの方法すら知らないか。

 外へ出る時は手続きなんかもあるので教えておこう。

 じゃあ通用口から行くぞ」


「そういう物があったのか、案内されてないから知らなかったな」


 あの女、好奇心溢れる十代男子がこの部屋でずっと大人しくしているとでも思ったのだろうか。


 ハムスターだって自由を求めて脱走するわ。


「間違っても正門の方の正面入り口から出るんじゃないぞ。

 あそこは基本的に馬車で乗り付ける国内外の王侯貴族や各国の大使、そしてその他のお客様専用だ。

 使用人や出入りの業者は、いくつかある通用口から出入りしているんだ」


「そうか、普通はそうだよなあ。

 あの人数の使用人がいるのだし」


 そして奴は四つほどある通用口全部に案内してくれ、最後に俺の部屋から一番近い通用口から出てくれた。


 そこにも衛兵がいて、出入りする際には台帳を付けるようになっていた。


「ん? あんたは見ない顔だな。

 おやアントニウスさんもご一緒で」


「ああ、ラッセルか。

 こいつは皇帝陛下から特別扱いにされている奴なのだ。

 何かあったら面倒をみてやってくれ。

 名はホムラという。

 これでも皇女を救った英雄扱いなのだから」


 そして、それを聞いた衛兵の人も些か声のトーンを落として少し気難しい顔をした。


「へえ、そいつはまた。

 厄介な事になっていますので?」

「ああ、まあそういう事なのでな」


「よろしくー、ラッセルさんー」

「はは、よろしくな、若き英雄君」


 俺の元気のいい挨拶に彼も笑顔で手を上げてくれた。


 世の中誰だって、自分に愛想の悪い奴よりも、そうじゃない奴の方がいいよな。


 俺は引き籠りだったが、それは体質のせいなのであって別に愛想が悪い訳でも人間嫌いでもない。


 ラッキー、自分の部屋に一番近い通用口の衛兵さんにお知り合いが出来てしまった。


 そして入出退の手続きを済ませ、業者の馬車などが何台も止まっていて業者さん達が立ち忙しく働いている中を横切って、広い裏庭を抜けて外へ出ても、そこはまた広い通りで延々と宮殿裏の塀が並んでいる。


 宮殿の周囲を巡回しているらしき兵士が遠くに見えた。

 どこかにまた別の歩哨の詰所のような場所があるのだろう。


「うわあ、こうして裏から一直線な塀を見ると、これまた広く感じるなあ」


「当り前だ。

 ここは我が国の首都たる、この帝都の象徴たる宮殿なのだからな。

 ここで国際的に大事な会議や外交なども行われるのだ。

 お前の国はどうなのだ」


「うーん、首都の街自体はもっと大きいと思うけど、こんな広い宮殿みたいなところはないかも。

 あ、皇居なんかと比べたらどうだろう。

 あれって昔の江戸城だからな。


 中学も行かせてもらえなかったから就学旅行も行った事はないけど、テレビなんかで視る限りはかなり広そう。


 都庁なんか土地の面積は小さいけどフロアが多いから、もしかしたらここの宮殿よりも総面積では広いのかもしれないなあ」


 何しろ俺はあの電脳惑星な世界において、機械を壊さないように少し離れた場所から誰かに操作してもらわないとインターネットすら見る事が殆ど出来ないアナクロな人間だったのだ。


 なんとも悲しくなってくる。


「まあいい、行くぞ」

 凄く歩くんだな。

 ここの人達って足腰が強そう。


 昔は日本人も一日で四十キロも歩いたそうだけど。

 そ、そう言えば俺って自動車や電車にも乗れない体質なので、元からほぼ徒歩専門なのだった。


 この世界でもそう困らないかな。

 馬車に乗れば、日本よりさえ便利と言えるかもしれない。


 馬の乗り方を覚えれば気ままに旅もできるかも。

 日本にいた頃よりも夢が広がるなあ。


 そして歩く事、およそ三十分といったところか。

 宮殿周辺にある街の部分へ辿り着いた。


 セキュリティの関係からか宮殿の周囲は何もないような空間になっている。

 ここは中とは比べ物にならないくらい、いろいろな店で賑わっていた。


「こりゃあ、外へ買物に出るとか通勤なんかすると大変だなあ。

 馬とか買えないのかな」


「帝都では警備隊以外は、馬車以外の裸馬は禁止だ。

 理由はわかるだろう。

 それに前にも言ったが、中から外へ通勤する奴など、あの宮殿には一人もおらんわ」


 はいはい、おかしな連中に使わせないためですね。

 そういう奴がいるとすぐにわかっちまうって寸法か。

 そうか、あの宮殿にいる奴で、そういう事で困るのは俺だけなんだなあ。


「貴族とかって馬に乗れるイメージなんだけど」

「ああ、屋敷の庭や領地ではな」


 ああ、煌びやかな貴族の世界の常識には庶民の発想は通用しないという訳なんですね。


 という訳で、俺は面倒見の良さそうなお兄ちゃんに思いっきり我儘を言ってみた。


「なあ、今夜あんたの家を見学させてくれよ。

 ちょっとこの世界の貴族の屋敷を見てみたい」


「う、そう来たか。

 あまり、お前のように奇天烈な人間は連れていきたくないのだがな。


 実を言うと、私の仕事についても家の者からはあまり快く思われておらんのだ。

 安全な仕事である普通の役人にでもなってほしかったみたいでな」


「ああ、親ってそういうものなのかもなあ。

 じゃあ仕事と関係ない友人枠という事で!」

「それもまたなんなのだが」


 貴族の子弟の友人に相応しくない奴を家に連れてきたとでも言われるのかな。


 それにしてもこの人は家族から愛されているんだな。

 俺も日本にいる大切な家族を思い出した。


 特異体質の俺のために不自由な生活に甘んじてくれていたのに、皆文句など一言も言った事がなかった。


「なあなあ、お願いー」

「そう言われてもなあ」

「そこをなんとか!」

「うーむ」


 だが俺は、散々駄々を捏ねて、最終的に帝国侯爵家への一晩限りのホームステイの権利を勝ち取ったのであった。

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