第15話 1-15 ラシオン侯爵家

「へえ、ここが侯爵家のお屋敷かあ。

 これはまた立派なもんだなあ」

「何、皇帝陛下の宮殿には足元も及ばないさ」


 俺は彼の家のお屋敷へと向かった。

 馬車の窓から見えるだけでも、その豪華さがわかる。


 石の塀が長々と続き、その上に鉄柵が槍のように突き出しており、その内側には木が植えられており中は見えないようになっている。

 こういうのって維持管理が大変そう。


 なんと、街をタクシーみたいな貸し切り馬車が走っていたのだ。


 街のあちこちでもターミナルのようになっていて、そこで借りられるものらしい。


 普通に都内の乗り合い馬車も走っていた。

 そういう物はバスのようになっているものなのだろうか。


 貸し切り馬車は、こういう自分の家の馬車が使えない出先の時になどには貴族でも使う事があるらしい。


 そいつをアントニウスが捕まえてくれたのだ。


「普段は宮殿で仕事をする時には、宮殿までうちの馬車が送迎してくれるのだがな。

 今日は空振りさせてしまう事になるから報せを出さないと。

 まだ早いから、馬車が家を出ていないかもしれないが」


 そして間もなく屋敷の門へと到着し、そこで停車した。


 門の横に立っていた衛士が、車内から手を振る彼の姿を見つけると駆け寄って来た。


「アントニウス様、どうなさいました。

 お迎えの馬車は本日まだ出ておりませぬが」


「それはちょうどよかった。

 出すのをやめてくれ。

 今日は客人を案内していて、街で馬車を拾ってきたのだ」


「はあ、お客人ですか」

 貴族が予定もなく客人を連れてくるのが、きっと珍しいんだなあ。


 それも奴が俺を連れてくるのを渋った原因の一つなのかもしれない。


 そして門の中を潜って見えた光景に、俺は少し口笛を鳴らし賞賛に代えた。


 確かに皇帝の宮殿には敵わないかもしれない。

 だが、ここだって一つの貴族家の物にしては実に立派なものだった。


 なんというのか、ちょっとした城みたいな感じだ。

 地球のヨーロッパには低層の城も多い。


 いやここはプチ宮殿といった方が近いだろうか。

 むしろ王宮よりもプライベート感がある分は俺の評価も高い。


「へえ、立派なものだなあ」


「まあこの帝都ブラスにある名門の侯爵家の屋敷なのだからな。

 だから余計にあれこれと煩いのさ。

 お前の要望は聞き入れてやったのだ。

 頼むから大人しくしていてくれよ」


「へーい」


 そして正面玄関前に馬車は着いた。

 馬車のドアは家の使用人らしき人物が開けてくれる。


 こういう格式のある貴族家ではこれが作法なのか。

 御者も席に座ったままで静かに待っていて、実に心得たものだ。


 使用人が金を払ってくれるのを、そのまま微動だにせずに待っている。


 これで宮殿までいったらどうなるのだろうか。

 たぶん、通用口へ行ってくれるのだろう。

 まさか正面に着けられないと思うのだが。


「お帰りなさいませ、アントニウス様」


 おっと、少し礼儀などに煩そうな厳しい顔立ちの小母様が出ていらした。


 なんというか、細面というか、少し菱形っぽい感じの面長な顔で灰色の瞳、いかにも使用人と言った感じの清楚な髪形に、黒い足元まである丈のドレスのような厳めしい感じの服を着て、両手を前に会わせてピシっとしている。


 御年おんとしは五十歳くらいだろうか。

 髪はまだ茶色を保っておられて見事なものだった。


「ヤベエ、俺なんかビシビシに躾けられてしまいそうな雰囲気だ」

 思わず小声の日本語で呟いたらジロっと睨まれた。

 桑原桑原。


「そちらの方は?

 お客様を連れてくるのなら事前に言ってくださらないと」


「ああ、済まないな、マリアン。

 彼は、本日の俺の監視対象の少年で、名はホムラ・ライデンだ。


 どうせなら俺の家に連れていけと小煩いので、いきなりで済まないが連れて帰った。


 こう見えて、大勢の敵から皇女を守った英雄だ。

 皇帝陛下も厚遇していらっしゃるので我が家でも賓客扱いにしてくれ」


「左様でございますか。

 ようこそラシオン侯爵家へ、ホムラ様」


 丁重なご挨拶を頂いてホッとしたので、俺も丁寧に頭を下げておいた。


「どうも、ホムラ・ライデンです。

 御世話になります」


 それからアントニウスが、やや悪戯っぽい笑顔を添えて紹介してくれた。

「彼は落ち人だ」


 マリアン『お姉様』は、その灰色の眼を少し見開いたが、動揺を見せたというほどでもなくすぐさま玄関の扉を開けて、そのまま俺達が中へ入るのを待っている。


 いやたいしたもんだなあ。


 そしてアントニウス大先生はマリアン様の後について、そのままサロンらしき部屋までピシっと背筋を伸ばした感じで向かっていった。


 きっと親が待っていて、ただいまの挨拶が要るのだな。

 貴族家の四男は辛いよ。


「父上、母上、ただいま戻りました」

 ほらな~。


 そこには、年齢なりに白くなった頭に、いかにも貴族家の当主といった感じのしっかりとした顔立ちをしていて、それでいて少し当たりの柔らかそうなタイプの人物がいた。


 顔の形も四角からかなり角を取ったような感じで、無用な威圧感のような物はない。


 女性の方も、柔らかい感じのする少し丸顔で笑みをたたえたご婦人がいらした。


「おや、その方はどなた?」

「アントニウス、お前が突然に客人を連れてくるとは珍しいな」


「ああいや、この少年は訳ありなのですが、本日は急遽我が家へ連れてくる事になりまして。

 名はホムラです」


「そうかね。

 私がアントニウスの父でアルゲトウスです」


「私が母のセンティナーレでございます。

 よろしく、ホムラ」


「どうも、ご丁寧に。

 ホムラ・ライデンです。

 本日は御世話になります」


 だが彼らは、突然の闖入者たる俺にも柔らかい笑みを浮かべてくれた。


「平民らしい少年なのに、まるで貴族の子弟のように礼儀正しい事だ。

 高い教育を受けているのだね」


 う。つ、通信教育のみなのですがね!

 高校へ上がってからは。


 中学も『行政からの指令』で自宅教育オンリーなのです。

 実質的に小学校卒ですわ。

 一応、父は大企業の重役で母は中学教師なのですが。


 何せ学校の方から、完全に出校拒否されていましたのでね。

 それは無理もないのだけれど。


 俺が学校へ通うと、おそらく学校の電子・情報施設がすべて破壊されてしまうものなあ。


「あなたは珍しい容姿をしているのですね。

 ご出身はどちら?」


「あ、異世界の日本という国です。

 私はいわゆる落ち人という奴らしいので」

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