第12話 1-12 住人証明

 それからキャセルは報告書を書き上げるために帰っていったので、俺はアントニウスにあれこれと質問をした。


「なあ、どこかお金を預けておける場所ってないのか」


「ああ、それならこのエルスパニア宮殿の預り所で預けておけばいいのだが、それにはここの住人証明が必要になるぞ」


「へえ、それってどこにいけば貰えるんだ?」


「馬鹿め、ここで仕事をしているか、正式に居住しているかでなければもらえない。

 お前のような行きずりの風来坊にくれるものか」


「じゃあ物は試しでチャレンジさせてくれ」

 そして半信半疑のアントニウスに案内してもらって、その窓口とやらに行ってみた。


 それは宮殿の雑多な仕事をする裏方の裏通りの、華やかな部分との境目に設けられていた。


 どちらにいる使用人も使えるようにという配慮のようだった。


「いらっしゃいませ、御用は」

 ここも教育が行き届いていて、丁寧な応対であった。

 受付も紫ヘアーと藍色の瞳の美人のお姉さんだった。


「あのう、住人証明が欲しいのですが。

 お金を預かってもらえるサービスを使いたいので。

 これ、皇帝陛下からいただいた今の部屋の鍵です。

 私は宮殿の住人ではないのですが、皇女様を救った英雄なので、特別に部屋を貸与されておるのですが」


 俺が馬鹿丁寧に猫を被ってやったので、アントニウスの奴が頭を振っていた。


 だが相手の方には効果があったらしい。

「これは! 1A-A1ですか!

 空きになっていた恩賞の間を与えられた方ですね。

 わかりました。

 今お作りしますので、こちらの書類へご記入をどうぞ。

 ここの字は書けますか?」


 俺はにっこりと笑顔を作ると、首の翻訳魔道具を見せた。

 彼女もその価値を知るのか笑顔で納得してくれた。


 しかし、恩賞の間かあ。

 その割には本当に普通っぽい部屋なのですが⁉


「おい、あんた。

 勝手にそんな物を作ってしまっていいのか。

 諜報の私が監視するように命じられるような男なのだぞ」


 だが彼女はきっぱりと、そのつまらないクレームを最高の笑顔の力で撥ね付けた。


「皇帝陛下より、この鍵を持ってきた人間には最大限の便宜を図るよう、我ら一同ご命令を賜っておりますので」


「やった。

 皇帝陛下、ありがとうございます~」


 アントニウスは天を仰いでいた。

 しかし、これはやりたい放題出来るなあ。

 そして書類の項目を書き込んでいく。


「何々、出身地か。

 これは日本国だな。

 職業は、学生(通信制高校生)と。

 性別、男。

 住所は1A-A1でいいのかな⁇」


「ええ、それでようございますよ。

 あ、それで結構です。

 本当はもっと厳しくて、あれこれと書類が必要なのですが、あなた様は皇帝陛下が保証人のようなものですから免除です」


「ありがとう~」


「少しお待ちください。

 ああ、お金を預けられるのでしたら通帳を作りましょう。

 こちらへご記入を」


 俺はそっちも簡便に記入して提出し、ついでに金貨八十枚ほど預けておいた。


 そして十分ほどで、薄い金属で出来た首から下げるプレートと日本の銀行のような通帳をくれた。


 ただし、中は手書きになっている。

 一応は係の人間の印章のような物が押されて、その書き込んだ内容の証明になっているようだった。


「通帳は家に置いておく方がいいでしょう。

 身分証となるキーがないと下ろせませんし、あなたの場合は特別扱いなので、他の人間が下ろす事は絶対に出来ませんので」


 思ったよりも凄い待遇だった!

 俺は御機嫌で、次はアントニウスを買い物に付き合わせた。


「なあ、この王宮内で買い物って出来るのかい」


「ああ、さすがにいちいち王宮の外へ出るのは面倒だからな。

 日用品雑貨・食い物・薬に衣服なども売っている」


「よし、とりあえず服と財布が欲しいんだが」

「しょうがないな、ついてこい。

 まず財布から買うか」


 そして雑貨の店に行った。

 財布だけでも、かなりの種類があった。

 

 そこの四十歳くらいの感じの女性店員さんが声をかけてくれる。


 宮殿にあるお店の人なので格好はそれなりにパリっとしてはいるが、気の良さそうな感じの人だった。


「おや、アントニウスさん、珍しいじゃないかね。

 貴族の若様がこんな店に来るなんて」


「ああいや、今日はこの宮殿に疎い奴の世話を押し付けられてしまって」


「とか言いながら、本当はこれが本日の正規の仕事なんですよ」


「おやおや。

 あんたは見ない顔だねえ、名前はなんていうんだい」


「ホムラ、ホムラ・ライデンです。

 よろしく」


「あたしゃあアンジェリカだよ、よろしくね。

 今日は何のご用命なんだい」


「ああ、財布を一つお願いしたいのですが」


 ここも宮殿務めの人のための店なのだろう。

 貴族御用達の店は街へいけば他にあるんだろうし、へたをすれば商人が選りすぐりの商品を持って貴族の家に来るのじゃないのか。


 そこで、アンジェリカさんお勧めの小洒落た若向きの財布を購入して、その店を出た。


 結構いい物のようだったが、今日は初買物という事でおまけして三割引きの銀貨七枚にしてくれた。


 それから、その隣にあった一般洋品店のような店で、このあたりの人が着ている上下を買った。


 それと羽織るタイプの上衣を着ている人も多いので、とりあえず二揃い購入した。


 まだここも季節は晩冬の内らしいし。

 あと靴も買ってみて、全部で銀貨二十五枚だった。


「結構安いなあ」

「こういう物とて市中で買うと案外と高いぞ。

 ここは皇帝陛下から補助が出ているんだから勘違いしないように」


 この宮殿内って天国だな。

 警備隊なんかも常駐している訳だし、当然治安もよさそうだ。


 だがこの帝都にも不穏な空気もあるのは最初からわかっている。

 そのお蔭で今俺はここにいられるのだから。

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