遭逢

 魔王の元へと向かった霞の時間を稼ぐため、勇者たちは脱獄したことに気がついた兵士たちとの戦闘に入った。


「勇者様方、大人しく牢へとお戻りください。もう暫しで常盤勇正の処刑が完了するのです。これは国の総意、邪魔をするのは得策ではありませんよ」


 1人の兵士が剣を構えながな対話を始める。しかしそんなものは今の勇者たちには意味がない。


「馴染みが殺されそうになってんだ。そんなもん、得とか損で動くもんじゃねぇだろうが!」


 武器を構える兵士に対し啖呵を切った真鍋は、足元に水魔法を纏い臨戦体制に入る。それを皮切りにその場の全員が魔法を発動し、手元や武器に纏い始めた。


「あ、芽衣は戦えないので下がってますねぇ」

「うっさいわねあんた! 黙って下がっててよ!」


 濱崎が永守に怒声を浴びせる中、相良が小さな声で仲間達に呟いた。


「わかってるとは思うが、おれたちはもう体力の限界だ。大体の奴が手を怪我しいるだろう。んで相手の数はざっと30、しかも王国の兵士だ。つまりこの戦いは負ける。これは、どんだけ時間を稼げるかの勝負だ」


 負けてしまうことを念頭においた戦い。本来であれば拒否をするところだろうが、今の彼らの目的は時間稼ぎだ。そのことをちゃんと自覚している。


「悔しいが、その通りだな。おれは足技が主だからまだしも、他のみんなはきついだろうさ。だから、本当に無理だと思ったら諦めてくれ。その分はおれがカバーする」

「真鍋……あぁ、頼むぞ」


 相良は手元に雷を滞留させる。一瞬眉間に皺を寄せる彼だが、すぐに意識を前方に戻した。


「よしお前ら──行くぞ!!」

「「「「「おう!!」」」」」


 勇者、そして兵士たちは魔法を放ち合い、広くない廊下の壁を砕いていく。始めは互角の戦いであったが、徐々に体力の差などが影響し、勇者たちは傷ついていくのだった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 彼らが兵士たちを足止めしている一方、光属性であり、勇者たちの中で一番速度が速い霞が、魔王に協力を仰ぐため全力で走っていた。


「くそっ! がむしゃらに探してたら時間が! 誰か、魔王さんの居場所を知ってそうな人は……」


 霞は魔王の居場所を知らない。そのため、知っている人間がいそうな王宮を手当たり次第に走り回っていた。


「誰か、誰かいませんか!! 誰でもいいんです、魔王さんの居場所、知っている人は──」


 必死に探し回る霞だが、王宮の人間も処刑場に向かっているのか、人っこ1人見当たらない。もはや汗なのか涙なのか判別できないほどに顔は濡れており、息もだんだんと荒くなってきた。


「お願い……誰でも、誰でもいいからお願い! このままじゃ勇君が!」


 王室、訓練場、風呂場、あらゆる場所を探し尽くし、最後にたどり着いたのが常盤の部屋だった。一縷の望みに縋りながら、勢いよく扉を開けた。そしてその空間に映った光景は──


「……メイドさん?」

「霞様? なぜここに……」


 そこにいたのは、普段勇者たちを起床させ、常盤に偽りの情報を与え魔王のもとへと送った人物だ。


「メイドさん、前に勇君……常盤勇正が1人で魔王さんのもとに行ったの知ったますか?」

「え、えぇ。存じておりま──あっ」


 召使いは失言をしてしまったと思い、思わず声を漏らし口元を手で覆ってしまう。その言動が霞に確信をさせてしまった。


「知ってるんですね! 勇君があの時どこに行ってたか! お願いです教えてください!」


 目が剥きでるのではないかと思うほどに見開き、悲痛の表情を浮かべながら懇願する霞。しかし召使いは一瞬口を開きかけるも顔を背けてしまう。


「申し訳、ありません。これは命令なのです」

「命令? ……もしかして勇君が1人で魔王さんのもとに向かったのもあの王女の……くっ! あの人はどこまであたしたちを馬鹿にすれば気が済むの?」


 足元に大量の雫を溢す霞。そして震える手を徐に召使いの肩へと乗せ、今にも消え入りそうな声で呟いた。


「──お願い……お願いだから、これ以上、あたしたちから奪わないでよ……! あたしの大切を、奪わないで……」

「霞様……」


 召使いの目の前にいる少女は、ただただ震え、懇願の意を伝えることしかできない。体を震わせ、鼻を啜る彼女は、勇者ではなくただの1人の女の子だ。


「──森です」

「……へっ……?」

「門をくぐり、ずっと直進に進んだ先、馬車で3時間ほどのところに、とある森があります。魔王はその森のどこかにいるかと」


 急に魔王の居場所を告げた召使いに、霞は一瞬呆然とした。しかしすぐに我を取り戻し、肩から手を離した。


「あの、なんで教えてくれたのかは分かりませんけど、とにかくありがとうございます!! すいません行ってきます!!」


 霞はすぐに涙を拭い、全身に光を纏う。そして再び全速力で部屋を抜け、森へと足を進めた。


 再び1人きりとなった部屋で壁に寄りかかりながら天井を見上げる召使いの女性。彼女はそっと目を閉じ、過去を思い出した。


『お姉ちゃん! ぼく、お姉ちゃん大好きだよ!!』

『あなたは、正直者のあなたのままでいてね』


 そっと閉じた瞼に映るは母と弟。満面の笑みを浮かべながら笑う弟に、優しく微笑む母の言葉は、高笑いと共に上がる白い炎によって消え失せた。

 1粒の涙を流し、目を徐に開ける彼女は、微笑を浮かべながらそっと呟いた。


「私、最低だね。このままじゃ私、あなたに顔向けできないところだった。正直者か……これでいいんだよね、お母さん?」


 彼女は大きくため息を吐きながら、壁伝いに床に座り込んだ。


「霞様、ご武運を」


 小さく呟いたその言葉を最後に、彼女はそっと目を閉じた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「(──急げ! 何をおいても足を進めろ! 立ち止まるな!!)」


 王宮の門を抜け、全速力で魔王の元へと走る霞。道中の木々に肌を何度も切り裂かれようと止まらずに走り続ける。確かに速い。馬車の何倍も速い速度で走っている。しかし魔力の暴走、脱獄のため光の網の押し込み、そしてここまでここまできたことによる全ての疲労が、ここにきて頂点を迎える。


 明らかに速度が落ち、足ももつれてきている。呼吸はもはや安定せず、目眩すら起こるほどだ。魔法も殆ど切れている。


「(だめ……これじゃあ間に合わない! せっかくみんなが時間を稼いでくれてるのに……あの時の、魔力が暴走した時の感覚を思い出せ! あの時の速度、筋肉の使い方、魔力の流れ、全部思い出せ!! 守るんでしょ? だったら頑張りなさいよあたし! このまま役立たずなんて嫌、このまま何もできないなんて嫌! あたしが、勇君を)──守るんだから!!」


 高い集中力と強い意志。この2つが最高潮に達した瞬間、霞の中で1つのものが生まれた。それは感覚的なもので、どうやってと言われれば本人でも説明ができない。しかし、確実に言えること、それは霞の中でユニーク魔法が開花したということである。


「(なんだろうこれ? なんでかわかんないけど、自分の魔法が手に取るようにわかる。これなら、まだ走れる!)」


 緑色の暖かな光が霞を包む。瞬間、彼女についていたいくつもの痛ましい傷が一瞬にして消え失せる。傷だけではない。なんと体力すらも入る前と比べても遜色のないほどに復活したのだ。まるで彼女の体のみ時間が遡ったかのように。


「いける! これならいける!!」


 全快した霞は光属性魔法で速力を強化、そして強く地面を蹴り付けて走り去った。彼女の通った道は、まるで木々が道を譲ったようにひしゃげていた。

 生い茂る森を無理やり突っ切っているため、顔や体は何度も血を流し、時には腕が折れるなどの重傷を負う。しかしそんなことは意に返さぬように一瞬で回復していく。


 とはいえ痛みがなくなるわけではない。当然折れた時の痛みは通常通り存在し、流した血はもとに戻らない。ただそれでも、そんなことなどまるで気にせず魔王の元へと走った。


 そして──


「──やっと、見つけた!」

「お前、確か常盤の……」


 40分という短い時間で魔王の元へ到着した霞。魔法を解除した瞬間に反動で膝を崩し倒れかけたが、なんとか堪え魔王に掴みかかり大声で懇願した。


「お願い!!勇君を、常盤勇正を、助けて!! このままじゃ勇君が殺されちゃう!!」

「……なに?」


 刻々と処刑の時間が近づく。悪意の刃が勇者の首を分つまであと僅か。

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