気まぐれ
ヴィクタのいなくなった牢獄では、吹き抜ける風の音が勇者たちの虚無を象徴するように響いている。
味方陣営で最強であったヴィクタは籠絡されたうえ、牢を塞ぐ光の網は勇者たちには解けない。
「くそ……なんだよこの状況。常盤が処刑されそうになって、ヴィクタさんが腕ぶった斬られて連れてかれて……だぁもうわかんねえ!」
悲痛に顔を歪ませながら地べたに拳を叩きつける淺岡。他の者も彼と同様に何もできない悔しさから顔を歪ませ下を向く。
そんな中膝を抱え座り込んでいる濱崎がぽつりと呟いた。
「ねぇ、このまま行くとさ、とわっちのことを、ヴィクタさんが殺すってことだよね? ヴィクタさんそんなの嫌なはずなのになんで……」
「おれたちの為だろ」
濱崎の声に反応したのは相良だ。あからさまにイラつきながら髪をかきむしる彼は、その怒りが滲み出た声色で言葉を続ける。
「おおかた、おれたちを人質にでもしたんだろうさ。今度は勇者を斬るぞ、とかな。最後に言ってた『弱い私がのせいだ』ってのはそんな脅しに屈するしかないことへの卑下だったんだろうな。ッチ! 全部自分のせいだってのかよバカ師匠が……!」
「勝ちん……」
再び牢獄に重たい空気が流れる。相良は舌打ちをしながら頭を掻き、濱崎は膝に顔を埋める。真鍋は未だ常盤を傷つけてしまったことに囚われ、小声で懺悔の言葉を繰り返していた。
そのほかの者も諦めたような表情を浮かべてしまっている。
だが、この少女だけは違った。
「──あたしは、諦めるなんていや!」
声を上げ立ち上がった少女霞は、精一杯の力で牢を塞ぐ網を押し始めた。
しかし当然のことながら変化はない。それどころか、霞の手からは血が滴り始める。光の網の一部が血で可視化されるほどだ。
見ていられなくなった濱崎が霞に駆け寄り静止する。
「ちょっと癒愛、あんた何やってるの! そんな力技で破れるわけ──」
「──それでも! 何もやらずに待ってるなんてあたしにはできない!! ヴィクタさんも言ってた、『自分を恨むな、何もできなかったと悲観しないで』って。だからあたしは、そんな暇があったら少しでも頑張るのっ!!」
奥歯を噛み締め、先ほど以上に力を入れ始める霞。網はさらに手の肉に食い込み、血を噴き出させる。
これ以上続けてもなんの意味もない行為。しかしその行動が牢の中にいた者たちの心に火を灯す。
「癒愛……あんた、ほんとバカなんだか、ぅらっ!」
濱崎は霞のように力いっぱい押し始め、彼女の手からも血が流れ出す。
「あぁ〜痛いっ! ほんと痛いわこれ! これとわっちに貸し10くらいだね」
「楓……!」
そして網を押す手が1つ、また1つと増えていく。相良、アレックス、奥田、そして少し遅れて神囿も力一杯押しこみ始めた。
「確かにイテェなこりゃ。貸し10じゃ足りねぇ、100だ!」
「最大出力だぜHu!!」
「微力ですけど、頑張ります!」
「くそ……(勇者である僕にこんな仕打ち……やっぱりこの国は僕が)──」
足元が割れるほどに力を加える彼ら。次第に牢の壁から軋むような音が何始めた。光の網の頑丈さは相当なものでびくともしないが、その糸をつける壁が少しずつだが崩れてきたいるのだ。
そんな中、そんな音がまるで聞こえていないかのように下を向いている真鍋。そんな彼の頭を、淺岡は強く蹴りつけた。
「ぐぁはっ!──か、和……何を」
蹴りつけられ脳天から血を垂れ流す真鍋。ようやく前を向きふらつきながらも立ち上がった。淺岡はそんな彼の胸ぐらを掴み、背中を壁に叩きつけた。
「おい海、お前いつまでそうやっていじけてるつもりだよ?」
「……別に、いじけてるわけじゃ」
奥歯を噛み締めながら顔を背ける真鍋。しかし淺岡の手でその方向を矯正される。
「確かに、お前だって辛いかもしんねぇよ。だけどなぁ、反省は今やることか? 懺悔はここですることか? 違うだろ! テメェの幼馴染が殺されそうになってんだ、テメェの幼馴染がそれを必死に助けようとしてんだ! そんな時に、お前がすることは下を向いてボソボソ呟くことか?」
「──ッ!」
真鍋はここで初めて霞たちの方向に顔を向けた。汗を垂らし、肉を裂き、血を流す霞たちを見た彼は、淺岡に向かい呟いた。
「……和、離してくれ。おれは、あいつとまだ仲直りできてねぇんだよ。あいつはおれの、おれたちの大切な馴染みなんだよ……だから、おれにもやらせてくれ!」
真正面を向き、真剣な眼差しで淺岡を見つめる真鍋。一瞬笑みを浮かべた淺岡は掴んだ手を離し、真鍋と共に皆の元へと向かう。そして今までの分を取り戻すかのように力いっぱい押し始めた。
「助けんぞゆあちゃん! 何がなんでも絶対に!」
「海斗くん……うん!!」
全員必死に押しつづけ、その甲斐あってか壁も大分崩落し始めた。しかしすでに全員体力の限界が近く、手のひらも怪我では済まなくなってきている。
そんな彼らを俯瞰して見つめる永守。
「(なんでそこまで頑張れるの? 委員長と真鍋はともかく他の連中なんてこの世界にくるまで関わりなんてなかったくせに。他人のために喧嘩して、傷ついて、喧嘩して……そんなの、バカみたい)──いいなぁ」
永守は自身が呟いた言葉で硬直する。彼女が自発的に発そうとした言葉ではなかったからだ。しかもその言葉が羨望だということに動揺すら覚える。
「何言って……このまま突っ立ってるとイメージ悪くなるわね。だから、だからよ」
永守は空いていた濱崎の左隣りに入り、手のひらを押し付けた。
「どうもで〜す! みなさんを見てたら勇気出たので、芽衣も頑張りま〜す!」
「あんた……今はいいや、頼むよ!」
彼女の言動にめくじらを立てかけた濱崎だが、今は目の前の課題に意識を戻す。そしてその場の全員が光の網に集中している最中、遅れてやってきた彼女がぽつりと1言呟いた。
「──気まぐれよ」
永守は左右から死角になるように体を前方に押しこみ、そして──闇属性魔法を発動した。
瞬間、光は闇に吸い込まれ消滅する。強く押し込んでいた彼らはその勢いのまま前方に転がり音を立てて壁に激突した。その衝突音が空間中に広がり、奥から兵士数名が大慌てで走ってきた。
「イッつぁ……なんで急に破れたんだ? ってかヤベェ、今ので気づかれちまった!」
体をなんとか立ち上がらせた彼らだが、すでに体力は限界を迎えている。立っているのもやっとというところだ。
そんな中、濱崎は永守に近づき、そっと耳打ちをする。
「ねぇ、あんた今のって……」
「(マジか、見られてた)……なんですかぁ濱崎さん? それより、話してる暇なくないです?」
「まぁ、そうね。ただその件、個人的に後で聞くからね」
向かいくる兵士たちに備え臨戦体制をとる一同。そんな最中、真鍋は霞に指示を出した。
「ゆあちゃん、あいつらはおれたちで食い止める。だから、ゆあちゃんは魔王のとこに行って助けを求めに行ってくれないか?」
「え、魔王のところ!?」
動揺する霞。周囲も同様にざわめきだすが、少しして相良が賛同の声を呟く。
「確かに、常盤の話しが本当なら魔王は手を貸してくれるかもしれない。それと、残り少ない時間で奴の場所まで行ける可能性があるのは霞、お前だけだ。演説の時に見せたあのスピードなら、間に合うかもしれない」
霞は、魔力が暴走した時のことをうすらぼんやりと思い出す。暴走し全身から血を流した自分。しかしそのスピードは尋常ではなかった。
「あれを自分のものにできれば、いや、ものにするんだ! そうじゃないと、助けられない」
深く呼吸をする。過去の自分を思い出し、全身に光を纏い始めた。
「じゃあ、行ってくる。絶対に魔王さんと一緒に戻ってくるから……それまでお願い!」
背後の出口に振り返り、体勢を深く落とした。そして──真鍋は真正面の兵士を眼前に捉えながら霞の背中を押した。
「頼む!!」
「うん!!」
──刹那、彼らは前に向かって走りだす。霞は魔王の元へ、他のものはできるだけ時間を稼ぐため。そのために、彼らは全力で走り出した。
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