断ち切れぬ糸

「勇者常盤勇正を、明日の同刻に公開処刑にいたします」


満面の笑みで国民に告げた王女イルメール。彼女の言葉に流石の国民も同様しざわめき出した。


「いいのか? 一応勇者様なんだろ?」 「いなくなったら魔王って倒せんのか?」 「馬鹿お前! さっき勇者様が魔王は……でもそっか」


王女への疑心の声は次第に常盤に向いていき、次第に当初の疑念はどこへやらとなった。


「みなさん、確かに彼は勇者です。罪人と成り果てたとはいえそれは変わらないでしょう。ですがみなさん忘れましたか? 彼はみなさんを馬鹿だといい、本来悪であるはずの魔王を擁護する発言を繰り返しました。そしてそんな彼は魔王を名前呼びするほどの関係です」


これみよがしに大振りで演説を行うイルメール。そして最後、国民の目をしっかりと見ながら常盤のことを指さした。


──瞬間


「──そうだ! そいつは魔王の仲間なんだ!!」

「俺たちを懐柔しようとしやがったんだ! ふざけんな!」

「さっさと死刑にしちまえ!!」


常盤の話を聞くために集まった国民たちは一斉に彼に怒号を浴びせ、早急な死刑を求めた。中には勇者という存在そのものを否定し始めるものも現れるほどだ。


この光景に、背中から血を流し意識がうつろいでいる常盤は、ぽつりと感想を漏らす。


「これは……アミスも、復讐したく……なるな……」


先ほどまで勇者様と不安がりながらも敬意を払っていたものが、たった1言で豹変する様子に、そして何よりそれを故意に引き起こしたイルメールに怒りを覚える常盤だが、すでに王女の魔法など必要ないほど憔悴している。


これに怒りを覚えたのは常盤だけではなかった。他の勇者たちを脅しに使われ立ち尽くしていたヴィクタだが、ついに怒りは頂点を越え、剣に手をかけた。


「王女、いやイルメール! 貴様は私が斬り殺す!!」


奥歯を噛み締め、眉間にシワを寄せながら剣を抜刀するヴィクタ。一瞬で王女に接近し剣先が彼女の喉元を切り裂こうかという刹那、時間が止まったようにヴィクタの動きが止まった。


「なん……だこれは……?」


「ふふっ、やはりこうなるわよね。イメージ通りだったわよヴィクタ」


イルメールは左指を口元に添え、うっすらと笑みを浮かべる。そしてゆっくりとヴィクタに近づき耳元で呟いた。


「確かにあなたのスピードはすごい。それだけとれば私に勝ち目などないでしょうね。でもあなたは怒りに身を任せたせいで忘れてしまった、知っていたのにね私の魔法──韜光晦迹インビジブルをね。あなた、とても早いけど力がないもの。捕まえられたらもう終わりよ」


彼女の魔法韜光晦迹インビジブルは、自身から発するもの全てを透明にする魔法。自身の魔法である光を糸のように変形させ操り、縛りつけたりあるいは束ねて叩きつけるという行為を視認させずに行えるのだ。


しかしこれは彼女の才能故であり、本来であればそれほどまでに精巧に操ることはできない。しかもこの魔法は闇属性やアミスのように敵意感知の魔法を持っているものには通用しない。


「イルメール……貴様!」


「恨むのなら自身の無計画さを恨みなさい。でも安心して、あなたはあの勇者と違ってまだ使い道があるから」


「使い、道だと? 私たちは貴様の……玩具ではない!!」


そう叫んだ瞬間、ヴィクタは砕けるのではと心配になるほどに歯を噛み締め、目を大きく見開いて体を動かし始める。全身から血を吹き出し、体に纏う鎧は音を立ててヒビを生み始める。それでもなお彼女は進むのをやめようとしない。


「あなた、そのままだと肉が切れるわよ? 痛くないの?」


「痛い? 痛いわけがいないだろ? 私の教え子が血を流して倒れているんだ、それに比べれば、痛いわけがあるか!!」


透明な光だが、使用者であるイルメール本人には見えている。そんな彼女は驚愕した。幼く華奢なヴィクタが自身の糸を1本、また1本と引きちぎり始めているからだ。


「まさかあなたがここまでするとはね。珍しく誤算だわ」


「そうか、では見誤ったまま死んでくれ」


強い言葉で挑発するヴィクタ。しかし彼女はわかっている、この糸は完全には切れないと。もし切れたとしても反撃の隙は与えられないだろうと。だから彼女は託すのだ、新たな可能性に。


「(そうだ、そのまま私に注意を向け続けろ! 私が体を張れば張るほど意識は私に向くはずだ、だからこの体よ、もう少し耐えて!)」


彼女は祈り歩を進める。どれだけ血を噴き出そうと、どれだけ肉を裂かれようと。その期待は、その瞬間イルメールに飛びかかる複数の影に注がれていた。


「(いけ! お前たち!!)」


イルメールの懐から微かに声が漏れる。そして振り返った彼女の先には、勇者である淺岡、相良、アレックス、そして真鍋がいた。彼らは全員霞の魔法で強化されており、さらに奥田と濱崎の土魔法で上空を飛び上がり、空中から攻めたのだ。


策の成功を確信し笑みを浮かべるヴィクタ。そして襲いかかった勇者たちはそれぞれ魔法纏い攻撃耐性に移った。


「勇ーーーー!!!!」


真鍋は大声で常盤の名を叫び、水魔法を纏った右足を大きく振りかぶる。そしてイルメールめがけ蹴りつけようとした刹那──


「叫ぶほど愛おしいならどうぞごゆるりと」


勇者たちの攻撃が直撃する直前、彼女は1つの影を投げ捨てた。


「──勇?」


投げ捨てられた影、それは剣の雨に打たれ完全に意識を失っている常盤勇正だった。イルメールは常盤の体に剣を降り落とした後、その際につけていた糸を未だ切らず付けていたのだ。そして勇者たちからの攻撃が直撃する直前、その剣ごと常盤を盾として投げ捨てたのだ。


それに真鍋たちが気づいた時にはもう遅い。頭ではわかっていても、1度振り抜いた足は止まることを許さない。


「(やめろ……止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ──止まってくれ!)」


しかしそんな願いは水泡に帰す。水を纏った右足からはぐしゃりという鈍い音が響き、友を吹き飛ばした。


「──あ」


着地した真鍋が発することができた言葉はこれだけだった。口は閉ざせず、目玉が転げ落ちるのではと思うほど見開き呆然と立ち尽くしている。


「ほらヴィクタ、私を止めたらこうするわよって言ったでしょ? せっかく忠告してあげたのに馬鹿な子。あなたのせいよ?」


そう言って常盤を、そして呆然としながら語りかける真鍋を指さした。


「ごめん、勇……違うんだ、おれは、違っ、ごめん、わざとじゃ、こんなはず、違うんだ、ごめん……」


壊れかけてしまっている自分の教え子を目の当たりにした時、ヴィクタはもはや動く力すらなくなっていた。


「(なんだこれは? 殺したいほど怒りが湧くはずなのに、もはや怒りすら湧いてこない。魔王はまだわかり合う余地があった。だがこいつは、目の前のそれは、そういう話じゃない。殺さないと、だめだ)」


すでに欠片ほどしかない力を振り絞り剣を握ったその瞬間、けたたましい声、そして眩いまばゆい光とともにイルメールの左腹部に衝撃が走る。


「ぁアあ″あアあ″ア″ァァ″ぁグァ″!!!!」


衝撃と同時に吹き出る血飛沫。何が起きたのか分からず困惑する彼女の足元には、涙を流し、口、耳、そして目から血を流す霞の姿があった。


「(何この速度? 目で追えないなんてものじゃない、まるで時間の進み方が彼女だけ違っているよう……だけど全身からの出血ということは、魔法をちゃんと発動できず暴走しているのね。だったら脅威じゃないわ)」


イルメールの読み通り、魔力の暴走している霞は立ち上がろうとするも血を吹き出し続け、まともに睨みつけることすらおぼつかない。


そしてイルメールは「ふっ」と笑みを浮かべると、ヴィクタを縛りつけ、霞、そして真鍋をはじめとする攻撃に参加した勇者たちの元に投げ飛ばした。


「同郷だからという理由で処刑を邪魔されては困るのですよ。ですから、明日までおねんねください──予定調和の道化師バンボラ


ぶつけられ固まった6人をまとめて縛りあげ、他の勇者たちの元へと投げ飛ばした。そしてそれを王国の兵士たちが武器を持って取り囲んだ。


そんな彼らにヴィクタは叱責の言葉を放つ。


「おい君たち! 奴が間違っていると思わないのか!! 君たちに意思は──あっ」


その瞬間気がついた。先代魔王と自分が同じ言葉を言っていることに。あの瞬間、自分はこう映っていたのだと自身の行動を悔いた。


「みなさん、勇者とはいえあそこ まで暴動を起こされて何もなしというのはアレなのでね。明日まで幽閉いたします。安心してください、処刑後には解放させていただきますから!」


1人の兵士がイルメールに近づく。


「お怪我をなさっているとのことで。すぐに手当を」


「そうですね、そういたしましょう──あ、言ってませんでしたね」


そう言って彼女は大きく両手を掲げ、その場にいる全ての者に届くよう言葉を紡いだ。


「みなさん、明日の処刑は明日の同刻。場所は先代魔王にその妻、そして魔王の妻の罪を清算したあの場所にございます! ここにいる皆さんはもちろん、今日いらっしゃらない方にもぜひお声がけを。よろしくお願いいたしますね!」


そう大々的に言い残し、彼女は去っていく。懐に向かい「これでいい?」と呟きながら。



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