闇を突き刺す20の刃

 国民を200人以上も集結させ、その中央の台座に登壇した勇者常盤、そして付き添いのヴィクタ。勇者が国民を集め、一体何を話すのかと好奇の目を向けていた彼らは、常盤の放った「魔王に誤解を解く」という言葉に黙り込んでしまった。


「あれ? せめてブーイングくらい来ると思ってたんですけど」


「常盤、お前はもう少しおかしなことを言ってしあったという自覚を持て。彼らは今呆然としているんだ。まさか勇者が魔王の誤解を解くだなんていうものだからな」


 そういうものか、と一応の納得をした常盤は、喉を鳴らして話を続けた。


「え〜っと、困惑されていることとは思いますが、話し続けますね。まず皆さんが誤解なさっていることは、アミス……じゃなかった魔王がただの悪者だということです」


 平然と話を再開したことで国民のざわつきも再び再開し、あちこちから怪訝な様子が窺える。


 中には魔王をアミスと呼んだことが聞こえていた人物がおり、そんな者たちは常盤に対し悪感情すら抱いていた。


「皆さんは魔王が一方的に人間に対して暴虐を行なっているとお思いかもしれませんが、それは違います。まず魔王は両親を殺され、そして大切な国民や奥さんを失ったんです。その過程で彼ら魔人族は何もしていません」


 その言葉に一瞬眉を顰めるヴィクタだが、直後何もなかったかのように表情を戻した。


 そしてこの言葉を直接向けられた国民は、まだだれ1人として常盤に肯定の意は示していないようだ。そこたら中から不満の声が漏れ出ている。


「両親を殺されってもなぁ、あれって国王に叛逆したからだろ?」

「そうそう、それに魔人は危ない種族だって言われてるしねぇ」

「何もしてないったって人殺してんじゃんかよ」


 など、口々だ。そんな声を耳にした彼は言葉を続ける。


「国王に叛逆したという映像、あれをご覧になったそうですね。しかしあれは編集された嘘の映像です! 確かに魔王が攻撃したのは本当です。しかし発端は国王が魔人を奴隷にすると発言したことなんです!」


 その言葉により一層ざわつき始める国民だが、中には魔人の奴隷化に賛成する声も散見された。そんな中、1人の男性が手を挙げる。


「あの、質問があるのですが」


「ん、あぁはいどうぞ」


 その手に気がついた常盤がその男性を指名し、話を聞こうとするも、その矛先は常盤ではなくヴィクタに向いていた。


「あの、ヴィクタさん。勇者様のおっしゃっていることは本当ですか? 我々の見た映像が嘘だと」


 その質問に、ヴィクタは無言の肯定を示した。その瞬間周囲は響めき、中にはヴィクタに対し怪訝な目を向け始めるものも多発した。


「すいませんヴィクタさん。俺こういうつもりじゃ」


「構わないよ。いずれは通らなければいけなかった道だ」


 凛と佇む彼女の姿を見て、安心した常盤は演説を続けた。


「そして魔人は悪い種族、危ない種族だと言いますが、皆さんはつい最近まで魔人の脅威を身近に感じていましたか? どこか遠くのお話だと感じていませんでしたか? そんな状態で敵対意識を持つなど、はっきり言って馬鹿です」


 はっきりと馬鹿だと言われた彼らの中で、1部ブーイングが起こった。もうすでに勇者というよりもただの腹が立つ奴と思われているのかもしれない。


「おい! 勇者だからってあんま調子に乗んなよ!」

「そうだそうだ! 結局今脅威になってる魔王をどうすんだよ!」


 怒号にも似た野次が飛び、一瞬口角をぴくつかせる常盤だが、キレることなく冷静に返した。


「た、確かに今は脅威と思います。しかし魔王は人間を襲うことはないかと思います。その証拠に彼の近くには人間の子供がおり、その子は魔王に懐いています。そして2つ目ですが、俺は彼に魔法を教えてもらいました。自身の脅威たり得る勇者に、そんなことをするでしょうかいやしません!」


 この言葉に再びざわつく国民は、聞き知らぬ情報に動揺していた。人間の子供が魔王とともに、しかも懐いているという事実。勇者である常盤に魔法を教えたという事実は、彼らの想像する魔王像とはかけ離れていた。


「さらに言うと魔人族に1人、情状酌量の余地もない魔人がいます。そいつを倒すこと、それが今の俺たち勇者の目的です。そして魔王はその魔人を自らの手で倒すと言っていました! 俺は魔王と、アミスと一緒に戦いたいと思っています。みなさんの中の彼はまだ、ただの悪人ですか?」


 常盤の問いかけは静寂を呼び、国民は互いに顔を見合わせた。中には肯定的考えが芽生えた者もいたのかもしれないが、大きく、そして長く広がった差別意識はその肯定を許そうとしない。差別とは結局言葉や態度ではなく空気なのかもしれない。


「いますぐ理解しろとは言いません。ですがもし、今少しでも魔王に対して悪いイメージがなくなったのなら、その気持ちを忘れずに──」




 直後、彼の体は震え出し、額からは脂汗が滴り始めた。


「……常盤? 一体どうし──」


 常盤を覗き込み様子を窺ったヴィクタは目を見開いた。それと同時に国民の中でもざわつきが起こり始めた。

 それもそうだろう。なぜなら、彼の左手には、大量の血が流れていたのだから。


「と、常盤! どうした、何があった!」


「わかん、ないです。ただいきなり痛み出したと思ったら血が……」


 出血した腕を押さえながら左手を向いた常盤は驚愕する。その衝撃は痛みすらも吹き飛ばすものだった。


「──国民の皆さん、そしてヴィクタ、騙されてはいけませんよ」


 常盤が見たのはにこやかに掌を重ねながらこちらに歩く王女イルメールの姿。そんな彼女はたった今常盤を嘘つきだと断じたのだ。


「王女様? なんでこんなところに……しかも今なんて」


「お黙りなさい犯罪者さん。あなたは国家直属騎士を誑かし、あまつさえ国民に嘘偽りの情報を与え反旗を翻そうとしている。そんな方の意見など、聞く耳ございませんよ」


 嘘偽りという言葉にざわつく国民。そんな中ヴィクタは反論をする。


「王女! 私は誑かされてなどおりません! 彼の言ったことは全て──」


「全て嘘、とは言いませんがほとんど偽りですよ。まず1つ、お父様が魔人を奴隷にすると言ったことですが、これは本当です。ですが魔人側の要求がこちらの提示するものと見合っていなかったため奴隷としたのです」


「それは違」


 イルメールは反論の隙を与えずすぐさま次の意見を続けた。


「続いて2点目、人間の子供がいると言いましたが、それは人質です。さらにはその子は魔人に自身の村を襲撃されております。そして3点目、そこの罪人は魔王を発見したとの報告を聞くや否や、同じ勇者の方々に相談することもせずに魔王の元に向かっています。魔王と結託し反乱を起こすつもりなのでは?」


「それは……」


 言い淀むヴィクタだが、常盤はこの言葉に疑問を抱く。彼の認識では先に向かったのは他の勇者たちだからだ。そのことに反論するため口を開く。


「いやあれは」


 その瞬間、常盤の口はまるで何かに縛られているかのように開かなくなり、唸り声を上げるにとどまってしまう。そんな彼の様子に、国民は言い返せないのだと判断してしまう。


「反論できますか? 常盤勇正は元より魔王と繋がっており、そのため都合よく説明し、魔法も教えてもらえたのだと。さらにあなたの言う魔人はいるみたいですね、10年前ヴィクタのご両親並びに故郷を滅ぼした魔人でしょう? そいつも言っていたらしいじゃないですか、魔人はそんな種族だと」


 ヴィクタの過去、そして魔王とともにいる子供も魔王に故郷を滅ぼされたという情報が重なり、国民の間ではやはり魔人は恐ろしい種族なのだという考えが再燃してしまった。

 しかも常盤は全く反論をしない。そこも拍車をかける原因となっている。


「(なんだ? なんでしゃべれないんだ? 何かが口に巻きついてる、もしかして」)」


 常盤は口元に闇魔法を当てる。すると口元を覆っていた何かは外れ、ようやく言葉を発する事ができた。


「っぷはぁ! なんだったんだ今の? いや、そんなことより。皆さん! あの言葉は嘘です! 俺の言葉を信じてください!」


 怪我をしていない右手を使って大振りで演説をするも、思い届かず帰っていくものが後を絶たない。


「黙りなさい罪人さん。あなたの支持者はもう、いません」


 そう言って掌を向けたとほぼ同時にえずき腹を抑える常盤。そして王女は徐に空中を浮遊し、常盤とヴィクタの立つ台座に静かに着地した。


「今……何、を?」


「さて、なんでしょうね? そうだ、しばらくだ待っていてくれますか、私はヴィクタと話があるので」


 指を下に向けると同時に台座ごと下に沈んでいく常盤。彼は何が起こっているのか全くわからず、そして理解できぬが故に硬直していた。

 そして王女は身構えるヴィクタに一瞬で接近し、静かに耳打ちをする。


「──もし今私を止めたら、あなたの大切な騎士団の捜索、すぐに打ち切りますよ」


 耳打ちされた言葉に一瞬判断が緩みかけるも、逆に殺意を芽生えさせ剣に手をかけるヴィクタ。しかし直後、そんな気を消しとばす言葉を告げる。


「じゃあこの後、勇者の誰かに常盤勇正を殺させましょうかね。私の魔法知ってるでしょう? それができるって事も」


 刀身のほとんどを外にのぞかせていた彼女だが、その言葉で一瞬にして固まった。


「……外道が」


「それで国が平和になるなら、私はいくらでも外道になりますわ。で、さすが闇。再起動が早いこと」


 自身の目の前に大きく闇魔法を展開し、ユニーク魔法で創成した剣を振りかぶった常盤。彼の剣は分解が纏われており、先ほどから彼を苦しめている謎の力でも防ぎ切れない。


「あんたは、倒さなきゃいけない人種だ!」


 振りかぶられた刃が王女の首を切り裂かんとした直前、彼女は小さく呟いた。


「──英断の血雨ピロッジャディスパーダ


 直後、何もないはずの天井より20本もの剣が常盤の体めがけ降り注ぎ、彼の体に赤い雨を散開させた。


「──ッ??!」


 意味もわからず血を流し、血に伏せる彼に追い討ちをかけるように、再び見えない衝撃が数度降り注ぎ、突き刺さる刃をさらに奥へと突き進めた。


「グァッ!!!?!!」


 無様な声を上げることしかできない常盤の体はゆっくりと宙を浮き、足元に血溜まりができるほどにズタズタにされた体を大衆に曝け出した。


「さぁ皆さんご覧ください。これが魔王に与するということです。そして皆さん朗報です。この罪人、元勇者常盤勇正を──明日の同刻に公開処刑といたします」


 返り血を1滴顔に滴らせる彼女は、今日見せたどの瞬間よりも輝いた笑顔だった。

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