終わりを見据える好奇の光
「──魔王の誤解を解くだと?」
常盤の突然の発言に言葉を失うヴィクタ。他の勇者たちも同様に無言で顔を見合わせていた。
当人である常盤はなぜ誰も反応を示してくれないのか疑問になり、皆の顔を見渡したのち首を傾げた。
そんな静寂を打ち破ったのは彼の幼馴染、霞だ。その声色は一抹の不安を孕んでいる。
「ねぇ勇正君、今までどこに行ってたの? なんで急にそんなこと……」
「どこ? どこってそりゃ追いかけてたんだけど?」
常盤からすれば、お前たちと同じ場所に行った、という認識でしかない。しかし彼以外のものは常盤がいきなり魔王の元に向かったと思っている。この認識の齟齬が彼らを狂わせた。
「勇正君、魔王のところに行ったって話……ほんと?」
恐る恐る目をうるわせながら尋ねる霞に違和感を覚える常盤。しかしここでも認識の齟齬が邪魔をする。
「魔王の元に向かったか? (魔王を発見したからあそこに向かった、って意味では魔王の元に向かったでいいのか……)行ったけど? それが?」
なんの悪びれもなくそう告げた常盤は、文字通りあっけらかんとしている。そんな彼に愕然とし、顔を歪めながら俯く霞。そしてそんな彼女の背中を優しくさする真鍋は、常盤に怒りのこもった眼差しを向けた。
「お、おい霞? お前なんで泣いて──」
「おい勇よ、お前まじで言ってんのか? 冗談ならいくらでも流すがよ、テメェそれ本気で言ってんなら縁切るぞ」
今日まで向けられたことのなかった眼差しを終始向けられ続けた常盤は、ため息を吐きながら頭を掻いた。
「(なんだ、なんでこうなってる? 俺はお前らの後をついていっただけだろ? 遅れたのがそこまで悪いか? 変えてくるのが遅かったことがそこまで悪いか? なんで2人はここまで……)」
睨み合う2人。そんな彼らの間にヴィクタは割って入った。
「常盤、真鍋、一旦落ち着け。このままじゃ話にならん」
間に入ったヴィクタは霞と真鍋を他の勇者たちの元へと戻し、常盤と2人きりで話すこととした。この時、去りゆく真鍋は常盤を睨み続け、それを迎える勇者たちも彼に対し不信感あふれる眼差しを向けていた。
「それで、誤解を解くという言葉から察するにお前は魔王と会ったんだな?」
「はい、森を歩いていたらたまたまばったり遭遇しまして」
「なるほどな。それで、なにを話したんだ? なにを話せば誤解を解いてやろうと思う?」
その問いかけに、常盤はあの森でのことをこと事細かに説明した。魔王が勇者たちを巻き込んだことについて謝罪したこと、現状勇者たちが魔王討伐に積極的な意思がないと告げたこと、そして魔王直々に魔法を教わったことを説明した。
「──ってな感じですよ。あいつは俺たちの思っているような悪虐の徒ではない。もちろんあいつがやったことは許されることじゃないですし、それはあいつ自身も分かっています。だけど今はカウザを、同じ魔人族をアミス自身が止めようとしてるんです。これ以上犠牲を出さないために」
この話を聞いたヴィクタは、眉間に皺を寄せながら考え込んだ。
自身の直接の仇はカウザという男。奴を倒すという目的は両者とも一致している。そして彼女はその目で見ている。小さな子供を庇いながら戦う魔王の姿を。
しかし幼い頃に仇に聞かされた「魔人とはこんな残酷な種族だ」という言葉が彼女の思考に靄をかけている。
悩みに悩んだ末彼女は1つの選択を決断した。
「分かった、釈明の場を与えてやる。ただし条件がある」
「条件? なんですか?」
「1つ、意見の強要をしないこと。2つ、国民からの非難は甘んじて受け入れること。3つ、手を出さないこと。そして最後は条件ではないかもしれんが、国公認ではやれないということだ。私程度の立場で魔王討伐派の王を説得はできないからな。これでも構わないか?」
そう尋ねるヴィクタに、常盤は即答した。
「はい! それでお願いします!」
満面の笑みでそう答えた彼に一瞬面食らったヴィクタだが、少し苦笑して闘技場の出口へと向かっていった。
「やるなら早い方がいい。すぐにやるが構わないな?」
「あ、そんなすぐやるんですね。わかりました」
常盤はヴィクタに追随し、他の勇者たちも不安な表情を浮かべらがらもぞろぞろとついていった。
ヴィクタと常盤はできる限り国中を周り、「勇者から話がある」と国民を一か所に集合させた。
そんな様子を側から見ていた勇者の1人、濱崎が霞を宥めながら感想を漏らした。
「ゆあ落ち着いた? にしてもとわっちなに考えてんだろうね? うちも最初は勝手に行動して悪びれないとわっちにイラついてたんだけどさ、なんか真剣にやられるとよくわかんなくなってくんよね」
そんな言葉に霞は肯定の意を示す。
「そう、なんだよね。勇君今すごい真剣なんだよ。だからこそわからないんだ……」
「……ねぇゆあさ、なんでとわっちのこと勇正君って言ったり勇君言ったりするん? 使い分けめんどくない?」
ふと尋ねたその質問に、霞は何か思い出したように失笑をする。
「別に面白い話でもないんだけどね、勇君っていうと子供っぽいからせめて勇正君にしてって言われたんだよ。確か小学3年生くらいだったかな? 懐かしぃ、覚えてる海斗君?」
話題を振られた真鍋は頭を掻き、懐かしむような瞳を霞に向けて話し始めた。
「覚えてるよ、そん時からあいつゆあちゃんのことを霞って呼び始めたんだからさ。きっかけは確か親父さんが亡くなって……あ、やべ言っちまった」
汗を垂らしながら口元に手をやる真鍋。聞かれていないことをわずかに祈り霞に目を向けるが、彼女はすでに動揺した表情を浮かべていた。
「海斗君、事情知ってたの?」
霞に詰め寄られた真鍋は面倒くさいと顔をしかめるが、そのうち堪忍し言葉を漏らし始めた。
「ああ、知ってたよ。3年の時に親父さんが死んで、あいつはお袋さんと2人きりになった。そん時言われたんだよ、「俺は母さんを助けられるくらい立派な大人になる」ってさ。まぁガキだからな、まずは呼ばれ方から変えようって思ったんだろ」
「でも、じゃあなんであたしにはなにも言ってくれなかったんだろ?」
寂しげに顔を俯かせる彼女に、真鍋は頭を撫で優しい声色で告げた。
「ゆあちゃんには心配かけたくなかったんだと。言ったら絶対心配するからってさ。バカだろあいつ、結局心配させるってのにさ。でもその気持ちは本当だった。そんな奴が今ゆあちゃんにこんな顔させてんだ、それがおれは許せねぇんだよ」
辛そうな視線を絶賛集客中の常盤に向ける真鍋。そんな彼に濱崎は意地悪い笑顔で肩を組んだ。
「へぇ〜、なべいいとこあんねぇ! ってかあんた幼馴染好きすぎっしょ!」
「なっ、やめろ濱崎! お前は居酒屋で酔っ払ったおっさんか?」
迷惑そうに払い除ける真鍋、それを笑顔で押さえつける濱崎の様子に、霞は声を出して顔を綻ばせた。
「ははっ! 海斗君タジタジだねぇ〜!」
「ゆあちゃんまで敵かよ、味方ゼロ?」
「そうそうゼロゼロ! ──ゆあ、元気でた?」
穏やかに優しく語りかけた濱崎の声に、同じく穏やかに微笑んだ霞は、常盤を見つめ信頼の言葉を告げた。
「あたし信じることにするよ。多分何か理由があるんだと思う。今からの演説をちゃんと聞いて、その後落ち着いて話すことにするよ」
「おれも、熱くなって縁切るなんざ意味のねぇこと言っちまったからなぁ。あいつがおれに縁を切らせるわけねぇのに」
2人の幼馴染は信頼の眼差しをもう1人の幼馴染に向ける。もうそこには一切の怒りも悲しみのない、曇りなき信頼の眼差しであった。
そして200以上の国民が集まり、勇者・常盤勇正の魔王の印象回復のための演説が始める。
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「──え〜っと皆さん、まずはお集まりいただきありがとうございます! 本日お集まり頂いたのは1点! 魔王についてです」
マイクもないこの世界で声をできるだけ届けるため、目一杯声を張り上げる常盤。その声に反応、というよりも勇者が魔王について語るという意味に反応し、国民はざわざわと盛り上がり始めた。
倒す算段がついたのか? これから攻め入るのだろうか? もしくはすでに討ち取ったのでは? など魔王というのみが出てきたに過ぎないにも関わらず盛り上がりは最高潮に達していた。
「ヴィ、ヴィクタさん、これ俺の声届きますかね?」
「仕方ない、少し黙ってもらおう」
そう言って鞘から剣を抜刀したヴィクタは、技を軽く足元に叩きつけた。
けたたましい音とともに国民の意識はヴィクタへと集中し、そしてその隣の常盤へと移った。
「やり過ぎてないですかこれ?」
「注目を集めるにはこれが一番いい。別に誰も傷つけてはいないしな。それよりほら、今のうちに話したいこと話せ」
まるで何事もなかったかのように納刀し、常盤に演説を促すヴィクタ。非常に慣れたようだ。
「え、え〜っと、まずは1つだけ訂正を。俺は今から皆さんが望んでいるような言葉は言いません。そこは最初にご理解ください」
再びざわつき始める彼ら。とは言え先程のことがあるため声量は控えめだ。
そして国民の1人が手を挙げ質問をした。
「あの〜勇者様、我々が望まない言葉とはいったいなんでしょうか?」
恐る恐る手を挙げる彼に、常盤はナイスパスといいそうなほどにテンションを上げた。
「おお、よく聞いてくれました! 嬉しいですよそういうの。じゃあそろそろ言いますね。えっと……俺は、魔王に対して皆さんが思っている誤解を説きに来ました!」
その瞬間、まるで時が止まったと勘違いするほどに静寂が訪れた。先ほどまでざまついていた国民は一斉に静まり返り、手を挙げた男は目を見開き手を落とした。
なにかしらの反応を予想していた常盤は苦笑いを浮かべながら疑問符を漏らした。
「…………あれ?」
そんな光景を影から見つめる1つの影。
「ふふっ、なるほどこういう展開ですか。流石に予想してませんでしたが、これはこれで面白いですわね。さて、どんな瞬間に捕まえましょうか!」
宙に剣を数十本浮かべながら冷笑を浮かべる王女イルメール。彼女は瞳に破滅の未来を走らせた。
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