密かなる同盟

「あ! あの時のお兄ちゃんだ!」


 ルシェは常盤を元気よく指差し、当の常盤、そして魔王アミスは突然の鉢合わせに固まっていた。


「お前は確か闇属性の勇者……何故こんなところに? まさか!」


 アミスはルシェを傍に抱え、勢いよく常盤から距離をとった。


「もう居場所が知られるとはな……あの赤髪の騎士はどこだ? どこに隠れている?」


「赤髪の騎士……ヴィクタさんのことか? お前会ってないの?」


「? 何を言って……?」


 勇者が目の前に現れ、他の仲間が見当たらないことからどこかに隠れているのだとおもているアミス。しかし実際は常盤1人のみ。常盤自身も先に仲間が向かっていると思っているため、全く話が噛み合わない。


「アミスお兄ちゃん、そのお兄ちゃん1人だけだよ。1人ぼっちでここまで来たみたい」


「すごいなその子! 心が読めるのか? というか人質ってなんだよってレベルで懐かれてるな。べったりじゃん」


 アミスの傍で身をぎゅと寄せ、完全に体を預けている少女は、側から見れば全くもって人質には見えない、どころか、親子だと言われても信じてしまうくらいには距離が近かった。


「お兄ちゃんこんにちは! あたしルシェ! 目は見えないけど、その代わりごかん? っていうのがすごいんだって!」


「お、おいルシェ! あいつ勇者だぞ! いくら1人だからってそんな不用意に」


 アミスから少し離れて元気一杯に挨拶をするルシェ。そしてそれを慌てながら制止するアミスに、常盤は思わず失笑する。


「……ははっ! なんか思ってたよりも数倍普通だな! ーー俺は常盤勇正。ここではない別の世界から召喚された、一応勇者だ。よろしく」


 そう言って差し出された手をじっと見つめるアミス。暫し呆然としたのち、言葉を漏らす。


「お前、オレを倒したいんじゃなかったのか? つい数日前と意見がだいぶ違うぞ」


「あんたが言ってただろ? 一方的な情報だけで行動するなみたいなこと。それでちゃんと話を聞いたんだ。魔人が人間に何をされたのかを。勿論全部ではないと思う。それでも、魔人が、あんたが絶対悪いだなんて言えなくはなったよ」


「そうか…………そのことだが、オレも同じだった。赤髪の騎士はオレと同じだったんだ。オレは彼女の復讐心を、咎める資格がなかったんだ」


 ルシェに視線を向ける常盤。恐らくこの子が伝えたのだろうとすぐに察した。そして同時に、ヴィクタと目の前にいる魔人は確かに似ていると心の中で感想を漏らす。


「なぁ勇者、今の言葉から察するに、お前はオレを攻撃するつもりがないみたいだが、では一体何をしに来た?」


「ん? ああ、あんたが見つかったって知らせが入った後、みんな俺を置いて先に向かったんだよ。寝坊してさ。みんなのこと見たりしてない?」


「他の奴らも来ているのか。悪いが見ていない。ルシェ、さっきまで歩いてきた道にそんな反応あったか?」


「ううん。常盤お兄ちゃんしか会ってないよ」


 大きく首を横に振るルシェ。彼女の言葉に全幅の信頼を置いているのか、「だそうだ」と言いたげな目で常盤に視線を送った。


「おっかしいなぁ。俺よりもだいぶ前に出てるはずなのに……こんな時携帯の素晴らしさが改めてわかるよ」


 妙なところで元の世界が恋しくなったところで、アミスが常盤に再度尋ねる。


「で、結局お前はどうするんだ? オレと戦う気もない、仲間も見当たらない、それでお前は何をするんだ? 仲間探しか?」


「う〜ん……せっかくの機会だからさ、ちょっと話せないか? お前のことをもう少しでも知っておきたいんだ。まぁそれをしたからどうという話ではないかもだけど、少なくとも俺たちが不必要にお前を追う必要は下がると思うんだ」


 この言葉に反応を示したのは、やはりルシェだった。彼女はアミスの服を強く引き、目をキラキラと輝かせる。


「アミスお兄ちゃん! 常盤お兄ちゃんいい人だよ! お話しよ! ねっ!!」


「ぅ……ルシェがそういうなら嘘はついてないんだろうが……」


「そうだそうだ、お話しよ、ね」


「真似すんなよ。……はぁ、ルシェ、ちょっと向こうで遊んでてくれ。オレはこいつと話をしてみる」


「うん!!」


 ニコニコと笑顔で向こうにかけていくルシェを穏やかな表情で見送るアミス。この光景に常盤は「親子か?」と呟いた。


 そしてその辺の地面に直座りし、向かい合って話を始める。


「……で、人間。何から話せばいい? 流石に魔人族の歴史から語る気はないぞ」


「ああそこまでは大丈夫だ。それに語って欲しいんじゃなくて話したいって言ったろ? 会話だ会話、講話じゃない」


「そうか……じゃあ1ついいか?」


「おう、なんでもござれ」


 ある程度の質問予想をしていた常盤だが、予想外の質問が飛び込んでくる。


「お前達勇者が元々いた世界って、どんなところなんだ?」


「へ? そんなこと聞きたいのか?」


「いいだろ別に! で、どんなところだ?」


 常盤は目線を上に向け考え始めた。世界、と言ってもとても広い。そのため日本に絞って話すこととした。


「そうだな……普通に生きてたら最低限食うものや生活は確保出来て、最低限の教育が受けられるような世界かな? んで頑張ればさらに暮らしや知識が豊かになるって感じの国だ。この世界みたいに種族での差別や争いはない代わりに、気に入らない奴への攻撃はすごい国かもしれん」


「前半は素晴らしかったのに落差がすごいな。しかし食うものに困らないと言うのはとても素晴らしいことだ。短いながら王をからより分かる。攻撃と言っても殺し合いではないんだろ?」


「まぁそうだな、基本は平和だよ。……で、なんでまたそんな話を?」


 アミスは言い淀んだように下を向き、そして申し訳なさそうに顔を上げた。


「争いのない平和な世界からお前たちを呼んでしまったのはオレ達魔人と人間だ。300年あぐらをかかなければ、魔人の1人が人間を襲わなければ、偽りに騙され魔人を殺さなければ……もっとこの世界が正しければ、お前たちが魔王討伐なんんて危険なことに片足を突っ込むこともなかったのに。そう思ってしまってな」


「…………なるほどね。その質問はそう言うことか」


 争いを知らぬ子供が戦場に、しかも最前線に駆り出される。そんなことはあってはいけず、その原因は自分たちにもあるのだと再認識するための質問なのだと理解した。


「なんでお前たちは逃げないんだ? なんでまだ戦い続けてる? オレを倒す気があるならいざ知らず、そうでもないのになんで……」


「俺たちさ、お前の討伐から新しい目標に切り替えたんだよ」


「新しい目標? 一体何を」


 瞬間、常盤は立ち上がり、決意を表明した。


「俺たちは、カウザという魔人を倒す! ヴィクタさんの家族を殺し、魔人族への復讐心を生ませた、この戦いのそもそもの原因を倒す! そのために今は修行中だ。俺、ユニーク魔法や闇属性魔法も上手く使えてないけどさ」


「ユニーク魔法……なんで魔人族特有の魔法をお前たちが使えるのかは分からんが、とにかく目的は同じなんだな」


「ん? ってことは……」


 アミスは立ち上がり、目線を常盤と同じ位置に運ぶ。


「ああ、オレもその魔人は倒すさ。同じ魔人として、1度は魔人達の王だった者として、カウザという魔人はオレが落とし前をつける!」


「そっか、そうしたら魔人の名誉を挽回できるな! そん時はさ、手伝わせてくれよ。こっちにも仇取りたい人がいるんだからさ」


 真っ先に魔人の名誉回復について言及し、それを一切考えて話す素振りすら見せなかった常盤に、アミスは少し呆気に取られたが、直後常盤に1つの提案を告げた。その彼の表情は、わずかばかりか笑を浮かべ、穏やかに映った。


「なぁ勇者、いや……常盤、だったか? 1つお前に教えたいものがあるんだが、時間はあるか?」


「教えたいもの? まぁ別に時間はあるけどさ、どうせ帰りの足見つけるまで帰れないし」


「じゃあ常盤ーー」


 アミスは先ほど取ることをしなかった手を今度は自ら差し出した。


「常盤、オレがーーユニーク魔法について教えてやる」


「……まじ?」


 こうして2人は手を取り合い、2人だけの同盟のような関係を結ぶに至った。後方から両手を上げ満面の笑みで走りくるルシェに、2人の口角は思わず緩むのだった。

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