1人きりの出会い
常盤が王女に騙され魔王のもとに向かっている最中、ヴィクタと他の勇者は通常通り起床し、訓練場へと向かった。
「今日も特訓を始める……と言いたいところだが、常盤はどこに行った? 遅刻をするようなやつじゃないのに」
ぼりぼりと指で頭を掻いたのちヴィクタは、常盤の幼馴染である霞と真鍋に彼を連れてくるよう依頼した。
「霞、真鍋、悪いが常盤の部屋に行って呼んできてくれ」
「うぃっす」
「わかりました! 行こっか海斗君」
こうして2人は寝坊していると思われている常盤の部屋に向かう。そして訓練場を出ようとした時、1人の女性が入り口から現れた。
「お待ちください勇者様方」
上品な声色に乗せて現れたのは王女イルメールだ。彼女は何やら神妙な面持ちで立ち止まり、勇者達を一瞥する。
「えっと、なんすか?」
「あの、ごめんなさい。あたし達勇正君、じゃ伝わりませんよね? 同じ勇者の仲間を起しに行かないといけないので、失礼します!」
霞。真鍋はイルメールに会釈をして過ぎ去ろうとした。しかしその動作と同時にイルメールは言葉で2人を立ち止まらせた。
「ーー今回は、その常盤勇正様のことで参りました」
その言葉で歩みを止める2人。すぐさま踵を翻し、彼女に詰め寄った。
「あの! 勇がなんかあったんすか?」
「もしかして何かやっちゃいましたか? あたし達も謝るのでどうか許してあげてください!」
そんな若干乱心気味の2人を、ヴィクタは肩を掴み落ち着かせる。
「2人とも落ち着け! そんな詰め寄っては聞けるものも聞けん! 失礼しました王女。して、常盤が何か……?」
「非常に申し上げにくいのですが……実はーー」
そしてイルメールは相も変わらぬ神妙な顔つきで、堂々と嘘を並べた。
「実は、とある森にて魔王が発見されたのです。そして常盤様はその情報をいち早く耳にし、あろうことかご自分1人で魔王の元へと向かわれてしまったのです」
「なっ! それは本当ですか? ……しかしあいつがそんな軽率な行動を取るか?」
「常盤様は出発前こうおっしゃっていました。「魔王と話がしたい」と。どのような話をされるのかは存じませんが、正直なところ、あまり気乗りは致しませんでした」
ほとんどが嘘。しかし「魔王と話がしたい」と言った言葉は実際、昨日常盤本人が口にした言葉であり、同様の意見はヴィクタや勇者達も周知済みだ。
そんな真実の言葉が、イルメールの言葉に真実味を加算する結果となった。
「確かに、そういった旨の発言は知っていましたが。しかし何故1人で……いや、考えるのは後だ! 王女! 私たちは常盤を追います。馬車を用意していただけませんか?」
そう詰め寄ったヴィクタに対し、イルメールはバツの悪そうな表情を浮かべ、顔を背けた。
「それが……実は現在使用出来た馬車は、ほとんどが他国へ魔王の映像を届けるのに使用しており、残りは常盤様が使用されている1台のみでした。つまり、足を貸すことは出来ません」
「そんな……!」
霞は大きく目を見開いたまま体を震わせ、足元に向かって小さく呟いた。
「勇君……大丈夫だよね?」
「私では止めることができず……申し訳ありません」
イルメールの深く下げられた頭に、その場にいたものは何も言えなくなった。
数十秒後、徐に顔を上げた彼女は一言を残した。
「常盤様の真意は分かりかねます。しかし、私は信じています! 勇者である常盤様は、必ずや平穏無事に帰ってきてくださると!」
霞に対し視線を向け、穏やかな表情で微笑んだイルメール。その笑顔は常盤に全幅の信頼を置いているように伺える。
向けられた偽りの表情を表層面的に受け取ってしまった霞は、その笑顔に小さく頷いた。
こうしてイルメールは会釈した後、踵を翻して行った。
「勇君…………ちゃんと戻ってきてよね」
彼女は祈るように拳を握り、天井を見上げた。そんな彼女の頭を、真鍋は優しく数度撫で叩いた。優しい半身とは裏腹に、行き場のない手は強く握られていた。
一方、勇者達に偽りの真実を告げたイルメールは、帰路を歩きながら小さく冷笑を浮かべる。
「(さて、これで勇者達が助けに向かうことはない。あぁ、楽しみだわぁ! 常盤様は……あの玩具はどんな選択をするのかしらぁ!)」
真っ直ぐと前方を見つめる彼女の目は、真っ直ぐに透き通っていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
霞達勇者がイルメールより偽りの真実を告げられていたちょうどその頃、当の本人である常盤は変わらず馬車に揺られていた。
「あ〜〜〜〜暇だ。かれこれ3時間、ずーっと馬車だ……すいません、あとどれくらいですかね?」
ここまで「あとどれくらい?」とあえて聞いてこなかった常盤だが、とうとう我慢の限界を迎え、御者に尋ねた。
「そうですね……目的の森まではおおよそ30分といったところですかね」
「30分……! まだそんなにあんのか。……片道3時間半って、一体みんなは何時に出たんだ? 寝過ごしたのもしょうがないんじゃないかって思えてきた」
こうして彼はほとんど変わらない風景を眺めながら30分を過ごした。
そして特に風景が変わるわけでもなく、馬車はゆっくりとその歩みを止めた。
「勇者様、到着いたしました」
その言葉に反応し馬車を降りた常盤は、これから自身が進む森の入り口をじっと見つめた。
「ここにみんなが……そして魔王が……」
「魔王はこの森のおよそ中央部にて発見されたとのことです。」
「中央、ってことはもうすでに奥の方行ってるよな? じゃあちょっと探してみます。御者さん、ありがとうございました!」
「いえいえ、勇者様を乗せることができて光栄でございました! それでは、私はここで失礼いたします。ご武運を」
そう言って御者は馬車と共に帰路を辿っていった。
「また片道3時間半かぁ。御者さんも大変…………ってあれ? なんで帰った? 俺は?! 俺帰りどうすればいいんだ?! こんな森に置いてかれたよ! ……仕方ない、帰りはみんなの方に乗せてもらお。出会えるかな?」
帰りのことを心配していてもしかたない、そう判断した常盤は、若干不服そうな表情を浮かべながら森へと入っていった。
しばらくあたりを見渡しながら散策していた彼だが、ここであることに気づく。
「みんなもここにいるんだよな? にしては静かすぎないか? 子供の声どころか人間の声すら聞こえないぞ。鳥の鳴き声しか入ってこない」
その後も、人っ子1人見つからない森をぶらぶらと歩き続け、暇が頂点を迎えた常盤は、本来なら絶対にしないであろう歌を歌い始めた。
「あるぅ日、森のなーか、クマさんに出会ぁった。花さーくもーりーのーみーちー、くまさんにーでーあーあったー。あら…………2番しらね。……あるぅ日、森のなーか、魔王さんにーー」
恥ずかしい替え歌を歌っていた最中、突如左手に物音がした。常盤はその音にいち早く反応し、勢いよく振り向いた。そしてそこにいたのはーー
「……あ」
「……お前確か……!」
「あ! この前のお兄ちゃんだ!」
予想ではさらに奥にいると思っていたアミス、そしてルシェが目の前にいた。そんな予想外の展開に、常盤は小さく呟いた。
「魔王さんに……出会った……!」
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