玩具は玩具らしく

 ルシェとアミスの仲が深まり、白髪の男がそれを発見した翌日。


 ここは勇者達のいる王宮のとある通路にて。外は既に暗くなっており、吹き荒れる風が窓を激しく叩きつけている。


 そんな場所で、勇者の1人である常盤は特訓後の風呂から上がり自室へと戻るところだった。


「はぁ、いいお湯だった。今日も疲れ……たにしてはなんの成果もなしって感じだな。相変わらずユニーク魔法はおろか闇の魔法だって使えてないし。今のところ俺魔法吸収できるだけだぞ……つーか風すごいな」


 まるで王宮に何かが近づいているかのように、叩きつける風はその激しさを増している。これ以上強くなれば窓が壊れてしまうのでは? と心配になるほどだ。


 ーーと、常盤が心配していた時、嘘みたいにばったりと風が止んだ。


「え……急に止んだし。なんだったんだ一体……」


 窓越しに外を見渡し、特に問題がないと判断した彼は窓を開き、身を乗り出して辺りを見渡した。


「……なんもないな。まぁそりゃないんだけど」


 特に変わった様子が見られないと判断した常盤は、身を戻し窓を閉めた。その時ーー


「ーーお疲れ様です勇者様」


 背後から女性の声でいきなり話しかけられた常盤は、みっともない叫び声と共に頭を打ちつけた。


「ひゃい!ーーぁ……痛ぃ……!」


 窓に打ちつけた前頭部をさすりながら声の方向へと視線を向ける。するとそこには王女であるイルメールがいた。


「大丈夫ですか? もしよろしければ使いのものを呼んで手当をさせますが」


「あ、いえいえ! そんな大した怪我じゃないんで! (くそ……なんだよひゃい! って。めちゃめちゃ恥ずい)」


 顔を赤らめながら顔を背ける彼をよそに、イルメールは常盤に話始めた。


「勇者様、ヴィクタから聞きました。魔人族に我々人間が何をしたか、それを聞かされたと」


「え、ああはい。聞きましたよ。……ところで王女様」


「はい、どうなさいました?」


 赤らめた顔は戻り、真剣な顔つきでイルメールに質問をする。


「なんで最初にそれを言ってくれなかったんですか? 恐らく本当のことを言ったら協力を仰げないと考えたんでしょうけど、魔王に会ってしまったら遅かれ早かれこうなってたと思いますよ」


「……ええ、それは私達の考えの甘さです。ですが結果として勇者様方は我々に協力してくださっている。感謝しかございません! もちろん元の世界に帰るため、というのも大きな理由でしょうが」


 勇者達はそれぞれの理由のもと戦うことを選んだ。大きな理由として『帰りたい』というのはほとんどの者の共通目的ではあるが。特に相良はその思いが強い。


「あの、ほんとに魔王を倒すことでしか元の世界には帰れないんですか?」


「文献によるとそうなっています。しかし長らく使用されてこなかった魔法ですので、もしかすれば無条件で戻れる可能性はなくはないです。…………勇者様は、魔王をどう思われていますか?」


「どうって言われましても……1回ちゃんと話してみたいって思いますね。この国だと元から嫌われてたみたいですけど、俺にはそう言った考えが根付いていないので。他の人よりは固定観念なしで話せると思いますし」


 その答えを聞いた彼女は、顔を俯かせ、一瞬口角を上げた。


「(うん、……! )ーーそうですか、勇者様ならもしかするかもしれませんね。あ! 申し訳ありません長々と!」


「いや、大丈夫ですよ。えっとそれじゃあ……おやすみなさい」


「はい、おやすみなさいませ! また明日もーー頑張ってくださいね」


 にこやかに頭を下げ見送るイルメールに、そう言ったことにまだ慣れておらず戸惑いながら見送られる常盤。彼が曲がり角に進み完全に王女の視界から外れたところでようやく彼女は頭を上げた。


「…………ふふっ、ごめんなさいね勇者様。まだ魔王が悪人であってもらわないと困るんですよ。だってそうしないと、最後の絶望のオチが締まらないじゃないですか!」


 彼女は踵を翻し自室のある方へと体を向ける。そして顔を背後にひねり、薄気味悪く微笑んだ。


「さて、これでどう転んでも1。その罪を魔王に押し付ければ……もさらに活躍しがいが出ますよね!」


 踵の翻した方向へ、ウキウキとしながら歩き始めたイルメールは、小さく窓に向かい呟いた。


「おもちゃとして呼んだんです。だったら最後まで、おもちゃとして私の思い通り死んでくださいまし! ーーあ、バイバイ!」


 再び突風が王宮の窓ガラスを叩きつけた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 そして翌日早朝、すやすやと眠っていた常盤の部屋に、激しく叩きつける音が鳴り響いた。


「ぬぉわっ! え、なに?」


 咄嗟に起き上がった常盤は自身を叩き起こした音の発生源に目をやる。誰かが通路側から部屋の扉を叩いているようだ。


「えっと……誰ですか?」


 恐る恐る近づき、扉越しに尋ねた瞬間扉は開かれた。


「ーー勇者様……おはようございます」


「あ、おはようございますーーメイドさん」


 そこに立っていたのは、勇者たちが召喚された翌日に王の間へと彼らを案内したメイドだった。なぜか彼女は息を切らし、汗を滲ませていた。


「あの……大丈夫ですか?」


「お気遣いいただき……ありがとうございます。ですがわたくしのことはよろしいのです。ーー勇者様! お急ぎください! 他の勇者様方は!」


「…………出発?」


 とにかく急かされた彼は、急いで着替えを済ませ、王の間への移動中にことの経緯を初めて知った。


「ーーえ? 魔王が見つかってみんなはもうそっちに向かった?! なんで俺置いてかれたんですか?」


「……申し訳ありません。1度起きていただくよう伺ったのですがその…………」


「…………あぁ、起きなかったから置いてかれた、と」


「……はい」


 そのように肯定したメイドの表情は固く沈んでいた。ちゃんと起こせなかった自分の責任だと思っているのかもしれない。


「置いてかれる理由はまぁ分かりましたけど、なんで今起こされたんですか?」


「それは……どうやら早急に用意出来た馬車が1台しかなかったらしく、もう1台が今到着したようなのです」


「いやだからそれにしてももうちょっと早く起してくれたほうが頭の整理もついたんですけど……まぁ今言っても仕方ないんですが」


「…………申し訳ありません」


 こうして王の間に到着した常盤は、メイドが開いてくれた扉をまたぎ王女の前に歩いて行った。


「行ってらっしゃいませ勇者様。この度はーー本当に申し訳ありません」


 そう言った彼女の表情は、人を起こせなかっただけの人間がしない、悲しく歪んだ表情を浮かべていた。


「ーーお待ちしておりました勇者様! さあ、外に馬車を待たせておりますのでお急ぎを!」


 王女イルメールに促されるがまま、常盤は半ば無理やり王宮の外に連れて行かれ、馬車に乗せられた。


「では勇者様、ご健闘をお祈りいたします」


「は、はぁ……」


 よくわからないまま馬車に揺られる常盤は、1人外を眺めながらそっと呟いた。


「…………やっぱおかしいよな? この状況……」


 今更戻ることも出来ず、ただただ不満という物思いにふけながら、常盤は魔王の居る森へと向かった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ーーん……あ、もう朝か……勇君と海斗君、もう起きてるかなぁ?」


 常盤が勇者達を追いかけたその1時間後。同じく勇者である霞癒愛ゆあは目を覚ました。

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