歩み寄るための1歩
勇者達が特訓を開始してから数十分後、ようやく戻ってきた神囿にヴィクタは小走りで駆け寄る。
「おい神囿! お前今までどこ行ってた? 常盤からお前がいないと言われて探したが……どこで何してた?」
駆け寄ったヴィクタは、彼の風体に疑問を抱いていた。髪は少し乱れ一部濡れており、息こそ上がってはいないものの所々から疲労の水滴が漏れ出している。
「別に……ぶらぶらしてただけです」
「特訓中にか? そういえば特訓を早く始めようと言い出したのはお前だったな。まさか……誰かと会う約束でもしていたか?」
目を細め顔を近づける彼女に臆することなく、神囿は淡々と息をするように偽りを並べ始める。
「……実を言うと、1人になりたかったんです。ここはなんとなくガヤガヤしてて集中出来そうになかったので、外に出て1人で特訓してました。……これで納得してもらえました?」
「…………」
ヴィクタはなんとなくの違和感を覚えながらも、根拠のない疑念で彼を疑うことは本意ではないと考えた。告げられた理由も彼の現在の風体の理由として納得のできるものであったことからも、ヴィクタはこれ以上問い詰めることは中断した。
「……そうか、すまなかった。私もすぐに気がつき気をまわせなくてすまなかった」
ヴィクタは謝罪の意を示し、同時に彼の今後の行動を諌める言葉を告げた。
「確かにアレックスなどがうるさいかもしれない。気が散るのもわかるさ。だけど私にはお前達の監督者としての義務もある。あまり1人で行動されるともし何かあった時に対処できなくなるんだ。だから今後は勝手にいなくなるのだけはやめてくれ。……いいかい?」
「はい、すいませんでしたーーすごいな、言った通りだ……」
謝罪の後、小さく呟かれた言葉は、あまりにも小さく呟かれたことで、すぐ近くにいたヴィクタですら何か言っている、程度に留まった。
淺岡とアレックスはこのやりとりを見て談笑し合う。
「おいアレス、お前ヴィクタさん公認でうるさいんだとよ! あの人に言われちゃおしまいだな!」
「選ばれたのはあたいでした!」
「なんで○鷹?」
ヴィクタから解放され、徐に歩き出した神囿に、恐る恐る奥田が近づき話かけた。
「あの……大丈夫だった暁人君? もし何かあるんだったらその…………ぼくでよければ話くらいなら聞けるけど」
「……(こいつは僕を超えることはない。だったら別に話てもーーいや、あの人には誰にも話すなって言われてるんだ。それが僕を最強の勇者にする条件……だったら話すわけにはいかないな)」
神囿は一考したのち、通り過ぎざまに返答をする。
「別に大丈夫だ。どうせすぐに答えが出るしね。(そう、すぐに出るさ……一瞬で、僕は最強の勇者になってやる)」
こうして奥田の後方へと去っていった神囿。そんな彼を奥田はじっと見つめていた。
「やっぱり、何かあるんじゃないか……でもぼくじゃ何も……ぼくなんかじゃ何も出来ない……」
こうして数日、勇者達はヴィクタ指導の下特訓を重ね、それぞれ魔法の腕を磨いていった。しかしユニーク魔法を習得するものは現れなかったーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ここは勇者達のいる王国から少し離れたとある森。ここで1人の少女と魔人が地面に座し話をしていた。
その内容はと言うと、少女がヴィクタから感じた魔人に対する強い怒り、憎しみ、殺意、これらの出処を少女が感じた断片的なものだが魔人アミスに伝えていた。
「ーーって感じだったの。あのお姉ちゃんもかわいそうなんだよ! お兄ちゃんと同じだよ! だからね……けんかやめよ……?」
「…………」
少女の話を聞き終えたアミスは、額に汗を滲ませながら頭を抱えていた。
「あの騎士が魔人族に……だからあれほどまでに怒りを滲ませていたのか。だけどその魔人族は誰なんだ? 10年前に追放された魔人なんて聞いたことが……カウザ……なんで妙に懐かしく感じるんだ?」
アミスはカウザと言う名に既視感を感じていた。もちろん何度かその名は聞いている。ヴィクタも自身の処刑時にその名を尋ねてきた。
だがアミスが感じたのはそんな他人からの質問程度の記憶ではない。もっと昔から聞いていたように感じるその名を、必死に思い出そうとするアミスだが結局思い出せないでいた。
「……だめだな、やっぱり思い出せない。父さんたちそんな名前言ってたか?ーーん?」
アミスが必死にその名を思い出そうとしていると、少女はぐずるように彼のう服の裾を引っ張った。目には涙を浮かべ、何かを要求しているようだ。
「(いや、何かなんて……そんなのわかってるだろ)」
アミスは少女の頭に手を乗せ、穏やかな顔で少女の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「すぐには無理だと思う……少なくとも、俺たちの死を見世物とし笑った人間達を許すことは絶対にできない。だけど…………あの赤髪の騎士とは、1回話をしないとな」
アミスの陰りきった心に光が差し込んだことを撫でられた頭越しに感じた少女は、パッと顔を明るくし、満面の笑みでアミスに抱きついた。
「お、おい! 一応オレは人殺しだぞ! そんな近づいたらーー」
「大丈夫! だってお兄ちゃんは優しいもん!」
「ぁぅ……好きにしなよ」
この幼い少女がアミスを縛りつけ、他の思考に至らせることすら拒絶させていた復讐心という名の鎖を少し解いてくれた。そしてアミスはあることを思い出していた。
それは勇者やヴィクタに向かい言い放った言葉。
ーーわかり合おうともしない ーー片方の意見だけを信じて疑わない
まさに自身がこうなっていたのだと、人間が全て悪だと決めつけ、相手が何を考えているのかを考えようともしなかった。自分たちだけが被害者なのだと信じて疑わなかった。
「(オレも……人間のことをどうこう言える立場じゃないな……)」
アミスは自身の腕に巻かれた妻の衣服の切れ端を見つめる。
復讐心を忘れぬため、人間を全員殺すという思いを変えぬために巻き始めたこの服は、今ではその効力をあまり果たせてはいない。
しかしそれでも未だ巻き続けているのは、もちろん未練もあるが未だに受け入れられたいないのだ。妻の死を。未だに脳裏には妻の姿がはっきりと映っている。
「ミゼル……オレは…………オレなら、いや、キミが好きだと言ってくれたオレなら……こうするよな?」
アミスは徐に立ち上がり、少女の頭に手を乗せながら笑顔を浮かべた。
「……お兄ちゃん?」
「オレは……あの赤髪の騎士に会ってみるよ。それで、今度はなんとかして話し合ってみる」
「……!! うん! そうしよ! あたしも一緒に行くねお兄ちゃん!」
「ああ。そうしてくれーーあ、そういえば言ってなかったな。オレはアミスだ、よろしくーーえっと……」
「あたし? あたしはね、ルシェ! ルシェ・ポンテっていうの! よろしくねアミスお兄ちゃん!」
あまりに純粋無垢なルシェの姿に、一瞬頭に置いた手を離すが、少女は背伸びをし自身の頭を離れた手に再び触れさせた。
「……うん、よろしく、ルシェ!」
こうして2人はモ森を向けるため、一緒に並び歩いて行った。
風が吹き、森を揺らす。その風はまるで2人を足止めするかのように向かって吹き続けた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
2人が仲を深め歩いて行く森の上空にて、白髪の1人の男がその様子を見つめていた。
「ーーみ〜つっけた! かわいいおもちゃに……かわいいボクのおとーー!」
呟かれたその声は、吹きつける風の音で掻き消えた。
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