許されないとしてもーー
ヴィクタの過去を知った勇者たちは、あまりの衝撃にしばらく言葉を失っていた。
「これが、私の復讐の動機だよ。私は、私の大切を奪った魔人族を滅ぼす。そしてあの男を……カウザを惨たらしく殺してやるのが私の生きる理由だ」
そう言い、改めて決意を固めるように剣を握るヴィクタ。そんな彼女に、常盤は質問を投げかけた。
「ヴィクタさんは魔人が全員、その……カウザ? と同じだと思ってますか?」
「? 何が言いたいんだ?」
常盤は若干言いずらそうに自身の本心を投げかけた。
「俺……あの魔王がそんなに悪いやつには見えないんです。少なくとも、なんの理由もなく人を襲うような奴には見えない」
「常盤……」
常盤のこの言葉に、濱崎は強く彼を非難する。
「ねぇとわっちさ、なんでそんなこと言うん? ヴィクタさんの話聞いたよね? 完全に魔人族が悪いんじゃん! だって魔人族は人間を殺してもいいって思ってるんだよ? そんな奴らが悪くないなんてーー」
「ーーそれが嘘だったら?」
そう口を挟んだのは相良だ。
「嘘って……何が……?」
「だから魔人族がどうこうって話だ。本当にあいつらがそんな考えを持っていて、その考えのもと今の魔王が人間を殺したんなら、おかしいだろ?」
「おかしいって何がーー」
「ーーあの子供は殺されていない、だろ?」
常盤の放ったこの言葉に、濱崎は言い淀んでしまう。その間にどんどんと言葉を紡いでいく。
「あいつはあの子供を殺さなかったんじゃない、殺せなかったんだと思う。だって明らかに躊躇してたしさ。それにあいつの言葉を借りるなら、俺たちはヴィクタさんの話しか聞いていない。あいつが何をされたのかを聞いていない」
「ぁ……それは……まぁ確かに。…………ごめんとわっち、うちが悪かった」
「あ、いや……別に反省して欲しかったんじゃないけど……」
申し訳なさそうに顔を沈める濱崎、そしてそれをどう宥めるべきかおぼついている常盤をよそに、相良はヴィクタに矛先を戻した。
「ヴィクタ、こんなのはほっといて次、人間側が何をしたのか教えろ。おれたちはほとんど何も知らん」
「あ、あぁ…………」
ヴィクタは突然顎に手を当て、何かを考え始めた。
「ん? どうした?」
「…………いや、前から疑問だったんだ。お前たちはほんとに何も知らないのか? 王女からは事の経緯を全て伝えたと聞いていたのだが……」
「……何?」
「うちら全然聞いてないよ」
「ぼくたちが教えてもらったのは、魔王が一方的に人間を殺して、世界を脅威に晒しているって……あと村を襲って人を……殺してる映像は見せられました」
「……それだけか?」
ヴィクタの疑問に全員が頷いた。そんな反応を見たヴィクタは眉間に皺を寄せ、頭を掻いた。
「あの性悪王女が……なるほど、どうりで最初から肯定的な反応が多かったわけだ。……私がこれから伝える事実、これを聞けば君たちは私に対し嫌悪感を覚えても仕方がない。それでも……聞くかい?」
優しく、そしてどこか顔を曇らせたようにヴィクタは尋ねる。
「(何をいてるんだろうな私は。こんなこと一刻も早く伝えるべきだろうに。……本当は知られたくないんだ、憎き魔人に対してとは言え、自身が行ったことに欠片も正義があるとは思っていない。それを話すことで彼らが離れていくのが……私は怖いんだろうな)」
そっと目を閉じ、顔を俯かせる。そして僅かながらの祈りとともに顔を上げた。結果は当然ーー皆は『聞く』という意思表示を示す。祈りなど届かない。
「……分かった。ではまずこの国と魔人族の関係についてから話そうか。この国ではーー」
こうして告げられた事実は、勇者たちにとって衝撃的なものであり、彼らは再び言葉を失った。
300年に渡る人間からの差別。そして嘘をつき当時の魔王、その妻を公開処刑にしたこと。魔人族の村を襲撃し、女子供関係なく殺したこと。そしてーーアミスの目の前で妻を処刑し、その後彼すらも処刑したこと。人間はそれを見せものとし嘲笑していたことを知った。
「ーーこれが、私を含めたこの国の人間の責だ。私に後悔はない。私は私の行いを過ちだとは思っていない。……だが」
「だが……なんすか?」
真鍋の相槌に、ヴィクタは少し魔を開けた後返答をする。
「だが……私は分からなくなってきたんだ、本当に魔人族と言う種族が悪かったのか、と。常盤の言った通りさ、あの子供を殺さなかったあいつの姿を見て、私はよく分からなくなったんだ。私に剣を握る資格があるのかが。なぁ……私は間違っているのか?」
自身の掌をじっと見つめ、過去自分が魔人に行った行為を思い出していた。そして情けなく頼りない目で勇者たちの方を向いた時、目の前には濱崎の姿があった。
「うちら実際に体験してないしさ、話聞いてだけじゃいまいちわかんないところもあるけど、これだけは言えるよーー間違ってる!」
「ーーッ! ……いや、そうだな。間違っているんだ。それが分かっているのに私はつい自分を肯定してくれる言葉を求めてしまう。……弱いな、私は。……私はーー」
その瞬間、ヴィクタの頬からけたたましい音が鳴り響く。その音の原因は、濱崎のビンタだった。
「…………え?」
あまりに突然のことに、叩かれたヴィクタでさえ頬を押さえながら呆然としていた。そんな彼女に対し、濱崎は襟元も掴みかかり、顔を近づけた。
「…………」
「ぁ……えっと……」
「ーー正直に言うわ。うちさっきの話聞いて、ちょっとヴィクタさんのこと嫌だなって思った」
それはそうだ。そんなことを考えながら、ヴィクタは彼女から顔を背ける。しかしそれを濱崎は許さない。無理やり顔を自身に向け、話を続ける。
「聞いて! ……うちは争いとかそんなのがない国から来たから、平和ボケ視点だと思う。だけど、ヴィクタさんのやったことに嫌だと思った感情は、間違ってないはずだよ」
「……だと思うよ。私の手は汚れてる。全てを失い、地面を殴り続けたあの日から、私の手は血で染まってる。後悔はない、だが……私はおそらくやり方を間違ってしまっている。先代魔王がやってきたあの日、あの日が、私が立ち止まれる最後の瞬間だったのだろうな」
「うん……殺されたから殺し返すなんて、そんなの誰も幸せになれないよ。ヴィクタさんは間違えた。話し合いとか確かめ合うとか、そんなの全部すっ飛ばしちゃったんだよ。でも、そんなヴィクタさんでも出来ることはまだあるでしょ?」
「出来る……こと?」
濱崎はヴィクタの顔から手を離し、襟元を掴んだ手を肩に置いた。
「ヴィクタさんが出来ること、それは助けることだよ! 殺すことじゃなくて助けること」
「殺すのではなく、助ける……だが、私のこの力は、この10年は殺すためにしかなかった。殺す以外の方法を私は……」
「殺さなきゃ、ダメな場合もあるんだと思う。本当はそれだってやだけどしょうがないんだと思うよ。だけどさ、あの魔王は違うんじゃん?だったらまずあいつを止めて、それで話し合おうよ! それが今出来ることだと思うな」
「私が出来ること……許されるのか? それで私はーー」
「ーー許されないよ」
残酷とも言えるほど、バッサリと切り捨てた彼女の言葉に動揺するが、真っ直ぐに見る彼女の目にヴィクタはその目を見つめ返す。
「許されないの。終わり良ければなんて状況にはもうなれない。だけどせめてね、最後が良くなるように頑張ろ! そのためにうちらも頑張るからさ!」
「ーーッ! ……最後が良くなるように頑張る……か」
「ーーそうそう、どっちにしろ魔王とめにゃならんのは同じなんだしよ!」
真鍋の放ったその言葉に追随するように、勇者たちは言葉を紡いだ。
「海の言う通りだな。おれたちは結局魔王倒さねえと帰れねえんだし」
「そうですねぇ〜(はぁまたこの空気ですか? めんどくさ)」
「楓の言う通りだね! あたしも頑張るよ!」
「ぼ、ぼくも……頑張ろうかな」
「殺すんじゃなく話し合うってことだよな? だったら俺も頑張るーーって、俺たちさっきから同調しかしてないな。リピーターかよ?」
「勇正、それは今更だ。とにかくおれもやってやる。帰らねばいけない理由があるんでね」
「みんな一緒に逝くぜわっしょ〜い!!」
「アレスん今『いく』の漢字間違えなかった?」
皆それぞれの理由はあれど、一貫しているのはヴィクタに協力すると言う点だ。
そんな彼らの様子に、ヴィクタは静かに微笑み、そして腰に提げた剣を地面に置き、深く頭を下げた。
「私は……皆に誇れるような人間ではない。目的もやり方も間違い続けている。こんな私だ。こんな私だが! …………私に力を貸してくれて、ありがとう!」
顔を上げたヴィクタは濱崎に抱きしめられ、その後手招きされた霞も一緒になって抱きつき、3人で笑い合った。
「(パパ……ママ……私……ちょっとは前に進めてるよね? みんなとなら大丈夫。もうすぐ、いい知らせを墓前に持っていくからね)」
それから数分後、ようやく落ち着いた彼ら。ヴィクタはいつもの凛々しい姿に戻り、彼らに指示を与えた。
「ーーでは、今日も特訓を始める! 今日はーー」
その時、唯一1人先程の流れに入っていなかった神囿が手を挙げた。
若干暗い雰囲気を醸し出している彼は、自身の中にあるヴィクタへの質問をぶつけた。
「いい雰囲気のところ悪いんだけどさ……みんな気になってない訳?」
「ん? 何をだよ?」
「ねぇヴィクタ……さん。さっきの過去話、1つ気になってるんだけど」
「なんだ? わかる範囲ならーー」
「じゃあその魔人って、なんで僕らと同じユニーク魔法使えんの? そもそも……勇者って何?」
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