連鎖する復讐の始まり

 時は遡り10年前。とある農村ーー


「ーーパパ! ママ! おはよう!」


 赤い髪の少女が満面の笑みで両親に挨拶をする。


「おおヴィクタ! おはよ〜う!」


「おはようヴィクタ。あ、ヴィクタ!確か10歳になったらパパママは辞めるって言ってなかったけ? その公約はどうなった〜?」


 父親は娘を抱きしめ、母親は若干後方に体を逸らしている娘にニヤニヤと笑顔を向けた。


「それは……そう!  10歳になったのはまだ昨日なので、1年間の特別期間が発生しているの! だからまだパパママでいいの〜!」


 妙な屁理屈をこねる娘の様子に、両親は顔を見合わせ笑いあった。幸せ、円満、まさにそのような言葉が似合う光景で、永遠に続くものだと誰もが思っていた。


 3人は着替え・食事を済ませ、仕事を始めた。お世辞にも裕福な村とは言えないこの場所では、子供も一緒に働かなくてはならない。そんな環境にあっても、村の者はヴィクタの両親同様、穏やかで優しい者達ばかりだった。


 そんな中ヴィクタは、昔から体が弱かったこともあり、家の中で編み物の仕事をしている。喘息持ちということは村の皆も理解しており、ヴィクタに仕事を強制させることはなかったが、彼女が自身の口から何かしたいと申し出たのだ。そこであまり体力を使わない編み物をさせようということになった。


 ヴィクタの父は畑仕事に出ており、母は収穫した作物の仕分けを妊婦の女性とともに行っていた。


「おっきくなったわね! もうすぐ?」


「うん……もうほんとそろそろだと思う。たまに中から蹴ってくるのよこの子! ……ヴィクタちゃんみたいに優しい子に育ってくれればいいんだけど」


「なるわよ、あなたの子ですもん。きっと優しくて元気な子が生まれるわ! ヴィクタも楽しみにしてるって。妹ができるみたいに思ってるのかもね!」


「ふふっ!  そうかもね!」


 そんな微笑ましい会話を、ヴィクタは口角を上げながら見つめていた。


「早く生まれないかなぁ〜! 男の子かなぁ女の子かなぁ? どっちだろぉ〜〜楽しーーん? あれって……?」



 彼女が見つめた先は上空。誰という言葉が出てくるはずのない場所だった。しかしそこには確かに人影が存在し、その影は勢いよく真下の地面へと落ちていった。


 衝撃音が鳴り響き、土煙が舞う。流石に気づいた村人達はその煙に近づいたり、家族で身を寄せ合うなどしている。ヴィクタの両親は彼女の待つ家へと走り、家の中へと入っていった。


「なんだ……?」


「なんか落ちてきたよな?」


「嫌だわ、怖い……」


 土煙に近づき、野次馬になりながら口々に不安そうな言葉を発している。そしてそんな土煙が晴れてきた時、1つの人影が現れた。その影は小さく言葉を呟く。


「ーーあ〜あ、着地失敗した……」


 その影を覆っていたものが完全に晴れ、その姿を現した。


 そこにいたのは銀髪の男。片膝をつきながら目にかからない程度の長さがある前髪をぼりぼりと掻いていた。そしてそんな男の足元にあったものを見て、野次馬達は一斉に逃げ出すことになる。


「ん? あの男何か踏んでないか?」 


「確かに……あの〜、何か踏んでーーえ?」


 その男の足元にあったもの、それは。つい先刻まで普通に生きいていたであろう人間が、頭を踏み潰されて絶命していた。


「ーーあ〜あ。人の上に落ちるつもりじゃなかったんだけど……ま、いっか。


 頭部を潰された人間、それに対して全く罪悪感も何も感じていない様子、そしてそんな男が言い放った『殺す』という重く現実味のある言葉を皮切りに、その場にいた者は一斉に散開していった。


「キャァァァァ!!!!」


「逃げろ! 殺される!!」


「いや……いやぁぁぁぁぁ!!!!」


 皆それぞれ断末魔を上げ、我先にと逃げ惑っていく。足がもつれうまく逃げられない者もいたが、誰も気づいていない。


 そんな醜さを露呈してでも逃げる彼らだが、この村に逃げ場など存在しない。なにせ唯一の出入り口の付近にあの男がいるのだから。


「ははっ、この光景見てたらちょっと晴れてきたきたよ! でもまだ足りないなぁ……よし、そろそろこ〜ろそっと!」


 男は手元に半透明で触手のようなものを作り出し、薄気味悪い笑顔を浮かべながらそれを村人達に放た。


「ば〜いば〜いーー血脈ノ風旋メテュス!」


 放たれた触手が村人達に迫っていく。1人、また1人と体、心臓、首、脳、あらゆる箇所を貫かれ、途端に命が潰えていく。先ほどまで走り回っていたとは思えないほど、ピクリとも動かない。


「……ねぇパパ、ママ、あれなーー」


「見るなっ!!」


「ーーっ!……はい」


 今まで聞いたこともない声と顔つきで父に怒鳴りつけられたヴィクタは、母親にしがみつきながら大人しくなった。


「……ごめんな。でもわかってくれ」


 走り逃げ惑う村人をあらかた殺し終えた男は、倒れ、ガタガタと震えながら座り込んでいる妊婦の前に立った。


「やぁ、こんにちは」


「ぁ……ぁの……やめて……ぅぁ……」


「ーーだ〜〜〜〜めっ!」


 男は一切の躊躇を見せることなく、妊婦の膨らんだお腹を踏み潰す。


「がぅはぁっ!!……やめて……赤ちゃん……もう……すぐ……なのに……!……やめーー」


「うん分かったじゃあやめるね」


 腹から足を退けた男は、その足を頭へと運びーー踏み砕いた。


「ーーあ」


 そんな光景を、窓越しに見てしまったヴィクタはただ一言のみを呟き硬直した。


 10歳ならば理解できる。今何が起きたのかを。元気に生まれて来るはずの妹のよう存在が死に、我が子だけでもと懇願した母はもはや誰であったか判別のつかないほどに砕かれた。


 外にいる者を皆殺しにし、満足そうに息を吐いた男。半透明な触手を消し、続いて手元に出したのはバチバチと音を立てる白い閃光。それを村全体に届くほどの長い鎖に変化、そしてそれを体ごと旋回させた。


「ーー危ないっ!」


 父親は咄嗟に妻と娘を地面に押し付け、自身の体で覆うようにして庇う。


 男の振り回す鎖は家屋を破壊し、建物を破壊し、村のあらゆるものを破壊した。しかも鎖の通った道筋は白い炎が装飾している。


 それにより家の中に避難していた者も瓦礫で潰され、それで死なずとも、燃え盛る炎に焼かれ悲鳴を上げた。


 自身の直線上にあったもの半径数十メートルを、平然と軽々しく破壊した男は、1軒ずつ破壊した家を周り、生き残っているものがいれば、白い炎や水、雷や風を放ち屠っていく。


 そして最後に選ばれたのはなんの因果か、ヴィクタの家であった。


 母親とヴィクタは少し切り傷や打撲などを負ってはいるものの、大した怪我ではない。それに対し父親はというと、2人を庇い瓦礫の雨をまともに背中で受けたことですでに満身創痍であった。


「あ、あなた!!」


「パパ! 血ぃ出てる!」


「ぅ……大丈夫さ、このくらい……かすり傷だ!」


 そう言って笑顔を作る父親は、満身創痍の体を引きずりながら男の前に立つ。


「おや、もしかしてボクと戦おうって腹づもり? やめときなって絶対無理だから!」


 ニコニコと笑いながら戦闘の無意味さを説く男。しかし父親はそれでもなお男の前に立ち続けた。


「……1つ聞きたい」


「いいよ、最後の1家族なんだ、特別に答えてあげるよ」


「じゃあ聞くがな……お前……なんのためにこんなことをした?一体俺たちが……何をーー」


「ーー八つ当たりかな」


「…………は?」


 男から発せられた答えに、父親はただただ困惑した。


 こんな惨劇を引き起こしたのだ、何か大きな理由が当然あるものだと思っていた。しかしなかったのだ。八つ当たりだと言われた。固まりもしよう。


「八つ当たり……? 何を言っているんだお前は?」


「実は今日ね、親子喧嘩をしてきたんだ。不意を突いて父さんの心臓をひと突き! ……ってやったのに何故か生き返ってさ、ムカつくだろ?殺したのに生き返るとかさ」


 親を殺したという話をなんの躊躇いも思いもなくペラペラと語りだす男。父親はただ黙って聞くしかなかった。


「しかも完全に殺せたと思って油断しちゃったんだよね、で反撃されて左半身無くなっちゃってさ。まぁその傷はもう治したんだけど。その場は逃げるしかなくって、イライラしてたところにこの村があったんだよね! だからここで解消させてもらおうかと」


「……何を……言っているんだ? そんなことのために俺たちは殺されるのか! …………もう十分晴れただろ? 頼む、妻と娘だけは見逃してくれ。……頼む!」


 届かないと分かっている懇願。しかし仮に0.001%でも望みがあるのなら、と藁にもすがる思いで父親は頼んだ。


「……あれ? 君の娘さん……へぇなるほどね。…………うん! 面白いこと思いついた!」


 そう言って男はヴィクタと母親に近づいていく。


「やめろ! 2人に何をする気ーー」


「ーーちょっと黙っててねぇ!」


 男は振り返りざまに、近づいてくる父親の両腕を吹き飛ばした。


「ぐっぅわっ!! ぁあぁ……!」


「あなた!」


「パパ! ーーパパにひどいことしないで!!」


 目に涙を浮かべながら男に近づいていくヴィクタ。母親が必死に止めるも泊まろうとしない。


「ヴィクタ! やめなさい! 遊びじゃ無いのよ!!」


「やっ! パパのこと傷つけたこと許さない!」


「威勢がいいねぇ! そうそうそれでこそだ!」


 男は母親の腕を掴み、父親の元に投げ飛ばした。


「ママ!」


 母親を投げ飛ばされ、泣きながら2人の元に向かおうとするヴィクタを、男は掴み、顔を近づけた。


「やぁ、未来ある女の子! ボクの名前はカウザ。魔人族さ! ボク実はね、昔から父にこうやって教わってきたんだ。人間は悪だ、人間はどんな殺し方をしてもいいんだ。ってね。それが魔人族の考え方なのさ。だから、ボクをこうやって突き動かしてしまっているのはねーー魔人族の血だよ!」


「え……何を言って……」


 その直後、男の姿はヴィクタの前から消失し、気づいた時にはーー父親と母親の腹を男の手が貫通していた。


「ーーこんなことをして心が痛まないのが、魔人族さ」


「パ……マ……ぁ……いやぁ…………いやぁぁぁぁあぁぁぁぁ!!!! パパーーーーー!!!! ママーーーー!!!!」


「ヴィ……泣か……で……」


「大丈……ヴィク……」


 2人とも目には光が灯っていない。しかしそんな状態であるにも関わらず、2人の目はしっかりと娘を捉えており、笑顔を向けていた。


「さて、じゃあそろそろ行こっかな。これだけ暴れたら王国騎士団が来ちゃいそうだし。彼ら相手だとボクでも殺されちゃうからなぁ〜。あ、両親はもらってくね! ちょっと使いたいんだ!」


 両親の体を貫通させたまま再び飛空し始めた男は、その状態で、手を振る別れのポーズをとった後、どこかへと飛び去っていった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 そしてそれから数十分後、ようやく村に騎士団が到着した。彼らはあまりの凄惨さにひどく動揺し、中には吐き出すものもいた。


 そして、騎士団の男が1人座り込んでいるヴィクタを発見する。


「お嬢ちゃん! よかった無事だったんだーーな……!」


 この男が発見した時、ヴィクタの目は大きく見開き、涙を流すこともなくただただ地面をじっと見ていた。そしてその地面を何度も何度も殴りつけていた。


 血が出ようが皮が剥けようが肉が剥き出ようがお構いなしに、というよりも、何も感じていないかのように強く、勢いよく殴りつけていた。凹んだ地面には地の池ができている。


「お、お嬢ちゃんやめなさい!」


「ーーしてやる」


「ーーえ?」


 ヴィクタは騎士団の男に腕を掴まれ、そしてわなわなと震えながら小さく、そして幼児おさなごとは思えないような低く、怒りのこもった声で呟いた。


「ーー殺してやる……わたしから全部奪ったあいつを……魔人族を殺してやる……やられたこと全部やり返して、大事なもの全部奪って……復讐してやる……!」


「ーーッ!…………お嬢ちゃん、騎士団に入りなさい。そこに入ればなんでも守れる力が身につく。私が……強くしてやろう! ーー騎士団団長メストだ。お嬢ちゃんは?」


「……ヴィクタ・ヴァイン……お願いします……わたしに……力をください」


 こうしてヴィクタは王宮で保護され、本人の希望通り騎士団に所属となった。この時王女から『無重の剣』を授かった。村に隠されていたらしい。


 この時の騎士団はヴィクタを除きもういない。全員魔人に殺されたと彼女は聞かされている。


 家族、村の者、騎士団の仲間、彼らの仇を討つため、彼女は10年、毎日剣を握り続けた。


 彼女の復讐は終わらない。アミスを殺し、真の仇であるカウザを殺すまでーー


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