血ぬれた少女
群がるゴブリンを討伐すべく縦横無尽に駆け回るヴィクタ。アレックスの全体を見通す魔法で勢力図を把握し、距離の近いところから順に向かっている。
「確か次は左だったな」
ヴィクタが左側からやって来たゴブリン達と遭遇する。よく見ると地面には穴が空いており、すでに数体アレックスが倒していたようだ。
「52体のうち残りはおよそ39といったところか……上等だ!」
彼女は走る勢いそのままゴブリンの群れに体を浮き運ばせる。そして剣を後方へと力強く引いたかと思えば、彼女の早すぎる斬撃が引いた剣に並ぶように残像を浮かべる。その数およそ30ほど。
「
そして手にしている剣を前方の敵に突くとほぼ同時に、並び立つ斬撃が次々とゴブリン達を貫いた。それはまるで斬撃の雨のようだ。
そして目の前にいた30体を一瞬で倒したヴィクタは、残りの9体に急接近し、体を旋回させながら1体1体切り裂いていく。まるで舞っていてるかのような流れるような動きは、ゴブリン達に切られるという恐怖すら与えることはなかった。
「はぁ、これでようやく半分程度……魔王と相対すまで体力が持つかどうか……いや、今は目の前のことに集中しろ!(流石にそろそろ皆の元にゴブリン達が到着してしまっているだろう、急がないとーー)」
急いで剣を納め中継地点である勇者達の元へ向かう。余裕で相手を屠っているヴィクタだが、その表情からは流石に疲労の色が見え始めた。彼女は騎士団に入りかなり改善はされたものの、持病として喘息を持っている。そもそも体力に自信がないのだ。
「はぁ……はぁ……こんなところで……止まれない!」
少しスピードの落ちた彼女は全速力で走り抜けた。
そしてその頃勇者達はーー
「ヴィクちんすげぇ!全部ぱぱっと丸ごと皆ゴロだ!」
「アレス言い方悪りぃな、皆ゴロて」
「ははハっ!メンゴカズ!じゃあ言い方を変こーー後ろから来たぜお主ら!」
アレックスのこの言葉に全員気を引き締める。後方の壁からガンガンと何度も叩きつける音がする。壁の中でその音が反響し、より一層恐怖心を駆り立てる。
特に戦闘経験のない濱崎は震える体を必死に押さえつけている。今自分が悲鳴を上げたところでどうしようもないことを理解しているからだ。
「さき、奥田!乗り越えられても俺らがなんとかするから気にすんなよ?」
「んま、そういうこった」
「……任せとけ」
淺岡、真鍋、そして相良の言葉を受け、ヴィクタにかけられた言葉を思い出す。
「……うん、お願い!」
「あの、任せます!」
2人の言葉とほぼ同時にうち砕かれる土の壁。ゴブリン達が叫び声を上げながら乗り込んできた。そして気合を入れ直すように先程の3人は返事を返した。
「「「ーー任せとけ!」」」
襲ってきたのは後ろ側から来た73体だ。しかし打ち破られた部分はさほど大きくもないため、一度に入ってくる数はおよそ5〜6体ずつだ。
「入ってくるのが少ないうちに倒すぞ!
紅き玉を敵の上空に放ち、そこから5つの雷が落雷する。その威力は地面に穴を開けるほどだ。
「おい相良、お前が仕切ってんじゃねぇよ!さっきはアレスがいたからいまいちだったが、今度こそよ!
前方の敵に地面すらも焼くほどの炎を広範囲に放ち、複数の敵を焼き払っていく。ーーが。
「ちょっとかずっち!そんな技壁の近くで使わないでよ!土は火に弱いって授業で習ったっしょ?!ああああ崩れてる!」
「ご、ごめん……(クッソ〜、どうも決まんねぇな)」
「んじゃ次は俺の番だな。(っつってもまだ戦ったことねぇんだよな。まぁ他のやつのを見る限り弱いんだろうが)」
真鍋は不安片手にゴブリンの群衆に突っ込んでいく。そして足元に水を纏い始めた。
「なっ、海!お前何突っ込んでーー」
「やっぱおれはぶっ放すより蹴る方が得意なんでな!」
近づいてくる真鍋に対し武器を振り下ろすゴブリン達。だがその攻撃を足元の水を使いながらすり抜け相手の背後をとった。
「潤滑ってのはこういうこったろ?んじゃ、これで終わりだぜ!
右足に溜めた水を刃のように形を変え、ボールを蹴るように複数体一斉に蹴り割いた。
「へっ、どうよ!」
その後も近づいてくるゴブリンに対し、手を地面につけて逆立ちし、今度は両足に刃を作り出し旋回しながら蹴り裂いた。
「どうだ勇、ゆあちゃん?すげぇだろ?」
「うん!みんなすごいよ!あたしもサポートしないとねーー
霞は緑の光を全員に纏わせ、魔法の威力増強を行う。
「こいつは……あぁ、あん時の強化魔法か!」
「助かるぜ委員長!」
「おいらもかけてもらったし、さらにガンガンやっちゃうぜHu!
上空に発生させた風を、自身のユニーク魔法で発見した敵に向かい追尾して放つ技。この技一つで先程の3人より多くのゴブリンを倒している。
「一掃Hu!」
「……もう全部あいつ1人でいいんじゃないかな」
「おい海、悲しくなること言うんじゃねぇよ……でもまじでそうかもな」
「ぐちぐち言う暇あったらさっさと倒すぞ!まだ30体は残ってんだ!」
文句を言いながらも確実にその数を減らしていく彼らの近くで、顔を沈ませ拳を握っている青年が1人ーー
「(海斗やみんなが頑張ってくれているのに、なんで俺は見てることしかできない?なんで闇属性の魔法を使いこなせていない?霞だって使えているんだ、難しいなんて言い訳にならない。俺も役に立ちたい、だけど今ここでできることが俺にはーー)……くそ……!」
誰にも聞こえない声量で自分の無力さを嘆く常盤。あえて何もしていない永守を除けば、ただ1人戦闘において役に立てていない。事実上いないものと同じだ。霞、真鍋の味方でありたいと願う常盤にとって、彼らに置いていかれるという事実は筆舌に尽くし難いものであった。
そして後方から襲いかかってきたゴブリンたちを全て制した時、ヴィクタが息を切らしながら戻ってきた。
「はぁ……はぁ……大丈夫か……あ、壁が……!」
打ち破られている壁を見て負傷者がいないか見渡すヴィクタだが、誰1人怪我を負っていないことを確認すると安堵の表情を浮かべた。
「はぁ、よかった……」
「おっ、ヴィクちん!おっかえり!あとは前方だけだぜ!」
「そうか……前方には襲われたと思しき人里がある。私はゴブリンを倒しながらそこに向かうが、みんなはどうしたい?危険な場所であることは確かだが魔王の凄惨さを理解できる場所でもある。できればお前達にもついてきてもらいたい」
何度も息を吐くヴィクタを見て、困惑と心配の色を見せる濱崎。
「ね、ねぇヴィクタさん。めっちゃ疲れてそうだけど大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。まだ戦う力は残っているし、魔王にだって負けることはないさ」
「いや……そう言うことじゃなくて、単純に体大丈夫って意味だったんだけど……」
「ああ、そっちも大丈夫、ありがとう。だいぶ呼吸も整ってきたしね、問題ないよ」
微笑みながら答えるヴィクタに何も言い返せなくなる濱崎。ヴィクタはそれを納得と受けとり、話を続けた。
「さっきも言ったがこれから向かうのは危険な場所だ。もしかすると魔王がまだいるかもしれない。それでもついて来れると言う者だけきてくれ。無理強いはしない」
その言葉にお互い顔を見合わせる彼らだが、さも当然のように答えた。
「あのさ、こんなところで戦ってる時点である程度の覚悟は出来てるんですよ」
「そうそう、危険って今更だよな」
「まぁ、そう言うことですね。行きますよ、ヴィクタさん!」
「オフコースだぜHu!」
少し呆然としたヴィクタだが、少し失笑した後凛と指示を出した。
「……よし、ではこれからゴブリンと討伐しつつ人里へと向かう!付いてきなさい!」
こうして彼らは魔王アミスのいる 人里へと足を運んだ。
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「ーー何なんだこの炎は?白い炎なんて見たことがない」
ヴィクタたちが向かっている人里にて徘徊をしているアミス。自身が襲う予定だった村が何者かにすでに崩壊させられている事実に驚きを隠せない様子だ。
「白い炎ということは確実に魔法だ。こんな村に魔法を使えるものがいるとは思えない……だとすれば誰が?王国騎士団か?……いや、あいつらはこういうことはしないはずだ……クソっ!なんだこの不快な気持ちは」
意味のわからなさ、そして自身の体験を思い出し、苛立ちから頭を掻きむしった。
歩きながら辺りを見渡す。老若男女、そして家畜に至るまで全ての生命が血を流し、白い炎に包まれていた。生きているものは誰1人としてーー
「ーーお兄ちゃん、だぁれ?」
「ーー!」
背後から突然放たれた言葉にアミスはすぐさま距離を取る。
「な、なんだ……なんの気配もなく背後をとるなん……て......?」
アミスの背後をとり、あまつさえ話かけたその声の正体は、肩ほどまでに伸びた金色の髪に同じく金の瞳、そして血に濡れた白い服を着た幼い少女だった。その姿があまりにも、妻ミゼルに重なってしまう。
「……ミゼル……!……?」
聞き馴染みのない単語に首を傾げ、その少女は再びアミスに問いかけた。
「お兄ちゃん、だぁれ?」
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