交わした約束のために

 真白な炎に包まれた村でアミスに語りかける1人の少女。血ぬれた金の髪とほとんど元の色が見えないほど薄汚れた白い服が、今は亡き妻の姿を想起させた。


「ミゼル……?(……何を言っているんだオレは?ミゼルは死んだ、もういない。この少女は人間で、ミゼルとはなんの接点もない子供だ。殺せ……前の村でもそうしただろ?今更迷うな)」


 アミスは右手に炎を灯す。数日前に村を焼き尽くした時と同じ黒い炎だ。そしてその手を少女に向けた時ーー


「ーーお兄ちゃんの火、なんだか悲しそうだね?どうしたの?」


「ーーッ!……お前、怖く、ないのか?こんなドス黒く薄汚い炎を向けられて、これに触れたら死ぬんだぞ?」


 不思議でしょうがなかった。目の前の少女はなぜ、こんな状況で平然としているのか??少女はなぜ、村の皆が殺されているのにこれほどまで穏やかなのだろうか?少女はなぜ、こんな自分を心配するのだろうか?


「……その火……黒いの?」


「なっ……!まさかお前、目が……いやであればどうやってオレに近づいてーーまさか……『鑑定ドクトゥス』」


 ーー鑑定ドクトゥス。これは魔人族の町長が持っていたユニーク魔法。この魔法を使うことで対象がどんな属性、ユニーク魔法を持っているのかがわかる。これを自身に使うことでアミスは死んだ魔人族全ての魔法を使うことができるのだ。そしてそれを目の前の少女に対し発動した。


「……光属性魔法、か。能力は……強感覚。感覚がとても鋭くなる魔法……それをこんな幼児おさなごが使えるというのか?いや、無意識か……?いずれにせよ……殺さないと……」


 黒く燃える手を再び近づけるアミス。この復讐心がもはや義務感になっていることに、彼は気づけていない。


「色々聞きたいこともあるが、どれもこれも、知らなくとも困りはしないことだ。……死んでくれ。恨むんなら、人間と……オレを恨むんだな!」


 勢いよく振り上げられる手。その手が少女の体を突き刺さんと振り下ろされる直前ーー少女はアミスの体に抱きついた。


「……お前、何を……?感覚が鋭いならわかるだろ、オレは今お前を殺そうとーー」


「パパとママがね、私が泣いてると、こうやってぎゅ〜ってやってくれるの!私の体を飲み込んじゃうみたいにぎゅ〜って。お兄ちゃんが来る前にもやってくれたんだよ!それで私の耳の近くでーー『大丈夫、あなたは私たちが守るから……!ーー大好きよ!』ーーって。だから私、今大丈夫なんだよ!」


「ーーッ!」


 アミスの心がズキズキと締め付けられた。妻と似た容姿、そして両親がかけた大好きという言葉。幼い容姿は以前パンを与えた子供達を思い出させる。妻が自分に残した最後の言葉『愛してる』。あの言葉をもらった自分は、その言葉をかけてくれた最愛の者は今の自分を見てなんというのだろうか?


『ーー最低』『ーー失望した』『ーー二度と私の名を呼ばないでくれ』こんなところだろうか?


 そして何よりアミスの心を抉ったのは、この少女の両親を殺し、村を襲ったのが自分ではないことに安心してしまったことだ。自分の罪を、過ちを、いともたやすく忘れてしまったことに、そんな自分に、激しい嫌悪感と苛立ちを覚えた。


「ーーやめてくれ……オレには、こんなことをしてもらう資格はないんだ!こんなオレが……許されていいはずがないんだ。……だから…………やめてくれ」


 そう言って静かに少女を離し、そして踵を翻した。


「どこ行くのお兄ちゃん?この村に用事あったんじゃないの?」


「あったさ。だけど……分からなくなった」


 静かにふらつきながら歩くアミス。その姿は魔法のない普通の少女から見ても弱々しく見えただろう。


「お兄ちゃん……パパ、ママ、私なにしたらいい?約束守るには、どうしたらいい?お兄ちゃんに……何したらいい?」


 少女の約束、それは自信の両親とのものだ。


 少女は昔から無意識的に魔法が使えた。しかしその代わりに奪われたのだろうか?生まれつき目が悪かった。歳を重ねるごとに年々悪くなり、3歳を迎える頃には全く見えなくなっていた。


 心労が絶えない夫婦。それでも育て続けて来れたのは、彼女の成長を肌で感じたこと、そして何より村の皆が団結して子育に協力してくれたことが理由だ。


 このことから両親は子供に「困っている人を見つけたら、助けてあげられる人になりなさい。悲しんでいる人がいたら、支えておげられる人になりなさい」と言い聞かせた。そんな教育方針が功を奏したのか、少女はとても心の優しい子に成長した。それこそ、自身に炎を向けた相手までも心配するほどに。


「私がお兄ちゃんにしてあげれること……言ってあげれること……あっ、」


 その時少女は思い出した。アミスがこの村に入った時、辺りを見渡しながら言っていた疑問の言葉を。


「ーーお兄ちゃんの前に来た人、お兄ちゃんとおんなじ匂いがした」


「ーーえっ?」


 その言葉に、逃げるように進んでいたアミスの足が止まり少女の方へと振り向いた。


「似てるって……そいつも悲しそうだったのか?」


「ううん、そういう匂いじゃないよ。なんか、おんなじ人みたいな匂いだった。だけどお兄ちゃんのは悲しそうで、その人のはーー楽しそうだった」


 その時アミスは、自身と妻の処刑で盛り上がっていた民衆達を思い出した。


「……なるほどな、なくはない話だ……(だが、同じ人のような匂い?一体どういうーー)」


「そうだあとねあとね!その人、私を見ながらこう言ったの。『ーー面白いねキミ、その年で魔法を使うだなんて。……うん、こうしよう!ボクはキミを見逃す。そして次に来る人を頼ってね!それと、ボクとボクのやったことを忘れないでほしいなぁ。そしていつか……ボクを殺しにきてよ!ってことで、じゃあねっ!……あ、そういえば言ってなかったね。ボクの名はーー』ボクの名は、ーーカウザだよ!って」


 ーーカウザ。その名に聞き覚えがあった。思い出そうとするよりも先に脳内にその時の映像が流れる。なにせその名を聞いたのは妻と自分の命を奪ったあの場所なのだから。


「カウザ……あの赤髪の騎士が言っていた魔人……まさか、本当にいたのか。しかしそいつがなぜ村を……そしてこの子を残してーーッ!」


 その瞬間、アミスのもつユニーク魔法、尋ね伺うクォ・ヴァディスが発動する。これは自分に対し悪意を持った相手に反応する魔法。その魔法が、急速に近づく反応をキャチする。


「これは……ッ!君早く後ろに下がってーーあっ、……クッ!下がってろ!邪魔だ!」


「え、う、うん」


 アミスは少女を後方へとやり、そして自身の親指を心臓の位置に当て、母の魔法を発動する。


寄せ付けぬ城壁モエニア!」


 近づいてきたのは人、ではなく光の斬撃だった。空気が音を立てるほどのスピードで接近する一閃。だが、アミスの発動した魔法がその斬撃を空中へと吹き飛ばし、不発とした。


「この……一閃は……やはりお前か」


「ーーこの村を襲ったのは貴様か?そこにいるいたいけな少女が血で濡れているのは、貴様のせいか?」


 怒りに満ち満ちた言葉を放ち現れたのは、すでに剣を抜いている赤髪の騎士、ヴィクタだ。


「……さぁ、だったらなんだ?」


「……その少女を、どうするつもりだ?1人残して、復讐の道にでも進ませるのか?」


「(なんだその発想は?しかしなぜだ?彼女の言葉には……重みがある)」


 ヴィクタは剣を構え、眉間に皺を寄せ剣を強く握った。


「やはり魔人は魔人、どいつもこいつも変わりはしない。本質がそんな風に薄汚いのだ。私が殺す……貴様も、カウザも……早くその子をこちらに渡せ。そうすればーー苦しんで殺す程度にしてやるから……!」


 さらに体勢をかがめ、視界に魔王のみを捉える。そしてーー


「苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんでっ!そしてそのままーー苦死んで消えろ」


 そして彼女は突風吹き荒れるほどのスピードでアミスに近づき、剣を振り下ろしたーー









































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