キミをさらなる高みへ
魔王の気配を感じ取ったヴィクタは、剣を握り歯を食いしばり、怒りに震えていた。
「ヴィ、ヴィクタさん……芽衣達どうすれば……」
「……ひとまずお前達は皆の元へ戻れ。あそこならモンスターも襲ってーー」
言い終わりかけたヴィクタに、真鍋は口を挟んだ。
「あのさぁ……そのことなんだけど、色々遅いと思うぜ。特にヴィクタさん、あんたこぼしちまってるし」
「こぼす……?一体何をーーあっ、ゴブリンを呼ぶ液体が……割ってしまっていたのか……!しかも大量に……これでは入り口にいる皆すら危ない」
襲われた人里、常盤達、そして自身がこぼしてしまった液体のシミを焦った表情で見渡すヴィクタ。今ここで何かを選択することでいずれかは間に合わない可能性がある。ヴィクタはまずゴブリンを呼ぶ匂いを封じるためその箇所に深く穴を開け、土をかぶせた。
「これで追加のゴブリンは来ないだろうが……クソ……魔王が近くにいるというのに……だがあいつらを放ってはーー」
その時、森の入り口方向から複数の声が聞こえた。
「ーーおーい!ヴィクタさーん!」
「スッゲェ爆発ドカンドカン言ってたぜ!Hu!」
「ねぇ、さっきの何ーーってヴィクタさん手怪我してるじゃん!どうしたの?」
その声は今まさに悩みの種であった常盤達勇者達だった。
「お前達……どうしてここに……いや、今はこの方が都合がいいな。時間がないから端的に説明する」
こうしてヴィクタは彼らに事情を説明した。その衝撃的な事実と現実に驚愕の声すら上がらない面々。
「そんな……人里に魔王が……しかもここにもゴブリンが大量にくるなんて」
「すまない、後者は私の責任だ。(どうする?皆の協力を仰ぐのもいいが一体どれほどの数が攻めてくるのかわからない。だが一刻も早く向かわねば魔王がーーそういえば)……アレックス、お前のユニーク魔法は敵の数を把握できるんだな?」
「恐らくやけどね。因みにロックオン!もできるでぇ」
ヴィクタは切羽詰まった表情でアレックスの肩を掴みかかった。
「だったら頼む!敵を捕捉し私に伝えてくれ!できれば全体的な数だけではなく方角ごとの数も頼む!」
「……アレスにお任せ!早速見つけちゃうぞ〜!」
アレックスはこの場には似つかわしくないほどにニコニコと笑い、両手を広げて集中を始める。
「よし、これから私はゴブリン共を殲滅する。お前達は近づいてきた個体を迎撃してくれ!」
すでに戦闘を経験している者はすぐさま頷き、それ以外の者はそんな彼らの様子を見て頷いた。
「ヴィクちん!いっぱい来たよ!右から40、左から52、前から36、後ろから73だぜ!」
「全部で201か……どこが一番近い?」
「う〜ん……右や!」
そう言ってアレックスは自身の右側を指差した。
「今の言い方的にそこまで差はないんだな……よし、アレックスできるだけ多くの敵をロックオンして倒してくれ!そして濱崎に奥田は私が向かう方角以外を土の壁で塞いでくれ!それ以外のものは防ぎきれなかった個体の討伐を頼む!」
一瞬で皆に今できる的確な指示を送るヴィクタ。しかし壁担当の2人は不安そうな表情で顔を見合わせている。
「……ヴィクタさん、うちらそんなことできんのかな?生き物が乗り込んでこないくらいの大きな壁なんて作ったことないし……もしこれで失敗したらみんなにーー」
「……(不安そうな顔をしている。無理もない、まだなんの戦いも知らないんだから。……私が焦ってどうする?私がどっしりと構え皆を安心させてやらねばいけないだろうが!そうでなければ、なんのための教育係だ)」
今にも泣き出しそうな濱崎。奥田も涙こそ浮かべてはいないが体を震わせている。そんな2人を、ヴィクタは自身の体に抱き寄せ耳元でこう告げた。
「お前達は強い、この数日で目を見張る成長を遂げた。2人の成長も、努力も、私が一番よく知っている。大丈夫だ、私は2人のことを一切心配していない、それくらい信頼しているんだ!それに、乗り越えられても心配するな。お前達には仲間がいる。あいつらに任せれば大丈夫さ!……これでも、不安か?」
2人に問いかけるその瞳は真っ直ぐで、その表情には一切の不安が感じられない。
「……ううん、大丈夫。……うちらも頑張るから、頑張って」
「あの……頑張ってください」
「ああ、皆を……任せたぞ!」
そう言ってヴィクタは剣を握り重心を低く取った。そして鞘からわずかに刀身を覗かせたその瞬間ーー
周囲に巻き起こった突風と共にヴィクタの姿が目の前から姿を消した。
「のわっ!……すげぇ、もういねぇ」
「さすが王国最強だね」
「ほらとっしー、うちらは早く壁作るよ!」
「う、うん!」
2人は地面に意識を集中させる。だんだんと地面が盛り上がり、大きな壁へと変わっていく。
「とっしー頑張るよ!うちらは出来る!出来る!」
「うん……出来るよ!」
今までで一番の魔力を込め、地面を動かす。1M、1・5M、2Mーーそして最後には3Mもの巨大な壁が作り出された。ヴィクタの向かった右側を除いて完全に密閉されている。
「……やったね、とっしー」
「……はい」
2人とも額に汗を垂らし息を上げている。しかしやり切ったという達成感から座り込みながら笑いあった。
「……はぁ、みんな……あとはお願いね」
その頃ヴィクタはーー目にも止まらぬスピードで木々の間隙を通り抜け、そしてゴブリンの集団を発見する。
「ーー見つけた。悪いがゴブリン共、時間がないんだ……手早く斬らせてもらおう!ーー
ヴィクタはその勢いのまま敵の群衆を突破し、その通りにいた17体をたった一振りにしか見えない速度で切り裂いた。そして勢いを止めることなく方向を転換し、光を纏った剣を横一閃薙払う。さらに10体を倒し、残りの13体をまるで糸を縫うように通り過ぎ、剣を納刀した。
「
納刀と同時に地面へと首を落とすゴブリン達。あまりの速さに地面に落ち仲間の首を見るまで自身が切られたことすら気づいていなかった。発見し倒し切るまでにかかった時間は、僅か1分。
「よし、次だ」
そしてヴィクタは次の場所を尋ねるため、大急ぎで元の場所へと向かうのだった。
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そしてここは森入り口。つい先ほどまで常盤達が待機していた場所だ。そしてここには悪感情を募らせ彼らと共に行動することを拒否して離れていたことで、1人取り残されていた神囿の姿。そしてその周りには赤ん坊からミイラ化したものまで様々なゴブリンが血を流し倒れていた。
時間が経つごとに1体、また1体と消滅していくゴブリン達。そしてそこには歯をがたつかせ涙を浮かべながら見ている神囿の姿があった。
「な……なんだよ……なんだよこれ?ぼ、僕を……殺しに来たのか……?!」
震える彼の前には、口元に手を当て、しきりに頷く男の姿。その男の体には大量の返り血がついている。
「なるほどなるほど……同じ傷でも年齢によって消滅の速さは違うようだね……ふふっ、興味深いーーおっと、ごめんね、完全に忘れてたよ。キミを
そう言った男は白髪の髪を真っ赤に染め上げるほどの返り血を携え神囿の方へと歩いていった。
「ヒィ!やめて……殺さないで!」
「ははっ、殺さないさ。言っただろ?キミを助けるために殺したって。ボクはね、キミが気になるのさ!キミの携えるその悪感情がね……!いやだろ?腹が立つだろ?自分が一番だと思っていたのにどんどん抜かされていくなんて耐えられねいよねぇ?」
「な、なんで……そんなことお前が……!」
「分かるさ、キミのその顔を見ていればね。ねぇ、ボクに身を預けてみないかい?そうすれば必ず、キミは最強になれるさ!誰も寄せ付けない、この世の頂点にキミはなれる!何せ勇者なんだからね」
その言葉を受け疑問と同時にそれに引けを取らないほどの興味と関心を抱く神囿。
「僕が……最強に……瀬川や、ヴィクタなんかも倒せるのか?」
「当然さ、だってキミは、選ばれてるんだから!……ボクの手を取ってくれ、そうすればボクはキミにーーユニーク魔法の使い方を教えようじゃないか」
「本当に……僕は……選ばれた存在……!」
差し出された手に、弱さを受け入れることができなかった手が重なった。
「ありがとう、これでキミは……さらなる高みへ登るだろう!(さて、どうやって遊ぼうかな?)」
そしてちょうどその頃爆発が起こった人里ではーー
「……なんだ?なんで…………もう襲撃を受けている?」
白い火の手が上がり、悲鳴の上がらない村を見る1人の魔人。この村を襲撃するつもりで降り立ったアミスは、驚愕と同様を隠せずにいた。
そんなアミスを見つめる1つの視線に、アミスは気付くことはできない。
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