悪感情
「ーーでヴィクタ、この辺でいいのか?」
「ああ、そしてここにこの液を垂らせばゴブリンがやってくる」
そう言ってヴィクタが取り出したのは一本の瓶。その中には紫色の液体が入っている。
「なんだその液体?怪しさしか感じねぇが」
相良のこの質問に、彼女は蓋を開けながら説明を続けた。
「ゴブリンというのは鼻の効くモンスターでな、特に奴らが好む餌の匂いには過敏だ。因みにこれは村の家畜の血さ。ゴブリンは家畜を食らうため人里に降りてきたりもするからな。そしてそんな薬をーー」
ヴィクタは蓋の空いた瓶を少し傾け、中の液体を数滴地面に垂らした。
「えっとヴィクタさん……それは一体……?」
「神囿、相良、気を引き締めろ。もうすぐここにゴブリンがやってくるからね、私が終了するまで際限なく現れるから気をつけたまえ。ではーー」
そう言ってヴィクタは2人をその場に残し何処か見えない場所まで消えていった。
「……まだか?」
「そ、そうだね(くっそ〜早くこいよ!僕を早く活躍させてくれ!)」
そんな思いが届いたのか、奥でガサゴソと複数の何かが近づいてくる音がした。
「来たか……おいオタク!」
「は、はいなんでしょう?」
「……用意しとけ」
そう言って相良は手に紅色の雷を帯電させた。それに追随して神囿も蒼色の雷を手に纏った。
そしてーー
肌が緑色の棍棒を持った生き物が一斉に襲い掛かる。数はおおよそ20匹。奥にはまだまだ待機している。
「ほう、こいつらがゴブリン……遅せぇよーー」
相良は飛び出してきた一体に雷を放ち、そしてその雷をたった今貫いた敵から中心に蜘蛛の糸を張り巡らすように伝播させた。
「消えろーー
紅く輝く閃光が相良の目の前に飛び出した敵を一掃する。一体一体は弱いこともあり、一瞬で霧散する。
「……やれやれ、面倒だがやるしかない!下級魔法ーー
指先に雷を集中させ、銃のように構え撃ち放った。下級魔法といいつつ相当な威力だ。
「ふっ、ほんの小手調べだったんだがな。この程度なら何匹でもーー」
その瞬間、神囿の背後でけたたましい音を放ちながら魔法が通り過ぎた。
「……えっ?」
振り返ると、そこにはもうほとんど霧散しているゴブリンの姿があった。もし魔法を放ってもらえていなければ死んでいたかもしれない。
「おいぼさっとすんな!数だけは多いんだから気ぃ抜くんじゃねぇよ!」
「あ……すいません(……くそ……なんで僕はあんなやつに助けられてんだ?この世界なら僕の方がすごいんだ!すごいはずなんだ!なのに……)ーーちくしょー!!
両手を手に纏った雷ごと掲げ、それを勢いよく振り下ろすことで自身の周囲を囲むように円形の雷が敵を殲滅する。
そしてその後も襲いかかるゴブリン達を次々と霧散させていく2人。30分ほどが過ぎ2人に疲労が見え始めた頃、ヴィクタが現れ戦いの渦中に飛び込んだ。
「よし、では今来ている奴らを倒せば終了とする。もう一踏ん張りだ、頑張れ!」
そう言って最初に液を垂らした場所を土で埋め、匂いを遮断する。
「これで新しく釣られる奴らはいなくなる。では、後少し頑張れ!」
そして彼女は再び2人の視界から姿を消した。
「これで最後……っつってもまだ50体くらいいんだろこれ?」
「最後は派手に大技で決めてやろう……荒ぶる災害穿つは大地 起きし悪魔の囁きに 耳を塞ぐは万死の因果!滲み出すその感情のーー」
「さっさと撃てアホ!また襲われんだろ!」
「え、あ……これは詠唱って言って……まぁ仕方ない、詠唱破棄でいいか」
神囿は前方の敵に向かい手をかざし、雷で大きな魔法陣を構築する。そして雷を纏った両手を大きく後方に引き、その魔法陣に向かい叩きつけた。
「
叩きつけられた魔法陣から高威力にして広範囲の稲妻が放たれる。その一撃は目の前にいたゴブリン達を一掃し、その直線状にあった木々は焼け焦げ灰塵となっていた。
「まぁ、ちょっと本気を出せばこんなものさ(どうだこの威力!流石のこいつだって僕を尊敬してーー)」
神囿は振り返ると、驚愕で心の声すら途絶えた。
相良の手を巨大化させたような紅く大きな手が、目の前にいるゴブリン、そして木々すらも飲み込みながら掌同士を重ね合わせる。そしてゴブリン達が叫びをあげながら直線状に並んだ瞬間ーー
「(雷の能力は貫通。だったらこの一撃で終わんだろ?)ーー
紅く光を放つ雷の槍を作り出し、直線に並ぶゴブリン達目がけ投擲する。そして1匹目を貫くとほぼ同時に2匹目、3匹目と貫通していく。その速度は減速の兆しを感じさせない。そして相良側にいたおよそ25体を一本の槍で貫き、そしてその全てが一瞬で霧散した。
「……ふぅ、取り敢えず及第点ってとこだな。だがまだまだ威力を上げねぇと、魔王には通じねぇ」
魔法を解除した相良は眉間にシワを寄せ、何かを誓うように拳を握った。
「(……なんだよ今の……すげぇ……!あいつ素が強いだけじゃなくて魔法の腕も立つのかよ。僕の……アイデンティティが……)」
神囿は誰にも見られぬよう、真下を向きながら歯軋りをした。
こうしてゴブリンを計100体ほど倒した彼らは、ヴィクタとともに皆が待っている森入り口に帰ってきた。
「お疲れっす!ゴブリンどうだった?」
「ん?ああ真鍋か。そうだな……一体一体は大したことないさ。魔法が当たりさえすりゃ倒せる。だが問題は数だな、際限なく来やがるから休憩の時間もねぇ」
「うわぁそりゃキツそうだな……神囿はどうだった?お前いつもーー」
「どうだっていいだろ。……疲れたんだ、1人にしてくれ」
そう言って真鍋を払い、奥で座り込む神囿。そんな彼が浮かべる表情は苛立ちと悲しみが混在している。
「……相良、あいつなんかあった?」
「いや分からん。少し前までうざいくらいテンション高かったんだがな」
神囿は座りながら頭を抱え、小刻みに震えていた。
「(なんで僕は特別じゃないんだ……力はない、属性も普通、誰にも慕われてない、魔法の腕もあの不良と変わらない……いや、もしかしたら越えられてるのかもしれない。誇れるものは精精、異世界に関する知識が少し多い程度だ……ユニーク魔法だって発現できてないし、もしかしたらとんでもなく弱い魔法かもしれない……だったら目も当てられないじゃないか!……なんで僕は……この世界でも主人公になれないんだ!!)」
募り募っていく悪感情、そんな彼がいる森の方角を王都で見つめる1人の男ーー
「ーーははっ!すごい悪感情だな。あんなドロドロしてる奴が勇者……ねぇ。……はっ!面白い掘り出しもん手に入れたねぇーーイルメール。あれ、貸してくれない?面白いこと考えたんだけど……!」
その男の話を聞き、思わず口元を緩める金髪の少女。
「あらいけない、はしたないわね。……それ、とてもいいわね!流石は私が見込んだ男!ーーいいよ、あの玩具、貸してあげる。ただし、
「ああ、わかってるよ。それじゃ、行ってくる」
そう告げると、男はなんの前触れもなく姿を消した。
「ふふっ……一体彼らは、どんな反応を示してくれるのかしら……!」
キラキラと輝く手を口元に運び、彼女は笑みを浮かべた。
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