魔王と人間

期待の歓声

 ゴブリン討伐へと向かうことになった勇者たちは、この日初めて王宮から外に出た。


「うわ〜城の外ってこうなってたんだ!うちら出たことなかったから知らんかったわ」


 濱崎の言葉に皆は頷いたり返答したりと、同意の色を示した。


 出店が立ち並び、一見活気が溢れている。だがヴィクタ曰くそれでも大分落ち着いているようだ。いつ魔王が攻めてくるのかわからない、だが店は開かなくては生活できない。彼らにも責任の一端があることを知らない勇者たちは、さらに一層魔王への不快感を募らせる。


「あ、ヴィクタさん!どうですお一つーーおや?そちらの子供たちは?」


 出店の店主は疑問の表情を彼らに向ける。どうやら一般市民達には勇者を喚んだことを知らしていない様だ。


「あぁ、彼らは魔王を倒すためにこの世界に喚ばれた異界の勇者達だ」


「えっ!魔王を倒す!?」


 その言葉を受け、次々に出てきた町の者達。その全員が期待と希望を前面に出した表情をしていた。その期待は伝播していき、そして大した間も無く歓声が起こった。


「おお〜〜!!彼らが魔王を倒してくれるのか?!」


「でもまだ子供だぞ?」


「ヴィクタさんが言っているんだ、間違いないさ!」


「やったー!これで恐怖しなくて済むんだ!」


「もしかしてこれからですか?」


 次々と質問攻めされることに慣れていない彼らは困惑をする。


「えっと……みなさん落ち着いて!」


「人気者ピーポーフォー!!」


「んだよこいつら!鬱陶しいなぁ」


「サッカーの試合でもこんな熱気ねぇよ」


「ははっ、マジですげぇ」


「みなさんありがとうございま〜す!(ああもううざっったいなぁ)」


「ほんと……凄いね」


「おお!これだよこれ!僕はこれが欲しかったんだ!」


 勇者皆が困惑や興奮しているなか、常盤は1つの頭には疑念が湧いた。


「あれ?ヴィクタさん、世界に危機があった時異世界からの勇者が来るって昔から伝わってるんじゃなかったんですか?それにしてはこの人たち初めて見た様な反応ですけど」


 勇者達はこの世界に来た時、王女から受けた説明にそう言った伝承があると聞いていた。しかし町民の反応は初めて知った様な者だった。


「ん?ああ、その伝承は王族にのみ伝わっているものなんだ。つまり王都の民は勇者の存在を知らないんだ。かく言う私も当日初めて聞いたくらいだ」


「(へぇ、そんな極秘の伝承なのか?でも王女は「この国で」って言ってたと思うんだが……)」


 疑念を抱いたままだが取り敢えずの納得をする常盤。そして歓声をなおも巻き起こす町民達をヴィクタはなんとか宥め、ようやく先に進むこととなった。


 先に進む間も背後では期待を多分に含んだ声援と手振りをしている。


「いや〜、凄かったねぇ。あんなに期待されたら頑張ろって思えるよ。ねぇ勇正君?」


「まぁそうだな。……でもなんで魔王はあの人達を殺そうとしてるんだろうな?何か理由でもーー」


「ーーそんなものはないよ」


 常盤の疑問にヴィクタが静かに答えた。その表情には一切の笑みはなく、ただただ冷たかった。


「えっ……いやでもそんなことをするのにはそれなりに理由があるもんでしょう?」


「無いさ。奴は魔人族だ。あれほど残虐な種族が人間の脅威になるのに理由なんていらないよ。お前達は知らないだろうが、昔からこの世界では魔人族は忌み嫌われている。あえて理由を挙げるとすればそのくらいだろ。それだって奴らの自業自得だ」


 そう語ったヴィクタの目は話を続けるほどに苛立ちと不快感が増していく。いつしか右手は腰の剣に触れていた。


「ヴィ、ヴィクタさん?」


「ーーあ……すまない。怖がらせてしまったな。……すまない」


 ヴィクタは剣から手を離し頭を下げた。


「何があったかは……聞かない方がいいですよね?」


「……いや、今回の討伐が終わったら話すよ。その方が君たちの魔王討伐の意欲が上がるかもしれないしね」


 そう言って微笑を浮かべたヴィクタは、どこか寂しげであった。


 そしてようやくゴブリンが生息する森へとやってきた彼らは、気を引き締め直す。


「……ほんとにうちら今からゴブリンっての倒すんだよね?」


「ああ、ゴブリンは基本群で行動する。1体1体の戦闘力は大したことはないが、囲まれると厄介だから討伐は2人ずつ行う。組み合わせは私の独断で決めさせてもらった」


 彼らは1人ずつ行うと思っていたこともあり、2人で戦えると言うことで精神的に気楽になった。


「では組み合わせと出発の順番を発表する。まずは相良、そして神囿だ」


「えっ!?相良……さんと一緒ですか?」


「あ?何か文句あんのか?」


「い、いえいえ」


「選考理由は同じ属性ということだ。因みに今回は基本的に同じ属性同士で固めている。お互いの弱点を知り教えあって欲しいからね」


 そしてその後全ての組み合わせが発表された。


 2組目ーー淺岡、アレックスのペア。


「へぇ、アレスとか。よろしくな」


「おっ!カズとか!盛り上がっていくゼェ」


 3組目ーー真鍋、永守のペア。


「うげっ!結局お前とかよ」


「は、はは……よろしくね(こっちだって願い下げだっての)」


 4組目ーー濱崎、奥田のペア。


「おっ、とっしー!よろしくね!」


「濱崎さん……うん、よろしくね!」


 最終組ーー常盤、霞のペア。


「あたしは勇正君とかぁ、やったね!」


「霞……よろしく頼むよ(俺が守るんだ……それが俺の役目だ)」


「各ペアに私も同行する。基本的には手を出さないが本当に危なくなった時には私が入るから安心してくれ」


 ヴィクタが入るということで安堵する者たち。特に奥田はあからさまに安堵の笑みを浮かべる。


「よし、では早速最初のペアから始めよう。もし待機中にモンスターが襲ってきたときは大声で叫んでくれ。すぐに戻ってくるから」


 ヴィクタの速さを目の当たりにしている彼らはその言葉に確かな説得力を感じる。


 こうしてヴィクタ立ち合いの元、相良と神囿は森へと入っていった。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 彼らが森へ入った丁度その頃、1人の魔人がとある森の木陰で空を見上げていた。


「……人を殺した……もっと気分が晴れるものだと思ってたんだけどな……。やっぱりオレは復讐なんてーーいやダメだ!人類に復讐しないと、みんなが浮かばれない。殺せ……人間を……オレの心を……」


 眉間にシワを寄せ、手の甲をその眉間に当てると深くため息をついた。そしてゆっくりと目を開け、徐に立ち上がった。


「行こう……ミゼル、父さん、母さん、みんな……もう少し待っててくれ。まだ……そっちには行けない」


 そして彼は次の標的に向かい歩みを始める。その足取りは重く、そして弱弱しい。
















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