同じ穴の狢

 人間の国であるアウフェーラにあるひとつの村。この村は王族の住む中心地と比べれば全くといっていいほど栄えていない。豪勢な食事もなければ、ましてやシャンデリアなど見たこともない。その日を一生懸命生きている者たちだ。


「──そういえばみたか? 魔王が人間を滅ぼしにくるんだってよ」


「見た見た! 全ての人間を殺す! ってやつだろ? やっぱ魔人って怖い種族だったんだな」


「ってか魔人って前にも処刑されてなかったか? 300年も捕まえられなかったのに何でだろうな?」


「お前馬鹿だな〜! この国にはヴィクタ団長がいるじゃないか! 彼女に掛かれば凶悪な魔王なんて余裕なんだよ!」


「「なるほどな〜」」


 村人たちは数人で集まって立ち話をしている。内容は恐ろしいものだが、その言葉たちには熱がない。実際に人間を襲っている様子がまだ流れていないのだ。リアリティを感じられなくて当然だろう。


 あの場にいなかったものからすれば魔道具内の出来事であり、あくまで他人事のように感じてしまっている。自分のところには来ないだろう、どうせいつか解決するだろう、そんな感情が今もこうして外で立ち話をしていることに表れている。


「でもさ、もし本当に魔王が攻めてきたらどうすんだろうな? 俺たち誰一人として魔法使えねぇぜ? 来たら終わりじゃねぇか」


「安心しろよ、こんな村襲うわけねぇって。だって何もないんだぜ、俺が魔王ならこんな村最後までほっとく、というか忘れるだろうな!」


「はははっ! 言えてる!」


 すると、遠くの方から小さな子供が走ってきた。


「おとうさ〜〜ん!!」


 走ってくる子供を父親は両手を広げ向かい入れ、そして肩に抱き上げた。


「おお〜どうした息子よ? お父さんに会いたくなったのか?」


「うん! あいにきた!」


 無邪気に微笑む子供に、父親は髭だらけの顔を擦り付ける。そんな甘い光景に、その場にいた男衆はそれぞれ言葉を漏らした。


「微笑ましいねぇ、羨ましいこって」


「くっそ〜、何でこいつは結婚してこんな可愛い子もいんのに、俺は未だ彼女の1人もできねぇんだ!!」


「みんな、今日はここらで切り上げて酒、飲もうぜ」


 口々に喜び、嫉妬、現実逃避を漏らす。殆どがネガティブなものだ。


 そんな時、空を見上げていた子供が指を指す。


「ねぇおとうさん……」


「ん?どうした?お空になんかあったか?」


「あれ…………村の人?」


「──え?」


 父親は子供の言葉を疑った。何せ指は変わらず上空を指している。そしていまこの子は『人』と言った。父親は察してしまう。上空に立てる人、いや、人型の何かとは何なのかを。そして気づいた時には思わず声を漏らしていた。


「──魔王…………?」


 見上げた視線の先、そこには確かに人がいた。手に布を巻き、背中から翼を生やした魔人が。


「ま……魔王だぁ!!!!」


 彼の言葉を皮切りに、村人が一斉に視線を上空に向け、そして怯え逃げ惑った。けたたましく悲鳴が上がる。人々は走る。出口のない村という折の中を。


 この光景はまるで騎士団が魔人の国を襲撃した時と同じだ。しかしアミスはそれに気づくことが出来ない。ここが最後の分岐点であるというのに。


「──小さな村だな。だが、今の魔力ならこのくらいで十分か」


 アミスは手に巻いた布を空中に浮かべ、その場で停滞させた。そして地上に降り立ち、静かに辺りを見渡す。


「……兵士は、いないようだな。まぁこんな村には来ないだろう。──じゃあまずは建物からだ」


 アミスは右手に電流を纏い、そしてそれを家屋など、周囲の建物にぶつけていく。家屋は崩れ、中から何人かの悲鳴が聞こえる。恐らく逃げ遅れたものがまだいたのだろう。


 この行動にはアミスなりの理由がある。彼の目的は人間を殺すこと、だけではない。絶望させること、それも彼の中では重要な目的なのだ。


 長年暮らしてきた家が燃え、崩落していく。今度は自分たちがああなるのでは?そういった恐怖は彼らの顔を酷く歪ませた。まさに絶望しているのだ。


「は……はははっ! いい! いいぞ人間! その顔だ! その顔が見たかった! ははははっ!」


 今度は土魔法を発動する。これは大地に関するものを操れる魔法。アミスは地面に触れ、周囲の地面を流動させる。そしてそれを巨大な2本の手へと変形させた。


「潰れてしまえ! ── 地揺腕潰マニバス・コンテーレ!!」


 作り出された両手が身を寄せ合う人々に襲いかかり、そしてーー叩き潰した。


 先程まで隣にいた人が次の瞬間にはすり身にされている。その事実に無言で涙を流す者、頭を抱え泣き叫ぶ者、震えることしか出来ない者、もはや何が起きたのか理解できず呆然と座り込む者、アミスの見せつける絶望は、やはり自身の体験に由来するものが多かった。


「やめ……これ以上やめてくれ……何でこんなことをするんだ……? 俺たちがあんたに何をしたんだよ!」


 1人の村人が発したこの言葉が、アミスの琴線に触れた。


「やめてくれ……? 俺たちが何をした……? ──ふざけんなっ!!貴様ら人間が何をしたか、よくもまぁそんなことを言えるものだなぁ! 300年迫害し、歩み寄ろうとした両親を騙して殺し! 魔人たちを皆殺しにした後オレたちを処刑したんだ。これが……これで何もしてないわけないだろうがぁ!!」


 指に滞留させたいかづちをその村人の脳天に撃ち放った。そして彼は頭蓋から血を流し、命を落とした。


「貴様らは……許しを受け入れなかったくせに」


 無論今死んだ彼も、そしてその他の村人も騎士団の行ったことは知らない。何故ならその瞬間は映像として残っていないからだ。彼らからすれば、アミスの行動は理由なき暴虐に他ならない。


 その後も唯々凄惨の一言だった。泣き叫ぶ者の首を跳ね飛ばし、愛するものとの最後を噛み締めている者を一方のみ殺す。そうして数刻後、残ったのはただ3人。髭を生やした男と、それに手を繋ぐ女性と子供だ。


 子供は今後発する声を全て投げ打ちここで発散するかのように泣き叫ぶ。女性ははそんな子供を抱きしめ震えている。そして、男性は地べたに頭を打ち付けながら何度も懇願している。


「お願い……お願いします! ……妻と子供だけは……俺はどうなってもいいんです! だから……2人だけは!」


「──ぁ…………!」


 この光景には見覚えがあった。それはそうだろう、これは過去の自分だ。「妻だけは見逃してくれ」と、無様に、そして無意味に打ち付けた額。無意味に垂れ流される血は、砂利と共に口の中で混ざり合う。


 アミスはここでようやく思い出した。そして理解した。自分がやっているのは人間と同じだと。あの日、魔人たちを蹂躙した騎士団たちと、そしてこちらの懇願を蹴り飛ばた王族と、同じことを自分はやっているのだと。


 途端に気持ちの悪さがアミスを襲う。殺したということ自体の気持ち悪さ、そして徐々に湧き上がる罪悪感。それらが混ざり合い吐き気を催す。


 ──だが、彼はもう止まれない。自分の罪を理解し、憎き者たちと同じに堕ちたとしても、それでもやらなければならない。大切なものを奪われた復讐を。


 もはやそれは怒りというよりも、救いのためだ。こんなことをして救われるのは自分だけ。満足するのは自分一人だけ。そんな事実を彼に突きつけるように頭を打ち付け続ける男。そんな彼を、もう見たくなかった。


「頼むからもう…………消えてくれ」


 真っ黒な炎がアミスの腕で燃え盛る。そして、無慈悲に彼らをかき消した。


「── 永獄ノ炎ゲヘナ・イグニス


 彼らを殺した後、転がる肉塊、そして崩れた家屋を丸ごと業火で灰にした。まるで自分は何もしていないと言い聞かせるかの如く。


「……ははっ、はははっ、ははははははっ!! ──はっ、……こんなことの……何がそんなに楽しいんだよ…………最悪な気分だ」


 アミスは自分たちが処刑される瞬間に笑っていた人々を思い出していた。今から目の前の生き物が殺されるというのに、歓喜していた。浮かれていた。同じことをして改めてアミスは実感する。


 ──こんなこと、気分の悪さしか残らない。


 アミスは空中に浮かべていた布に体を向ける。そしてそこに向かい語りかけた。


「見たか人間? これがオレの力だ。全てを焼き尽くし全てを蹂躙するオレの力だ。これから全てを焼き尽くす。その時が来るまで、震えて待っているんだな」


 そう言ってアミスは空中は移動し、布を再び腕に巻いた。


「これでもう……後戻りはできない」


 彼は処刑場で身につけた遠隔通信魔法を布に使用したのだ。つまり先ほどまでの殺戮は全て放送されたということだ。


「……疲れたな…………早く離れよう。すぐにここにくるはずだ」


 これは新たな地を求め飛び去っていった。その速度はとても早く、まるで一目散にここから逃げ出したいようだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 この光景は当然王都にも放送され、ヴィクタは怒りに顔を歪ませ、体を震えさせている。


「私が甘かった。この身を犠牲にする覚悟で斬りかかるべきだった。魔王……貴様は……私が殺す。彼らの無念は……私が命をかけて晴らして見せる……!」


 血を滴り落とす手で、ヴィクタは報復を誓うのだった。




 そしてここは王宮・禁書庫。ここで王女であるイルメールがとある書物を読んでいた。そこに1人の男が現れた。


 男は白髪の髪に凛とした目、見たものを虜にするような優れた容姿をしていた。


「──やぁイルメール、久しいね」


「あらコーザ、珍しいわねこんなところに来るなんて」


 コーザと呼ばれたその男性は、胸元から水晶玉を取り出し、イルメールの目の前に差し出した。


「プレゼント?」


「そんな殊勝なものじゃないさ。見てみなよ、面白いものが映っている」


 その水晶を見た彼女は目を大きく開け手を口元へ移動させた。


「──面白い! ははっ! 丸こげ! ――あら、もう終わり? 残念。……あ、これなら誰も反対しないわよね? を使うの」


 そう言って彼女は手に持っていた本を見つめた。


「なんだいその本は? また新しい玩具おもちゃ?」


「ええ、そんなとこ。ただしこれが玩具じゃない……これはね、玩具を呼び出す魔道具よ!」


 そう言って、イルメールは子供のように無邪気に笑うのだった。

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