犠牲の上での召喚魔法

 人間の国アウフェーラ、そこにある王宮の一室、王の間にて、王座に座す国王と、その目の前でとある本を持っている王女がいた。


「どうしたんだいいきなり話があるだなんて?」


「お父様、その前に一つ。昨日の映像はご覧になりましたか?」


「昨日……ああ、魔王が辺鄙な村を襲い虐殺したあれか。それがどうかしたのかい?」


 王は国民が殺されたというのに何食わぬ顔で王女に話の催促をする。


「あれを見て私はとても心を痛めました。無実である人間が、悪しき魔人に殺されるなどあってはならないことです」


 いけしゃあしゃあと善人のようなことを口にする王女。悲しげな表情を浮かべている。


「もう二度とあのような惨状を起こさぬよう私たちは努めなくてはなりません。そして我が国民を安心させ…て差し上げなくては」


「なるほど、やはりイルメールは優しい子だ!」


「私も出来るだけ被害はない方が良いと思っております、ですが無傷で勝利出来るほど生易しい相手ではないことも事実」


「そうなのだよなぁ……何か手っ取り早く、かつ国民を減らさぬ方法はないものか……」


「そんなお父様に見せたい本がございますの」


 王女はずっと手に抱えていた本を開き王に説明する。


「この本にはとある魔法を発動させるための陣が書き記されています。その魔法とは――異世界召喚エヴォカ・ペルソーネ、こことは別の世界から人間を召喚することができる魔法です」


「なんと! こことは別の世界だと?!そんなものがあるのか?」


「……正直なところ分かりかねます。実際にその異世界人がいたという文献は残っていませんので」


「なるほどなるほど……で、?」


 蓄えた髭をいじりながら王女に質問をする王。ここまで王女の計画通り。


「(流石お父様、お話が早い!)……とても心苦しいのですが、おそらく10人ほど、しかもそれなりに強いものでないと」


「この魔法だけだと? それはつまり別の魔法も組み込むということか?」


「……はい、そうです」


 魔法の複合、しかも魔法陣を描いての融合など常人では考えることすらおこがましいほどのものだ。しかしこの王女イルメールは魔法の天才である。この世界で一番完成させる可能性が高いと言える。


「私が組み込もうと思っている魔法とは── 分解クローロ変質モディフィカーレ再構築リコンビナート。分解は体の組織を文字通り分解する魔法、変質は対象の情報を変化させる魔法、そして再構成はそれを元の形に構成し直す魔法ですわ」


 この王女が考えていること、それは──


「まず異世界召喚で異世界の方を召喚します。それと同時に彼らを分解し魔素に変質させます。そしてその魔素を再構成し人の形に留めれば……私の予想ですが魔人族と同じくユニーク魔法を持った人間にすることが可能かと」


 これらの魔法ひとつひとつが王女の使用してみたかった魔法、だがどれも非人道的という理由から禁書庫に保存されていた。


 しかし今回は非常事態、そうも言ってられない事情がある。ということを王女は利用できると考えたのだ。


「確かに非人道的な行為だと思います。ですがこの世界を救うにはもはやこれしかありません!召喚した彼らに事情を説明し、勇者として祭り上げるのです! さすれば国民にも再び希望の火が灯ることでしょう!」


 熱心に熱弁をする王女。その熱量は真である。それもそうだろう、彼女からすれば、この実験を行うことは世界を救うことと同価値、いや、もしくはそれ以上の価値あるものなのだから。


「それは素晴らしい! それならば仮に死んだとしても税は減らん! おまけに国も救われるかも知れん! これ以上ない名案だぞイルメール! ──して、贄は何人必要だ?」


「およそ30人、最低でも1人は猛者を入れねばなりません」


 王は考けこむ。この国で猛者と聞きはじめに連想するのはもちろんヴィクタだ。しかし彼女は贄にするには惜しい人材、ではどうするか?


「30人に加えてーーならばどうだ?」


 その言葉を聞き、王者は安堵の表情を浮かべる。


「ええ、問題ありません! お父様、ご英断ありがとうございます! これで世界は平和へと近づくでしょう!」


「そうかそうか! ではイルメールよ、期待しておるぞ」


「ええお父様――ごゆっくり」


 王は退室し、王の間には1人王女が取り残された。


「…………ふふふっ……ふふふふふっ! まさかこんな簡単に丸め込めるとは思ってなかったわ! ほんと、良いお父様」


 その時、銀髪の男が扉を開けることもなく足を踏み入れた。


「──あらコーザ、昨日ぶりね。珍しいわね2日も続けてくるなんて」


「ふっ、イルが面白いことを始めるといっていたのでなぁ、気になって来てしまった」


「あら、お上手ね! ──そうだコーザ、入城料ってことじゃないけど、一つ手伝ってくれないかしら? その面白いことを間近で見せてあげるわよ?」


「お前、オレをアゴで使う気か?」


「ダメかしら?」


 しばしの沈黙の後、コーザと呼ばれた男は不適に笑うら。


「いや、面白ければそれでいい。で、オレに何をしろと?」


「あなたには──をね、お願いできる?」


「……ふっ、ははははっ! やはりキミは面白いな! いいだろう、やってやる」


 2つの悪意が王の間を埋め尽くす。その悪意は一体誰の手を掴もうとするのだろうか──


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「しかし王女からの命令とは何でしょうね?」


「さぁな、ただ俺たちは従うだけさ」


 そんな自虐を言い放ち兵士と談笑しているのは騎士団副団長トラル。その背後には腕っ節に自信がある騎士団兵士29名がいる。


「まぁ一つ気になるとすれば、団長ではなく私に命令が下ったということ。それに30名の腕っ節に自信があるものを連れてこいとは……しかもこな忙しい時にーーあっと、今のは内緒な」


 そう言ってトラルは口元に人差し指を添える。そのやりとりに兵士たちこら笑いが漏れた。


「どうしますか団長交代とかだったら?」


 兵士の1人がふざけて質問する。


「それだけはあり得んな。もしそうであればヴィクタ団長も呼ばれるだろうし、そもそも俺が団長に勝てると思うか?」


「あ〜、ないですね」


「だろ?」


「だったらマジでなにかな〜? すげぇ気になる」


 そんな談笑をしていると、これらは目的地である部屋の前に着いていた。


「まぁそれは、この扉を開ければ分かることさ」


 トラルは扉をノックし中に入った。


「──失礼します! 騎士団副団長トラルにございます! 王女イルメール様の命を受け参りました!」


 王の間にいたのは王女イルメール、そして入り口扉付近の壁にもたれかかる1人の男性。王は全てを娘に任せ眠っている。


「王女、失礼ですが彼は? 王宮のものではなさそうですが?」


「彼は私の客人よ。せっかく来てくれたのだけどあなた方のことがあったからね、帰ってもらおうと思ったのだけれど、終わるまで待ってると言うのでね」


 トラルは男に警戒する。しかし王者の客人にこれ以上注意を向けることはできない。彼は視線を王女に再び戻した。


「そうですか、では分かりました。して私共に命令とは?」


 改めて敬礼をし今回呼ばれた理由を聞き出すトラル。


「そうですね、とりあえず一旦全員で私の元へ近づいてくれはしませんか? このままでは多少遠くて聞き取りづらいのです」


「分かりました。それでは──」


 そう言って彼らは足を踏みだす。全員が王の間中央に来た瞬間、彼らの足元に謎の光が現れた。


「な……何だこれは……? これはまさか、魔法陣?!」


「へぇ、流石は伊達に副団長やってはいませんわね! ですが今はそれ邪魔なので大人しく贄になって死んでください!」


 その言葉を聞いたトラルは、一瞬同様の顔を見せるも、すぐに平静を取り戻し剣を抜く。


「やはりあなたは正しくない! そんなあなたには、私が責任を持って罰をーー」


「── 紫電縛扇レガート・フールミニ


「──っ! 何だこれは?!」


 突如地面から現れた稲妻が、トラル含め全ての兵士達を地面へと縛り付けた。それやった正体はそう──背後で壁にもたれていた男だ。


「王女……今すぐやめさせてください! これは……何の冗談ですか?!」


 そのとき、数名の兵士が完全に地に伏し、そこから動かなくなった。その波は次第に高まっていき、どんどんと兵士が死んでいく。


「……は……? 何故次々と皆が……倒れている? おい! しっかりしろ! 何があった!!」


 必死な呼びかけにも応えることはない。何せ死体なのだから。


「王女……いや貴様、皆になにを……何をした!! それにこの魔法陣は何だ?!」


「あら、説明してませんでしたっけ? でしたら簡単に説明しますね! この魔法陣は異世界召喚、分解、変質、再構成の魔法が組み込んであります。それらを使って異世界から勇者となる者たちを召喚します。あなた方の命はそのために贄とさせていただきますね!」


 ──絶望した。トラルは何もかも嫌になった。自分はこんな国を、こんな人が王女である国に仕えていたのかと。途端に怒りと虚しさが身体中に広がっていった。


「私たちは……今まであなた方の役に立つため戦ってまいりました。それなのになぜ?」


「何故って言われましても、いい触媒があなた達くらいしかいなかったのよ。だから、かしらね! 理由はこれでいいかしら?」


「──ぐっ! ……私たちは、今まで国のため、国民のため、そして貴様らのため、命がけで戦ってきた。その結末が……その仕打ちがこれかぁ!! 何だこれは? なんなんだ貴様は!!」


 怒り狂う直前のトラルは大声を上げ王女を睨みつける。


「……はぁ、知らないですよ、ほら、よく言うでしょ!大切なのは今だって! 命をかけるってんなら今かけて下さい。そして、世界を救うための、贄となってください!」


 魔法陣の効力は死人が出るたび増していく。


「──ぐわぁぁぁぁぁ!!!」


 トラルはあまりの激痛に辺りを転がりマ回る。痛みで呼吸もままならず、口からはよだれを垂れ流している。


「さて、もうそろそろね! じゃあ騎士団副団長トラルさん──さようなら!」


 にこりと手を振り笑いかける王女、薄れゆく意識の中トラルは考え事をしていた。


「(ヴィクタ団長、どうか、どうかこいつらには騙されないでください。せめてあの人にだけはこの世界を信じさせてやってくれ! ……そしてこれから召喚させるであろう勇者様方、お願いです……あいつを──あの化け物を、殺して下さい)これが私……の……願…………)」


 こうして副団長トラルの人生は幕を下ろす。そしてその元凶であるイルメールは光悦な表情を浮かべている。


「はあぁぁぁぁ! 綺麗だわぁ! とりあえず魔法陣自体は完成ね! さて、一体どんな勇者様が出てくるのか? ふふっ!」


 王女は満面の笑みで両手を天へと掲げた。


「──さぁ勇者様方!! どうか……貴方方の力で、世界を、平和にしてくださいませ!! ははははははっーーーーーー!!」


 広い王の間に響き渡る大きな笑い声、とても良い気分、そのことからこの男が帰ったことに気づかずにいた。


「やっぱおもしれぇなあいつは。ーーいや、ってのは……!」


 男は魔法陣から発する青い光により生まれた影なら溶け込むように闇なら消えていった。


 こうして、複数の犠牲の上で、魔王を討伐するため異世界から勇者たちが呼ばれたのだった。

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