ゆめゆめ忘れるな

 魔王処刑が執行されるはずだった翌日、王都に建つとある神殿の一室。そこは霊園となっており、大勢の者がそこで眠っている。そしてそこに、1人の少女が祈りを捧げていた。


「どうか……安らかに眠れ」


「団長……ここにいらしたんですね。……その墓は――」


 少女の背後から言葉を飛ばしたのは王国の兵士の1人トラルだ。騎士団の副団長を務めている。年は30代で、銀髪の髪に同色の髭を蓄えている。そのせいで実年齢より老けて見られるそうだ。


 そしてここで祈りを捧げている少女は、騎士団団長ヴィクタ・ヴァイン。齢16歳にして王国最強とまで呼ばれるに至っているほどの実力者だ。


「昨日無残に、そしてついでのように殺されてしまった仲間だ。彼は今まで騎士団の兵士として尽力してくれた。その最後があんな風に……私は魔王を絶対に殺す。無念の中で散った君に誓おう」


 そう言ってヴィクタは墓に手を触れ目を閉じた。


「──そういえばどうしたんだ?何か用事でもあったか?」


 そんなヴィクタの問いにトラルは敬礼し直し答えた。内容は昨日王女に命令されていた魔王についての情報の開示。その交渉についてである。


「王女曰く値段交渉は国外に発信する場合であり、国内の村などであれば無償で開示する様に、とのことです。今まさに各国と交渉中であり、すでに10ヵ国中2ヵ国はこれに同意しております」


「そうか、ありがとう。残り8カ国か……しかたがない、あの瞬間を録画していた魔道具は他にもあっただろう?それの映像を奴の魔法が判断できる部分をカットして各国に見せてくれ。それでもダメなら私が直接交渉しよう。少しでも信憑性は上がるはずだ」


「はっ!了解しました! ──にしても、あの王女には呆れますね。こんな時に金を稼ぐことをまず思いつくとは」


 トラルは昨日の王女からの命令に納得がいっていない様子だ。彼だけじゃない、騎士団のほとんどはこのことに疑問を持っている。強大な敵だからこそ各国協力すべきなのではと考えているからだ。


 ヴィクタも内心は同様らしいが、さすがに団長という肩書上それをいうことはできないようだ。


「気持ちはすごいわかるさ、だが国としては間違っていない。情報を餌に金を毟り取る、これも立派な国営の一部ではある。まぁ、褒められたことではないとは、思うが」


 ヴィクタは立ち上がり、兵士達に背を向け歩き出す。そして今一度振り返り──


「また来るよ、みんな」


 そしてトラルと共に霊園を退出した。


「それにしても、団長はすごいですね」


「すごい? 何がだ?」


「この霊園、最低でも1週間に一回は来てるでしょう? それも全ての部下たちに花を持ってきて」


「ふふっ、そんなふうに言われるようなものじゃないよ。彼らは私に背中を預けてくれた者たちだ。そんな彼らが死ぬということは、私の実力不足と良い策が考えられない能力のなさが原因だ。であれば私が頻繁に足を運ぶのは当然のことだろう?」


 さも当然のように語るヴィクタ。そんな恐怖すら覚えるほどの騎士精神にトラル始め騎士団たちはついていくのだ。しかしそんなトラルだからこそわからないことがある。


「(普段の任務も冷静沈着。今も特に変わった様子はない。だが何故だ? 何故魔人に対面した瞬間空気が変わるのだ? あそこまで目の敵にするほどのことがあったのだろうか?)」


 ヴィクタの過去、それは騎士団副団長である彼すら知らない。というよりこの国では王族以外その事実を知らないのだ。例え聞いても教えてはくれない。王族以外で知っているものは、全員魔人に殺されてしまっている。


「そういえば魔王の居場所は分かったのか? 恐らくさほど遠くまで行ってはいまい」


「……申し訳ありません、いかんせん各国との情報共有の方に時間をとられておりまして……」


 申し訳なさそうに答えるトラル。その問答後、ヴィクタはいきなりその場で立ち止まった。


「2班に分かれて片方は継続して交渉を、そしてもう片方は魔王の調査だ。私はそこに参加する」


「わ…分かりました」


 急に変わった彼女の雰囲気に、思わず必要最低限のことしか話せぬトラル。彼女はその言葉の続きを語る。


「絶対に魔王を探し出し、捕らえるぞ。見つけた場合、絶対に私が行く。奴は必ず──私が殺す!」


 怒りのまま自身の右手にあった壁を殴りつけてしまう。殴った直後にいつものヴィクタには戻ったが。


「あっ……はぁ、すまない、この壁の修繕費私が出すと伝えておいてくれ」


「そんな! これくらい騎士団の予算を使えば──」


 流石に団長に、しかも自分より位が上とはいえ、まだ子供に払わせるわけにはいかないと思った。


「いやいいよ、予算は有効的に使うためのものだ。この壁は私が個人的につけたもので団としては生産性がまるでない」


 あくまでも自分で払うと言い切ったヴィクタを見て、こんな上司でありたいと、心の中で思っているトラルであった。


「(魔王……人間に手を出してみろ、もし危害を加えたなら、死なぬギリギリまで臓物をいたぶり、国民の前に数日晒した後、今度こそ殺してやる。……魔王、貴様は今どこにいる?どこで、なにをしているのだ?──)」


 復讐に目を血走らせるヴィクタ、彼女に一体何があったのだろうか? そこまで魔人を目の敵にする理由はなんなのだろうか?


 こうして2人は異なる熱量を抱きながら、魔王の調査のため騎士団の作戦室へと足を運ぶのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 そしてヴィクタが祈りを捧げていたちょうどその頃、自身のユニーク魔法の力で復讐のために蘇ったアミスは、魔力が回復するまである村の近くの森で一夜を過ごしていた。


 目を覚まし、上体を起こしたアミスは視界を一周させる。周囲は木々が立ち並び、日を浴びて木漏れ日がもう朝だと告げている。


「……夢じゃ、ないよな」


 そう口にしつつも、心のどこかでそう願うアミス。今日までの全てが、両親が殺されたあの日から、いや、人間から国書を受け取ったあの日からの全てが嘘であってくれと。


 だが、右手に巻いた妻の服の袖が、全て現実だと突きつける。巻いた袖が風に舞い、しっかり見ろと主張しているようだ。しっかりと、現実を見ろと。


「ありがとうミゼル。朝目覚めた時、キミがこうして教えてくれる。忘れるなと、そう言ってくれる。大丈夫、オレはちゃんとやれる──さて、行くか」


 アミスは翼を生やし上空へ飛ぶ。そして近隣の村に目星をつけそこに飛来していく。


「待っていろ人間。ここがオレの──オレたち魔人による復讐の始まりの地となる。少し待っていてくれよみんな、オレが……オレが果たすから、晴らすから」


 全ての魔人の絶望を、渇望を、切望を。そんな体のいい言い訳をして彼は自分を肯定する。間違っていないのだと、みんなのためだからと、この復讐は、みなの総意なのだと。


 もはやそうでもしなければ立てないのだ。自分だけの悲願に大切達を巻き込むほど彼の心は衰弱しているのだ。そして恐らく、この復讐を遂げたとしても彼の心は救われないだろう。そんなことは分かっている。だが、もう止まることなど選択肢には存在しないのだ。


「──さぁ、ここから始めよう、地獄を……絶望を!」

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