魔は堕ちる⑥

 アミスが王の座についてから4日後、彼は今国民と一緒に国の入り口に壁を作っていた。


「すまないな、手伝ってもらって」


「いえいえ、この程度のこと、いつでもお任せください! ……それに、人間が信用できないのは我々も同じですから」


 アミスと共に壁を作っている青年、名はシリア。町長の息子であり、魔法を使うことができる。土属性魔法で、大地を盛り上げて壁を生み出している。そしてアミスもこの魔法が使える為、一緒に作業しているのだ。


 因みにこの壁は、もし人間がまた何かを送ってきた時や、万が一攻め込んできた時のためにに作っている。


「……すまない、本当であればこの問題を根本から解決しなければいけないんだろうが」


 アミスは理解している。こんなことをしたところで解決には至らないということを。本当に解決したいのであれば人間と和解するか、若しくは人間に攻め入り力づくで屈服させるしかない。


 だが、この方法はどちらも取れない。まず先代王とその妻を殺した人間を魔人たちは受け入れられない。それはアミスやミゼルも同様だ。そして屈服の件だが、そもそも人間国に攻め入れるほどの戦力が魔人にはない。ユニーク魔法などを一人一人持っており、確かに潜在能力は凄まじいのだ。魔人が恐れられている理由の一つでもある。


 しかし300年間ひっそりと暮らし、争うということをしてこなかった彼らは、すでに戦い方を忘れてしまっているのだ。すでに魔法を使える者の方が少ない。ユニーク魔法などもっとだ。そんなこの国で唯一戦力足り得るのは、幼い頃から「王たるもの、有事の際に民を守るための力が必要だ」と教えられ、特訓し続けてきたアミスくらいだろう。


 そんな彼1人対、父を殺せる力を持った人間、若しくは人間たちでは、結果は火を見るより明らかだ。そんなもの戦おうと思うこと自体が間違っている。


 その為、彼らは壁を建設し襲撃を防ごうとしているのだ。とはいえ全ての外堀を埋めるわけにはいかない。それは何故か──


「しかしこの壁、外に水を汲みにいかなくてはいけないので、最低でも1箇所は通り穴が必要ですね」


 そう、この国には水が通っていない。その為近くの川で水を汲んでこなければいけないのだ。その為外堀を全て埋めるというのは事実上不可能ということになる。


「んん〜、魔神にのみ反応して開閉する壁とか作れればいいんだが、流石にそんな技術はないからな。──仕方ない、そこには交代で見張りを立てることにしよう。あとで募集をしなければな……賃金はいくらくらいがいいのだろうか?」


「まぁその辺はこっちでなんとかしますよ! なんたって町長の息子ですからね! ──ってアミス様魔法早ぇ!」


「ははっ! ……頼んだよ、シリア」


「はいっ!」


 こうして2人は川のある方向に1箇所だけ通り穴を作り、作業を終了した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 家に帰ったらアミスは、息を大きく吐きながら横たわった。


「はぁ〜〜あ。……疲れた」


「大丈夫ですかアミス様?」


 ミゼルが水を持ってアミスの元へやってきた。彼はそれを受け取り、一気に口に含む。


「ぷはぁ! 生き返る。ありがとうミゼル」


「いえ。……やはり魔法というのは体力を酷使するのですか?」


「まぁそうだね。ずっと使い続けてればだんだんと消費が少なくなってくるんだろうけど、オレたちはあまり魔法を使わないからな。日頃の特訓と、たまに上空を飛んでるやつを撃ち落として食べる時くらいか」


 アミスは使い終わった容器を軽く洗い元の場所に戻した。


「そういえばどうだ? お腹の子は? 町のみんなも心配してたよ」


「はい、大丈夫ですよ! たまにお腹を蹴られますけど、元気な証拠です!」


「そっか……!」


 アミスはミゼルのお腹に触れ、優しく語りかける。


「強くなくていい。優しく、元気に育ってくれ……!」


 それから数日後──


 いつも通りの会話をし、いつもどおり町を歩き、いつも通りに会話をする。そんないつもどおりの日常は、突如上がった一つの断末魔により──終わりを告げる。


「ッ! なんだ……今の声……見張り番?」


 アミスはすぐに外に出る。その声が聴き間違えであることを願い必死に走った。そこで彼が見たのもは、まさに地獄絵図だった。


 町に響き渡るいくつもの断末魔。上がる火の手。逃げ惑う魔人たち。必死に逃げる者もいれば泣き喚く者、大声を上げ避難を呼びかける者、何が起きたのか分からず呆然と立ち尽くす者、様々だった。ただ一つ分かることは、何かが攻めてきたということだ。


「まさか……くっ! みんな早く逃げろ!! オレがなんとかする!」


 大きく声を張り上げたアミスに、魔人たちの意識は向いた。そして、皆が一様にアミスに懇願する。


「お願いですアミス様! 奴らを、奴らを殺してください!!」


「落ち着け! 何があった?」


 すると足元にいた魔人の1人が、最悪な、そしてアミスが一瞬頭を過った答えを、涙をこぼしながら言い放った。


「人間です。……人間が……壁の穴から攻めてきました!」


「…………オレが甘かった。……安心しろ。人間は、オレが殺す!」


 アミスは魔法で翼を生やし、騒ぎの場所まで飛空する。そしてようやく人間の兵士たちを発見した。瞬間、目の前で小さな子供が剣で貫かれる。


「人間──人間がぁ!!!」


 アミスは急降下し子供を貫いた兵士の頭を叩き潰した。その子供はすでに絶命しており、一瞬でその姿を塵へと変えた。


「……くそ……なんで……なんでだよ! ── 焼尽地獄デフラガラーレ!!」


 蒼い炎が兵士たちを焼き尽くす。しかし殺せたのは前方にいる者たちのみ。後方で逃げ遅れた魔人たちはなおも消滅し続けている。


「やめろ……やめろぉぉぉ!!」


 出来るだけ魔人を巻き込まぬよう両手に炎を集中させるアミス。今まさに剣を突きつけようとする兵士の頭を砕くーーその刹那、けたたましく金属音が鳴り響いた。


「なるほど、貴様が今代の魔王か」


「……子供?」


 アミスの一撃を防ぐは赤毛の少女。服には無数の返り血が付いている。少女は魔法を纏った一撃を悠々と剣で防いだ。


「なるほど、父親よりはやるようだな」


「そうか、テメェが……テメェが父さんと母さんを!」


 アミスは空中に上がり距離を取る。そして炎を球体状に固め、それを少女に放った。


蒼輪破壊弾スパエラ・フランメ!!」


 灼熱の蒼炎が1人の少女目掛けて放たれる。怒りと復讐心を纏った一撃。だが、その攻撃は平然と書き消される。


「脆弱だな。掻き消えろ── 聖剣の一撃スパーダ・レジェンダリア


 一振り。思いを込めた必死の一撃は、無気力な一振りによってかき消された。


「そんな……これが……人間」


「翼を生やす、なるほどそれが貴様のユニーク魔法か。しかしそんな距離などないようなものだ」


 少女は剣を掲げる。するとそこに目を瞑りたくなるほどの光が集まり、巨大な剣へと形作られた。そしてその行き先は当然ーー


滅する光の剣ルーチェ・ペルムニエレ


 町の被害など度外視の一撃が、魔王1人を目掛け振り下ろされる。その速度は巨大な剣を持っているとはとても思えぬ、たとえ元の大きさであったとしてもあり得ない速度で向かってきた。


「ッ!!!」


 なんとか反応し手で攻撃を防ぐアミス。だが、振り下ろされる一撃には敵わず、勢いそのまま地へと叩き落とされた。


「ぐぁはっ!! (なんだあいつは?なんだこの強さは?)」


 倒れるアミスのもとに、少女は近づき、首元を掴んで上空へと投げ捨てる。そして、先代魔王を下したあの高速斬撃をアミスにもくらわせた。総斬撃数ーー50。


 完全に背を地に伏せ、全身から血が大量に流れ出す。目は虚になり耳もあまり聞こえない。もう魔法を使う体力も残っていない。


「魔王とはいえ所詮穴埋め。この程度か。貴様にいいことを教えてやろう。何故我々がこうも簡単に攻め入ることができたのか。それはな、遠隔通信用魔道具のおかげだ」


 そう言って少女は懐から球体の道具を取り出した。アミスはその道具を見て驚愕する。それは、その道具を見たことがあるからだ。父と母の死を知らせたあの馬車に積んであったもの、それがこの魔道具と呼ばれるものであった。


 捨てようか、という話にもなったのだが、何か分からないということや、もしかすれば両親が唯一持ち帰った形見なのでは? と思い一応手元に置いていたのだ。


 アミスは理解する。魔道具というのは分からないが、通信用ということから一瞬で察した。壁を制作していた時、その会話が垂れ流されていたのだと。水を汲むため1箇所出入り口を作っているということを。あれを手元に置いていた、その時点でこの運命は決まっていたのだ。


「魔人が魔道具を知らないというのは本当だったようだな。おかげで簡単に侵入することが出来たよ。見張りをつけると言っていたが、あの程度の索敵能力ならば意味がないな。残念ながら無駄死にだ」


 何の他意もなく発せられたその言葉に、アミスはひどく憤りを覚える。町民が自らの意思で行ってくれた見張り、それを無駄死にと言われたのだ。その事実に怒りで体が震える。


 その時、みんなが逃げていたはずの先から数十人の魔人が農具などを持ってやってきた。


「みん……な? 何して……」


「アミス様だけに辛い思いをさせるな!」


「そうだ! 俺たちだって役に立てるってのを見せてやれ!」


「アミス様! 今助けます!!」


 行き過ぎた優しさが魔人たちの体と心を動かした。とてつもない勇気だ。最強の魔人がやられた相手に農具で挑もうというのだ、正気じゃない。それほどまでに自分の国の王を敬愛していると言える。しかし、王はそれを望まない。何故なら、結末は見えているから。


「みんな、やめろ! 頼むっ! やめてくれー!!」


「今回私の受けた命令は魔王とその妻の捕縛。そして国に持って帰ることだ。しかしーーそれ以外の者について命は保証されていない」


 少女は剣を構える。恐らく、誰がどう見てもこの先の展開は予測できるだろう。どうあっても納得できるものではないのだが。


「アミス様をお助けしろーー!!!」


「頼む! 逃げろ! やめてくれ!!!!!」


「消えろ、薄汚い種族め── 断絶の光ディスコネッティ


 横薙ぎに放たれた光の一閃は、迫る魔人たちの首から上を地面に転がした。もう誰一人として頭が胴についていない。そして、彼らは一瞬にして、別れの言葉を告げる時間もなくーー消滅した。


「あ……また……またオレの目の前で……死んだ……なんだ……これ?」


 アミスの心は完全に砕かれてしまった。目からはすでに涙すら出てこない。声もうまく発せない。赤髪の少女に縛りつけられている際も、何もすることなく大人しかった。


 そして彼女らは歩き出す。もう一人の標的のもとへ。


 その先では、魔人たちが身を寄せ合い、震えながら壁に身を押し寄せていた。国の出入口はあの一点のみ。そこを塞がれてしまっている今、彼らに逃げ場はない。彼らは今、この世界で一番信頼している男の帰りを待っている。皆一様に彼の勝利を願う。妻であるミゼルも、共に夫の無事を願い続けた。


 しかし、その願いは天に届くことは決してない。前方から歩いてきたのは彼ではない。いや、正確には彼は帰ってきた。だが、その姿はすでに死にかけており、全身を拘束され一人の少女に引きずられていた。


「──嘘……!」


「アミス様が……アミス様がやられてしまった……もうお終いだ、俺たちは死ぬんだ」


「アミス様! 嘘だろアミス様!!」


 悲観、怒り、疑念、絶望、様々な感情が狭い空間で巻き起こる。ただ一点皆に共通しているのは、これから殺されるということだ。


「これで全員か。意外と多いのだな。魔王これの妻は誰だ?出てこい」


 ミゼルは怯え、目に涙を浮かべながらゆっくりと前に出た。


「……なんで、こんなこと……?」


「因果応報という奴だ。恨むのなら魔人に生まれたことを恨むんだな。さぁ、こっちにこい。殺さないでやる。といっても、貴様に選択肢はないがな」


 従わねば殺される。そう言い切れるような少女の雰囲気。ミゼルはそれに逆らうことが出来ず、歩き始めた。


 その時、ようやくアミスは意識をもとに戻す。そしてこちらに近づくミゼルを見て、安心と同時に危機感を感じた。


「──そうだ、魔王と貴様は連れてこいと言われているが、それ以外は殺すと決めてある」


「ッ! ミゼル! 来るな!」


「えっ?」


 直後、少女はミゼルの懐に近づき、拳を振り上げた。


「やめろぉ!!!!」


 その声虚しく、拳はミゼルに叩きつけられた。その場所は──お腹だった。


「かはっ!」


 少女は苦しむミゼルを立ち上がらせなんだもお腹を殴りつけた。膨らんだお腹にはそう、2人の赤ちゃんがいる。


「やめて!やめてください! 赤ちゃんは! 赤ちゃんだけは──ぼぐぁ!」


「未来の魔王だぞ、生かすわけがないだろう。そんなものを腹に背負い込んでいる罪、もっと自覚するんだな!」


 最後に少女はミゼルのお腹を上から思いっきり踏みつけた。ミゼルは吐き出し、気絶してしまった。目からは大量の涙を溢れされ、耳を澄ましてようやく聞こえるかどうかの声量でずっと言葉を発している。


「赤ちゃん……私たちの……赤ちゃん……」


「……許さない……貴様ら人間は絶対に許さない……殺す……絶対に殺してやる……!」


 涙を零しながら怒りの目を向けるアミス。だが、その怒りは虚な者をすり抜ける。


「そうか。だが、そんな未来は永劫来ることはない」


 剣の鞘で首元を強打されるアミス。意識が朦朧とし始める。薄れいく意識の中で、聞こえてくるは少女の声。


「──魔法──て! 焼き殺──え!」


 そして愛する民の悲鳴が聞こえた。助けて、痛い、苦しい、熱い、殺してくれ。命が消える音がする。断末魔が一つ、また一つと消えていく。子供の声から順に消えていき、女性、そして男性と続いて消滅していった。そして意識が完全に途絶える頃──聞こえてくるのは風の音だけだった。


「(殺す。人間は殺す。全員まとめて皆殺しにしてやる。頼むから人間よ──オレが殺すまで死なないでくれ)」


 こうしてアミスとミゼルの2人は人間の王国に捕らえられ、数時間後、両親と同じく処刑を待つこととなった。

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