魔は堕ちる③
人間から国交を結ぼうと手紙が送られてから、早くも1週間が経過した。ついにこの日王と女王は人間国へと向かうことになる。
「では、行ってくるよ。恐らく1週間ほどで帰ってこれるはずだ。いい知らせを待っていてくれ!」
「美味しい食べ物たくさんもらってくるからね! みんな楽しみにしてて!」
国の入り口前でアミスとミゼルを始め、国中の国民が勢ぞろいし2人の出発を見送る。2人は出来る限り綺麗に着飾りマルム産の作物や工芸などを馬車に乗せる。
「父さん、母さん、本当に気をつけて。危なかったらすぐ帰るって約束、絶対に忘れないでくれ」
「お義父様、お義母様、国民全員があなた方の無事を願っております。ご武運を」
「ご武運か……確かに戦いだな。魔人族の権利をを獲得するための大事な戦いだ。──すべての魔人たちよ!私たちはこれより300年の負の歴史に終止符を打つ!それが叶った暁には、みなにはどうか人間を恨まないで欲しい。確かに迫害はされていた。だがそれは彼らの祖先から始まったことなのだ。今の彼らはそれを教わったにすぎん。だから……その時はお願いしたい!」
王は国民に頭を下げ願い出る。追随し女王も頭を下げた。小規模とはいえ王が国民に頭を下げるなど少なくとも人間族ではありえない光景だ。それほどまでに本気であると言える。その気持ちは国民にも伝わった。
至る所から歓声が上がり、その熱気はどんどんと伝播していく。そしてついには国民全員が手を上げ拍手を送った。
「ありがとう……ありがとう!!」
「父さん、これがあなたのやってきたことの成果です。あなたにあんな風に頼まれては、この国で断れる者はいませんよ」
アミスは父の肩に手を置き、穏やかに笑みを浮かべる。先程まで内心ではまだ人間を信用できていなかった。だが、父の必死な姿を見て、信じてみようという気持ちが心を埋め尽くした。
こうして2人は馬車に乗り込んだ。馬車から姿を見せ手を振る2人はすでに満ち足りたような表情をしている。アミスとミゼルは馬車に近づきしばらくの別れを告げる。
「2人とも、私たちがいない間頑張ってね!」
「父さんと母さんも頑張って! その間の国はオレ達に任せてくれ」
「お任せください! アミス様は私がしっかりとサポートしますので!」
ミゼルはにこりと笑い綺麗な金色の髪をわずかに揺らす。送り出す2人の表情を見て安心する父親。そしてアミスのみを手招きし、耳打ちをする。
「アミス、もし私たちが戻らないようなことがあれば、お前がこの国王になってくれ。この国を……いや、この国の民を守ってくれ」
「やめろ縁起でもない。父さんが帰ってくるまでみんなはオレが守る。絶対……帰ってこいよ。帰ってきたら、美味しいご飯をミゼルに作ってもらうから」
「そうか、じゃあ絶対に帰らないとな!」
馬車はだんだんとアミス達の視界から遠ざかっていく。先程まで聞こえていた
「……行っちゃいましたね。無事に帰ってきてくれるでしょうか?」
「(やはりミゼルも不安だったようだ。ミゼルにとっても2人は親なのだ。心配と当然だろう。ここはオレが解してやらないと)ミゼル、これからみんなのところに一時的とはいえ王になるということを報告してくるんだが、そのあとでよければどこか行きたいところとかやりたいことってあるか?」
「私が望むことをしてくれる、ということですか?」
「ああ! いつも料理とか頑張ってくれてるしさ、そのお礼も兼ねて……どうかな?」
ミゼルは目をパチクリさせて少し驚いた。何にしようか少し考え、お願いを呟く。頬を赤くして。
「でしたらその……一緒にいて……くれませんか?」
その素朴すぎる願いに、アミスは呆然とする。そもそも願いというのかというところから考えていた。そんなアミスをよそにミゼルは「言ってしまった!」と言ったような表情をしている。
「ミ……ミゼル? せっかく言ってくれた願いだけどさ、そんなことでいいの?遠慮なんかしなくていいって!」
「いいえ、これがいいんです……これがいいんです。今はあなたと一緒にいたい。これが願いじゃ、ダメですか?」
「──訳ないだろ」
「えっ?」
小さく呟き過ぎて聞き取れなかったミゼル。アミスの顔を覗き込むと顔を耳まで真っ赤にしていた。
「ダメな訳ないだろ。嬉しいよ。オレも……キミと一緒にいたい」
真っ赤になりながらも思いを伝えたアミス。ゆっくり震えながら手を伸ばし、ミゼルの頭をゆっくり撫でた。
「……そろそろ行くけど、先、帰る?」
「いえ、一緒に行きます!」
こうして2人は仲良く並び歩き国へと戻っていった。アミスは背後を一瞥し、目を瞑った。
それから1週間後、迎えの料理はすでに冷たくなっていた。
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国を出て3日後、魔王達は手紙の送り主が待つアウフェーラの前に到着した。巨大な石壁が人々を見下すようにそそに立っている。
眼前中央には木製の大きな扉があり、そこに3名の門番が立っていた。
「これが人間の国……!ここまで技術に差があろうとは。是非今回はそれも持ち帰りたいものだ」
魔王が壁の高さに驚愕していると、急に馬車がその歩みを止めた。何事かと思い馬車から顔を覗かせると、門番が近寄ってきた。
「通行許可証をお見せください」
「通行許可証? そんなものもらっていたかい?」
「いいえ、いただいたのはこの手紙だけですが」
魔王もその妻も困惑している。確かに手紙しか送られなかったのだ、当然許可証など知る由もない。
「ないのであればこのまま通すわけには行きません。お帰りください」
このままでは約束に遅れてしまう。どうすべきか悩んだ結果、魔王は送られてきた手紙を見せてみることにした。
「これは、許可証扱いにはならないかね?」
「ん? これは……あっ、魔族の」
「ああ、俗に魔王とか呼ばれている者だよ。こちらの王に呼ばれてやってきたのだが」
「し、失礼しました! お通り下さい!」
馬車は門を潜り抜けた。300年ぶりに魔人が足を踏み入れた瞬間である。
馬車が消えた後、先ほどの門番は何やら細い棒状の道具を口元にやり、小さく呟く。
「魔王一行、到着しました」
それを受けるは赤髪の少女。幼い顔でポニーテールに結び束ね、鎧に身を包んだその姿は首から先が全く別の生き物なのでは?と思わせるほど違和感がある。
「そうか。これから先、何人たりともその門を潜らせるな。目的を達するまで、絶対にな」
少女は口元から道具を離し、目を瞑る。そして腰に下げた剣に触れ、小さく呟いた。
「待っていろ魔王……貴様は必ず、私が滅する!」
少女は眉間にシワを寄せ眼光を鋭くする。触れる者全て切り捨てると言いたげなその瞳と殺気に、当然魔王は気付くことはない。気づいた時にはもう全て手遅れなのだ。
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