魔は堕ちる②
婚姻の儀を終えてから2年、魔人の国は転換期を迎えようとしていた。まずは王子であるアミスとその妻のミゼルは赤子を授かった。5ヶ月と言ったところだ。ミゼルはだんだんとお腹が大きくなってきている。国中がその事実に歓喜し、一時収集がつかなくなったほどだ。
そして2点目。こちらのほうが国としては重要かもしれない。それは、人間との交流である。300年前に魔人はこの地に追いやられてから人間との話し合いどころか接触すらまともになかった。
ある日、一つの手紙が届いた。送り主は人間の国アウフェーラの現国王からだった。内容は、「魔人族との関係を修復したい。魔人迫害主義は我が国では廃止に向かって動いている。実際の魔人を見せることで人々に魔人のイメージを改善したい」
──概ねまとめるとこのような文章だ。自分で書いたわけではないだろう、そんなことは魔人側も理解している。しかしそんなことはどうでもいいのだ。今まで会いすらしなかった人間が、この300年で初めて歩み寄ろうとしてくれている。その事実だけでこの話を受けると決めた。
「アミス、ミゼルさん。私たちは1週間後、人間の国へ向かう。今回の王は話す機会を設けてくれた。これは素晴らしいことだよ。もし国交が結ばれれば、もうひもじい思いをする者はいなくなるだろう」
「楽しみですわね、あなた!」
現魔王であるアミスの父とその妻はとても気分が高まっている。魔王は以前より人間と仲良くすることはできないものか、と考えていた。それが今実現せんとしているのだ。気分も上がろう。
だが、反対にアミスは複雑な表情をしている。視線を左下に落とし思索する。
「(父さんや母さんはこう言っているが、今まで全く関わろうとしなかったにも関わらず急に歩み寄ろうとなんてするか? 300年だぞ、そんな簡単な溝じゃないだろうに)……なぁ父さん、その会合、オレに行かせてくれ。どうもきな臭いし、オレはこの国で一番強い。何かあってもオレなら対処できる!」
胸に手を当て父親に懇願するアミス。しかしその要求はその父親によって拒まれてしまう。
「いいや、私が行くよ。あちらの王が会ってくれると言うのにこちらは王子を出すというのはおかしいだろう?」
「だったら! 今すぐオレに王位を継承してくれ! 力も、知識もオレが一番あるだろう? だったら何も問題はないはずだ!」
「アミス様……」
「人間との国交と魔人のイメージアップ、それとこの国への経済的支援、これをして来ればいいんだろ。これならオレも出来る! だから父さん達は──」
「アミス……」
「ッ!」
真っ直ぐ実直に見つめるその瞳にアミスはたじろいだ。そして理解した。この人を説得することはできない、と。しかしそれは悪意によるものではない。あくまでも国のため、そして息子のためなのだ。それが分かっているからこそアミスの心に酷くモヤがかかる。
「アミス、気持ちは嬉しいよ。私たちのことを考えてくれているのだろう。だが、その要求は飲めない。これは
真っ直ぐ実直に素直に真剣にそして優しく、そんな目を向け言葉を紡ぐ魔王。この言葉に感心する母親。人をまだ怪しむ気持ちを持っているのはアミスだけだ。
「……父さん、分かるよその気持ち。自分が掲げてきた目標に近づくチャンスがやってきたんだ。自分でやりたいってのは理解できる。みんなに希望を灯したいってのも、父さんのことだから本当なんだろうね。……くっ! だったら、オレが護衛としてついていく! それなら問題はないだろう?」
魔王はしばらく黙った。まるでその間に気づけと言わんばかりに。しばしの沈黙の後、ようやく魔王は口を開いた。
「アミス、それこそもし何かあった時、誰がこの国を仕切るのだ? 私が人間国に向かっている間誰がこの国を見る? この国を思い、より良くしたいと思っているお前にしか任せられないんだ。頼めないかい? アミス」
「……(確かに浅慮ではあった。オレたち2人とも出払っては意味がない。しかしだとすればどうする? オレが行くことも叶わない、2人で行くことも叶わない。であればやはり認めるべきなのだろうか? 父さんの願いを)」
アミスは眉間にシワを寄せ奥歯を噛み締める。アミスは納得はしていない。だが理解はしている。国交はしなくていいとの考えもあるがそれを言ったところで解決しないのは既に予想できる未来だ。
「分かった。その間オレが国を見るよ。だけどこれだけは頼む。怪しいと思ったらすぐに帰ってきてくれ。その時は潔く人間との国交は諦めよう。それでいいか?」
「ありがとうアミス、お前ならそう言ってくれると思っていた。約束……忘れないよ」
にこやかに手を差し出す魔王。魔人族の文化として何か話し合いに決着がついた時、握手をして約束を誓うという文化がある。
差し出された手を取るか否か一瞬迷うアミス。半ば諦めの気持ちでその手を握った。
「──あなた、アミス、ミゼルさん。もうこんな時間よ!ご飯にしましょう!」
「そうだね、みんな行こうか」
現魔王と女王は踵翻し食卓へと向かった。物凄く満ちたりたような表情と背中で。そんな光景を前に、アミスは小さく呟いた。
「300年も忌み嫌っといて、そんな急に仲良くしようなんて思えるのか? なんで、そんなに信じられるんだ……父さん」
「……アミス様?」
本当に小さくふ呟いたことで内容自体は聞こえなかったようだが、先ほどまでの問答と今の表情でなんとなく理解したようだ。
「アミス様、私も人間と国交を結んで国が豊かになればって思います。アミス様もそこは同じなんですよね?」
「当たり前だよ。もし本当に国交を結べるのならそれに越したことはない。ひもじい思いをする子供がいなくなるんだ、そりゃ素晴らしいさ。実現したいよ。……だけど、どうにもオレは人間が信用出来ない。だけどみんな歓迎ムードだからさ、オレがおかしいのかなって……オレ、心狭いかな?」
「そんなことありません!」
この2年の中で一番大きな声を出したミゼル。その声にアミスは目を瞬かせ、当のミゼルも自分がこんなに声を出せるとだと驚愕していた。
「あっ、えっと……すいませんいきなり大きな声を」
「いや、確かに驚いたけど……急にどうした?」
ミゼルは恥ずかしそうに下を向き、頬を染める。視線をうろうろさせ焦点が定まっていない。だが、意を決し照れながらも呟いた。
「アミス様は、心が狭くなんかありません。反対するのも自分が嫌だからなんて理由じゃない、常に誰かのためです。国のため、民のため、家族のためです。私は知っています、アミス様が自分の食べ物を躊躇なく子供に与えられる人物だと。私は知っています、アミス様が民の幸せを常に願っていることを。私は知っています、アミス様が……好きなものは絶対にあきらめない人物だって。そんな人が心が狭いわけありません。みんなそんなこと言いませんし言わせません。私はそんなあなたがずっと──」
「──お〜い!早くしないと冷めてしまうよ!」
食卓から父親の声が聞こえる。ミゼルの言葉は言ってしまえばしょうもないことで中断されてしまった。
「えっと、ミゼル、最後何言おうと?」
ミゼルは食卓に向かい足を運び、数歩先で立ち止まった。そしてくるりと体を翻しにこりと笑う。
「内緒です!」
「ええ〜、そんなのありかよ!なぁミゼル教えてくれよ〜!」
今日も変わらず笑顔で終わる。明日も明後日もその次の日も。食卓に並び向かう2つの背中はそれを信じて疑わない。だが──こんな当たり前の幸せは永遠には続かなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます