人格者な魔王は人間に復讐を始めます 〜それを止めるは異なる世界の者たちです〜

依澄つきみ

第一章 魔は堕ち

魔は堕ちる①

 とある王国の中心にある闘技場。この地下にて、とある男女が幽閉されていた。


 男の方は壁から伸びる鎖に繋がれており、身動きが取れずにいる。白髪の頭は流れた血で赤く染まっていた。


 対して女性の方は、まるで死んでいるかのように動かない。元々金であったであろう髪は真っ白になっており、所々残る金髪がその悲惨さをさらに上乗せする。


 そんな2人の前に、服を綺麗に着飾り髭を蓄え、下びた笑みを浮かべる小太りの中年男性が背後に3名引き連れやってきた。


「──やぁ、君たちにしては最上級の部屋を用意したのだが、気に入っていただけだかね?」


 この男はこの国ーーアウフェーラの国王だ。捕らえた囚人の姿を見るため、護衛を引き連れやってきたらしい。長く拵えた口髭を指で何度も触っている。


「……頼む……」


「──ん?」


 捕らえられた男は今にも消えそうな声で懇願を漏らす。


「頼む……妻だけは……逃してやってくれ……頼む……」


 ただでさえ赤く濡れた頭を何度も打ち付け懇願する。地面を砕く音と結ばれた鎖が狭い空間でこだまする。


 そんな光景に王は手を止め、背後にいる1人の兵に前に出るよう指示をする。


「貴様、自分が置かれた立場を分かっていないのか? ん? この女を逃してこちらに何のメリットがある? 貴様らは残り少ない時間を惨めに過ごして居れば良いのだよ! 分かったか? ──魔王め!!」


 王が手を空ぶらせる。それを合図に先ほど前進した兵が魔王と呼ばれた男の顔を思い切り蹴り付けた。


「ッ! ……頼む……妻は……」


 頭を打ち付け、蹴り付けられてもなお懇願を止めることはない。その姿に王は苛立ちを覚える。


「ぐぬぅ、やれ……もっとやってしまえ!!」


 残りの2人の兵にも指示を出し、何度も、何度も蹴りつけた。数発、数十発、あるいは数百か、数えるのも億劫になるほど蹴り付けられた魔王は、まるでボロ雑巾のように地に伏す。もはや懇願の声さえ聞こえなくなった。


「ふんっ! ようやく黙りおったわ。だが死なんかのぉ? 死ぬのはの時にしてくれよ。──では、残り2時間の余生……存分に楽しめ!」


 王は去り、残されたのはボロ雑巾と、生きているのか死んでいるのか分からない肉塊。肉体も、そして心もボロボロに打ち砕かれた魔王は小さく呟いた──


「──くたばれ人間……!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 この世界では様々な種族が存在する。人間、ゴブリン、オーク、スライムや魔人など。そして人間以外の種族は大きくモンスターとして分類されている。モンスターは村を襲うなど人間に害をもたらすとして討伐の対象となっている。その中で一つ異質な種族がある。それが魔人族だ。


 この魔人族は非常に人間に近く、姿形はそのまま人間と遜色ない。言語も同じだ。性格は非常に温厚で、人を襲ったり村に食糧を奪いにいくなど、そのような悪行は一切行っていない。


一説ではある種から人間と魔人に枝分かれしたのでは?と言われている。では、そんな魔人族がなぜモンスターと分類され、そして人間から忌み嫌われているのか?それは魔人族の特徴にある。


 先程も述べた通り見た目や言語は人間と同じ。だが決定的に違う部分が存在する。それは以下3点である。


まず、体が魔素で構成されているという点。魔素は魔法を行使する際必要になってくる空気中に漂っている粒子のようなものだ。その塊である魔人は、死ぬと魔素を留める力がなくなり霧散して消える。


そして2点目はそれぞれユニーク魔法と呼ばれる個々それぞれの魔法を有していることだ。その為、もし魔人が攻めてきた場合なす術なく死滅させられる可能性が高いと言われている。そして3点目は、長寿であることだ。人間と比べて約2倍ほど生きられるとされる。


 これらの相違により、魔人は昔から気持ち悪がられ、その温厚な性格ゆえ歯向かうことをしなかったことが人間に拍車をかけ、ついには辺境の地へ追いやられてしまった。しかしこれでも魔人族は人間に恨みは抱いておらず、辺境でとても裕福とは言えない王国を築き、平和に暮らしていた。そう、あの日までは──


 ──時は2年前に遡る。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ここは魔人族の王国、マルム。人間に迫害され辺境の地に追いやられた魔人族はここで国を作り暮らしていた。現在この国は建国の末裔とされるマルム家が代々王位を継承している。王は国民皆に愛され、王も国民を愛していた。お世辞にも豊かな国とは言えない。だが、心だけはどこの国よりも豊かで美しかった。


「──どこかに出かけるのかい?」


 白髪で髭を蓄えたお爺さん。この人が現在この国の王である。そして魔人の王ということで魔王と人間からは呼ばれている。そして語り掛けられたこちらも白髪の青年は、この王の息子、すなわち王子である。名はアミス。


「ああ。少し散歩してくるよ。確かぁ昼に来るんだっけ?その時までには戻るよ」


「いってらっしゃい我が息子よ」


「行ってきます父さん」


 踵を翻し、青年は町へ足を運ぶ。すると早速、数人の町民が話しかけてきた。


「アミス様! おはようございます! 今日はどうなさったんですか?」「あらっ! アミス様がいらっしゃったわよ!」「アミス様アミス様! 見てください、僕魔法こんなに使えるようになったんですよ!」


 などと口々に言葉を発する。そのどれもが王子を歓迎するものだった。この群衆の中に彼を嫌うものは誰1人としていない。


「おはようみんな。別にどうってわけじゃないんだけどね。おっ! すごいなその魔法!」


 アミスは優しく微笑みながら、魔法を見せてきた少年の頭をなでた。それに満足したのか、少年は満面笑みを浮かべながら母親の元へ戻っていった。


「そういえばアミス様、今日……ですよね?」


「……あ、ああ。今日、だよ」


 その言葉に、その場にいたものは狂喜乱舞する。ある者は拳を天に掲げ、ある者は仲間と酒を酌み交わし、またある者は近くの者と抱きしめあっていた。何も知らない者からすれば異常とも言える光景だ。


「怖い怖い怖い! 君ら俺のことでよくそんなに喜べるね? もっとエネルギー別のところに残しといたほうがいいと思うよ」


 あまりの歓喜に、祝われている側の王子も若干引いている。温厚で優しい魔人族といえど、普段他人のことでここまで舞い上がったりはしない。


「なに言ってるんですか? アミス様がついに婚約されると聞いて舞い上がらずにいられますか?いいえいられません!」


「は、ははっ、ありがとう」


 そう、この青年アミスは今日婚約をする。相手は小さな頃から仲良くしていた少女。いわゆる幼い馴染みだ。身分は村にいる普通の娘。魔人族の王族はあまり力を持っておらず、王族側が結婚したいと思っていても、相手が了承せねば認められない。もし振られれば婚約は出来ないのがこの国のルールだ。逆に言えば両者の合意があれば、どんな身分同士でも婚約できる。


 そしてこの青年アミスは幼馴染みの女の子に何度もアタックしては振られ、アタックしては振られを繰り返していた。振られた理由は、「いずれ王となるあなたに私は相応しくない」との理由だった。


 そういう理由ならば、ということで何度も告白をした。そばにいて欲しいと告げた。そしてようやく最近、了承してもらえたのだ。実はその事実を村の住人たちは知っており、その為あの反応だったようだ。


「いや〜あの小さかったアミス様がついに婚約かぁ。年とったなぁ」「ほんとだよな。あの何回も振られてたアミス様がついに婚約」「そうそう。振られるたび物陰で泣きっ面をしていたあのアミス様がついに婚約だ!」


「……もしかしてオレバカにされてる?」


 何とも言えない微妙な表情を浮かべるアミス。その時、視界の奥に小さな子供2人を見つけた。6歳ほどの男の子に4歳ほどの女の子だ。その子供は痩せており、ふらふらと歩き回っていた。


「──お腹が空いた。何か手軽に食べられるものを売ってくれないか?」


 そう言ってアミスは懐から銭を取り出し、店の店主に渡す。


「えっと……今はパンくらいしかお出しできませんが……」


「それでいいよ。お願い」


「はい、ただ今!」


 こうしてパンを購入したアミスは、そのパン片手に先程の子供達の元へ歩いていく。警戒する子供の前に立ち、そして目線を合わせるようしゃがみ込んだ。


「おはよう。君たちは……村の子かな?」


「えっ? ……ア、アミス様? おはようございます!」


「ま……ます!」


 話しかけてきたのがアミスだと気づき、姿勢を正す子供たち。その子供たちに、先ほどのパンを差し出した。


「ねぇ、このパン食べてくれないか? 間違えて買ってしまってね、今オレはお腹が空いていないんだよ」


「い、いや……でも……だったらお腹が空いた時に」


「オレは強いからね、オレほど強くなるとお腹が空かないんだよ。だからさ、これは君たちに食べて欲しいんだ。受け取って、くれないかな?」


 優しい笑みを浮かべ再びパンを差し出すアミス。顔を見合わせ無言の意思疎通をする子供たち。そして再びアミスの目を見ると、ゆっくりパンを受け取った。


「あ、あの……ありがとうございます!」


「ま、ます!」


「ちゃんとお礼言えて偉いぞ! 君達はそのまま優しい魔人に育ってくれ」


 帰り際一礼をして帰った子供たちの顔は、満面の笑みだった。


「いや〜、さすがですねアミス様!本当にお優しい」


 その言葉に、一応の礼はするものの、発せられた声は少し悩みを孕んだようなものだった。


「ありがとう。だけど、本来こんなことをしなければならないことがおかしいんだ。みんな平等にお腹いっぱいになる権利があるはずなのに……オレが王になったら、頑張ってこの国を豊かにするよ。何年かかっても……絶対に──そろそろ帰るよ。せっかく婚姻してもらったのに遅れたらおじゃんになるかも知れん」


 そう言ってアミスは踵を返し、町を去った。その間、町の住人は姿が見えなくなるまで見送っていた。誰が言い出したわけでもない自然に生まれた行動だ。


 家に帰ったアミスは、婚約者を待つ間、身支度をする。一度気になりだすと止まらず、ずっと髪をいじっていた。


「(なんだろう、全然決まらない……くそっ、寝起きの髪のまま1日すごす生活をしていた弊害か?)」


「アミス、あなたの大好きなフィアンセが来たわよ」


 そう言って呼びに来たのは、アミスの母親だ。つまりこの国の女王である。赤紫がかったその髪は綺麗に束ねられている。


「(仕方ない、もう変わらんか)今行くよ」


 髪を整えるのは諦め、玄関の方に走っていく。早く会いたい、その気持ちが先行して足が縺れる。もう少しでせっかく整えた身嗜みが崩れるところだった。


 アミスとその両親は玄関前に待機する。求婚した側はこうして家の中で家族全員で待機し、求婚された側は相手の家の玄関を己が手で開け、そして中に踏み入ることで晴れて婚約成立となる。この間心臓がバクバクである。もし来てるのに開けてくれなかったらどうしよう? 開けてもその場でごめんなさいと言われたらどうしようと、マイナス思考がアミスの頭の中を支配する。


 父親は耳元で「私もこの瞬間は心臓が飛び出るかと思ったよ」と呟いた。やはりみなそうなのだなと思うと、少し緊張が解ける。


 大きく深呼吸をし、玄関一点に視線と意識を集中させる。そして運命の時。


 扉は開かれ、そこにはアミスの愛しの相手、ミゼルの姿があった。彼女はそこで立ち止まり、大きく深呼吸をする。そしてアミスを眼前に捉え――敷居を跨いだ。


「この度はこんな私めに寵愛をいただき、ありがとうございます。アミス様、私は……あなたを永遠に支えることを、誓います……!」


 金色に輝く髪を揺らし、頬を赤く染めながら微笑んだミゼル。そんな彼女を、アミスは抱きしめた。


「ミゼル、オレは君を絶対に君を守るよ。これから先、一緒に笑い、一緒に泣き、一緒に悩み……一緒に、生きよう」


「──はい……!!」


 2人は口づけを交わす。その後婚姻の報告は国中に伝えられ、魔人全てがこの婚約を祝福した。2人は目頭を熱くし、もう一度抱きしめ合う。約束を噛みしめるように。


 守る。永遠に支える。この約束が果たされることがないことを、彼らは知る由がない。

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