魔王の所業

「チェッチェッコリ、チェッコリッサ♪」


 ウィンドルームの広場で実験体共の死体を積み重ねて火を放つ。

 昔やったキャンプファイアを思い出してついつい口ずさんでしまった。


 疲れてると心の余裕がなくなって周りへの気遣いを忘れてしまう。

 遠くから感じていた住民だと思われる視線が、俺が歌ったら「ヒッ」とか言う声と一緒に消えてった。


 死体をそのままにしたら疫病とかになるかも知れないから、一応気を利かせてやってることなんだけどね。

 

 昔庭先で死体の山になって迷惑かけてくれた、どこぞの国のアホ共と同じ事はすまいと変な道徳観念を絞り出したのがいけなかったのかな。


 人目に触れないようにやるべきだったのかも知れないが、領主の屋敷の地下で火を点けたら屋敷が燃えちゃうかもだし。

 街の外で燃やして万が一山火事とかになったら大変だし。


 悪いことをしていないのに、悪いことをしてると思われる。

 誹謗中傷あるあるだよね。


 もう辺りは真っ暗だ。


「一度休むか?」

「いや、問題ない。

 ラスティスとやらの安否も気になるしな」


 俺が休みたくて言ったんだが、シュテンが勘違いの結果一番返して欲しくない答えを返しやがった。


「……じゃあ、行くか」

「ああ」


 青ざめた顔で目を合わそうともしないお嬢さんと、そのお兄ちゃまの為に、俺の苦労はまだ続く。

 なんか納得いかないな。




 シェルターに帰るマサルやトリィ達とウィンドルームで別れ、俺達はこのまま聖都まで突っ走る。


 理由は三つだ。

 一つはラスティスとかいう勇者の確保。

 これはお嬢さんに同情的なシュテンやスズカの意見を汲んだというのもあるが、もう一つの目的が大きな理由だ。

 

 そのもう一つってのが、この兄弟に仕事をして貰うこと。


 勇者なら注射をプツッとやればヤコウの言うことに逆らえない。

 あれだけ派手に顔をさらしたのだから、天使に吹っ飛ばされたとはいえ皆に勇者と認知はされただろう。

 だったらソイツを使って聖教国民の印象操作位はできるんじゃねーかなって。

 生きてればだけど。


 国家が団結し、発展し続けるには巨大な敵が必要だ。

 聖教国にはこれからも敵であり続けて貰わなければならない。


 俺、SINや俺の中のアンドロイド敵に回す気ないもの。


 すでに文明を手にし、あとはその版図を広げていくだけの現代人類。

 彼等が一丸となって、その手を日本から世界へ向けていく為には、まだまだ時間が必要だ。

 人は敵なしに団結できない。

 だから若干格下の敵が常にいるのがベストだと思う。


 なんだけど、聖教国は聖人という旗を失い、このまま放置すると敗戦ムードの中で勝手に自滅しかねない。

 なのでこの戦いで魔王は重傷を負い、眠りについたということにする。

 うん、やっぱ魔王といえば封印だよね。


 この戦いが引き分けだったと思えば、聖教国民も立ち直るだろう。

 聖人が天使に刺されたという問題があるが、その辺りのカバーストーリーも考えてある。

 聖教国では教会が結構な権力を握ってるから、教会の偉そうなのをちょびっと脅して協力して貰って、映える人気者にあることない事言わせれば、情報のねつ造なんぞなんとかなるでしょ。

 

 すでにお兄ちゃまは大々的に勇者と奉られてるから、お兄ちゃまが言った事は国民も安易に否定はできまい。

 お兄ちゃまがぶっ飛ばされたのも、天の試練とか適当こいときゃ問題なし。

 ついでにお兄ちゃまにお嬢さんや家族を守るように命令すれば、お嬢さんや家族もある程度安全を確保できるだろう。


 で、三つ目。


 ピッタの卵を潰しておこうと。

 まあ、これは説明不要で必要だよね。




 …………




 もうすぐ日が登る時間だ。

 徹夜で仕事とかあり得ない。

 ワタクシの働き方改革を切実に要求致しますです、はい。


 まだ暗い中、何とか聖都に到着。


 お嬢さんをバギーの後ろに乗せ、シュテンには待機とバギーの見張りを命じる。

 そのゴツい格好で聖都に入ったら何を言われるか。


「ああ、承知した。

 ミレニアよ」

「……はい」

「私の知るお主とよく似た者は悲惨な死を遂げた。私の力が及ばぬせいで」

「……」

「健やかに、そして幸せに生きてくれ」

「……はい」

 

 何でか知らんが、シュテンがスッキリした顔をしている。

 例えるなら……賢者タイム?


 ウィンドルームの屋敷でパクった外套を被り、門番を秒で気絶させてヤコウとお嬢さんと共に潜入。

 映像から勇者の落下地点はある程度目星がついている。


 木の枝に刺さってビクビクしているものの、ギリギリ生きていたお兄ちゃまを簡単に見つけたので、枝を引き抜いて注射を打つ。


 ヤコウの血液から抽出した勇者洗脳剤。ヤコウの中の覚醒因子も含まれる為に、一時的にヤコウ同様の回復能力が目覚めたお兄ちゃま。

 傷が治っていく。

 お嬢さんがほっとしているが、家族が洗脳されて安心できるものなのだろうか。

 まあ、勇者になった時点で洗脳されたようなもんだけど。


「イウコト、キケ。

 オマエ、コレカラ、イモウト、イウトオリ、ウゴク」

「あぁ……喜んで従います」


 よし。

 あとは屋敷の地下に忍び込んで卵潰して、そのあと教会に忍び込んで任務完了だ。

 俺はなぜスニーキングミッションなんかやっているのだろう?




◇◆◇◆◇


(何が起きたというのだ……)


 眠りに就けばあの夢を見る。

 教皇は、千年祭開催式のあの日から眠れぬ毎日を過ごしている。


 街を出れば野獣がいる。

 怖くて逃げ出したいが、街から逃げ出すのもまた恐怖だ。


 住民達も同じ考えなのか、自宅に閉じ籠もり、息を潜めている。


 教皇もまた、教会にある自分の部屋の窓を閉め切り、閉じ籠もっていた。

 ベッドの上で只目を瞑り、あの日の光景が蘇り、また目を開ける。

 そうして何日も夜を過ごした。


 空に羽ばたく天使達。

 崇めるべき筈の存在が、恐怖の象徴へと変わったあの日。

 そして、昨日。

 ここに邪竜が現われた。


 天使が邪竜の魔術によって墜とされ、三体の天使は邪竜を追うようにこの地を去った。


(あれは……魔王? ならばアレはやはり天の使いか。

 ではなぜピッタ様を……)

 

 目を瞑りながらひたすらに考える。

 少し考えすぎたのか、熱を持った頭に当たる風が心地良い。


(風? ……なぜ!?)「ムグゥッ!?」


 締め切った部屋に吹き込む風。

 教皇は感じた違和感を、しかし口にすることは出来なかった。

 突如部屋に現われた、外套を目深に被った男に口を塞がれていたからだ。


 強い力だ。

 骨が軋み、顎が砕けそうな程に。


『やあ。教皇。

 あー違うな……こういった方がいいのか?』


 男は少し思い悩み、そしてこう告げた。


『我は魔王。

 お前に選ぶ権利をやろう。

 従属か。それとも死か』


 教皇は疑うことも出来なかった。

 血に塗れ、光源もない部屋で目を輝かせ、まるで聖人の如く頭に直接語りかけてくるこの男の言うことを。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る