サイズタイド

 オーガに送られイーストサイズに到着したルヴィ。

 後は聖教国に戻るだけ。


 魔王国で過ごした僅かな時間は、今まで過ごしたどんな日々よりも濃密だった。

 魔王城下、走り回る子供達。

 笑い合い、生活する人々。


 非道なる魔王国。

 悪逆なる魔王。

 住人達は虐待に晒されているか、聖教国を侵略するため魔王に命じられるまま刃を研いでいると思っていた。


 信じて疑わなかった常識そのものが崩壊した。


(でも、だからといって……)


 何も変わらない。


 自分は只の冒険者。明日をも知れぬ根無し草。

 自分が戻って何を言ったところで聖教国は変わらない。

 異端者と断じられ、処刑されて終わるだろう。


 知った全てを胸に秘め、これからも変わらず生きていく。

 それで良いと思っていた。




 イーストサイズの街の手前で機関車から降りる。

 血で汚れた嘆きの壁を通り抜け、聖教国への道を進む。


「ウェストサイズまでは送ろう。

 道中不安もあろう」


 そういって見送りを申し出たオーガを断り切れず、共にサイズタイドへと入ると一人の男がオーガまで走り寄ってきた。


「オーガ様。

 急で申し訳ありませんが、領主が至急お越し頂きたいと」

「ふむ……すまん、少し待っていてくれ。

 使者殿、案内を頼む」


 無視して聖教国へ戻ろうか。

 一瞬頭をかすめた考えを振り払う。

 相手は四天王の一角。

 まだ、ウェストサイズへの道のりが残っている。

 印象を悪くすべきではない。




 暫くしてオーガが帰って来た。


「すまぬが緊急事態だ。儂の名で話を通してある。

 今日はこの街の宿に泊まってくれ」

「何かあったんですかい?」

「ウェストサイズは戦場になるかも知れん。

 今戻るのは危険だ」

「はい?」


(なにが起きたってんだい?)


「儂はこの後、また急ぎ領主の館に行かねばならん。

 宿の場所はこの道を進めばすぐに解る。

 ではな」

「あ、ちょっ……」


 ルヴィ達を放置し、すぐに館へとまた帰って行ってしまったオーガ。


「どうする?」

「どうするって言われてもね……」


 サフィラスの言葉に顎を指で掴み、頭を捻る。


(ここにいるのもおかしな話だね)


「戦の話が本当なら巻き込まれる前に帰るべきだし、嘘ならアタイらは欺されることになる。ここにいる理由はないね。

 従ってたら、いつ帰れるか解らないんだ。

 門番の隙をついてウェストサイズに戻ろう。

 オーガの言うとおり、そんなに切羽詰まった状況ならアタイ達に構っていられないはずだ。本当にヤバそうなら最悪またここに戻れば良い」

「……わかった」


 その後暫くしてから衛兵の隙をついて門を抜け、ウェストサイズへの道を進む。

 戦に備え警戒するサイズタイドを抜けるのに悪戦苦闘しながら。


「誰か来る。隠れて!」


 後ろから聞こえた音を察知し、茂みに身を隠す。

 その前を黒い鎧の人馬と、その背に乗る黒衣の男が走り抜けていった。


「あれは……シュテン?」


 戦争になるというのは本当かも知れない。

 懸念はあれど、ここまで来たのだと聖教国の警戒の為東側の警備が緩くなったウェストサイズに侵入する。


 ルヴィ達がイーストサイズを出て一週間後のことだった。




◇◆◇◆◇


 オメギスは懐の熱線銃に手を添え、そして手を離した。


 当初の予定では勇者と合流し、後から来る天使と共にサイズタイドに侵攻。

 黒騎士達を仲間に引き入れ、予めウィンドルームに運び入れておいた兵器を手にし、その後一気に侵攻をかけるはずだった。


 だが天使は邪竜を追跡し、先行してしまった。


 MINDWEDGEを埋め込まれたオメギス達にとって、行動と目的はイコールだ。

 彼等は目的の為に行動しているのではない。MINDWEDGEの駆り立てる欲望に沿って行動している。


 天使達に追随し、黒騎士を仲間にし、魔王国へと侵攻する。


 聖教国にとって計算外だったのは魔王国の情報伝達の速さだった。

 オメギス達がウィンドルームからサイズタイドに到着するまでの間に、聖都からサイズタイドに連絡をして見せた。


 聖教国街道に並ぶ害獣撃退機は音と光を発する。

 映像をコード化し、音と光で害獣撃退機はそのデータを次の撃退機、次の撃退機へと伝えていく。

 最終的に届いたデータはSINの制御下にあるサイズタイドで再度映像化される。

 通称”早馬”。

 一度使えば聖教国にその存在を疑われ、撃退機の撤去すらされうる。

 ピッタの目的を知り、兆やマサルの行動を制御できたSINだからこそ、仕込むことの出来た、一度きりの緊急高速通信。


 それ故、聖教国の誰もがこの事態は想定していなかった。

 このケースは何もかもが予想外だった。


 オメギス達は前時代兵器を与えられていた。

 魔王城を攻略する上で必須となる武力だ。

 そう、魔王城を攻略するための武力であって、サイズタイドで使用するための兵器ではない。


(ここでは使いたくはない。戻るわけにも行かない)


 MINDWEDGEの駆り立てる強い欲望がオメギスから、戻って戦力を増強するという選択肢と熱線銃の使用という選択肢を奪っていた。

 



◇◆◇◆◇


(少しまずい……か)


 シュテンとヤコウに与えられた任務は時間稼ぎ。

 ウェストサイズでHC実験体達を足止めすること。


「ウェストサイズを攻略すれば黒騎士と合流できると情報を与えてやれ。そうすれば奴らは退かずに向ってくるはずだ。俺達が合流するまで後は持ち堪えろ。それまで生き抜けばお前達の勝ちだ」


 兆の言葉に従いウェストサイズの門前で構えを取る。


 敵は五十体。

 有り難いことに兆やSINが予想した実験体の数よりは人数が少ない。


 彼等は先遣隊だ。

 ウィンドルームに隠れ潜む本体は、黒騎士達の合流を待っている。


 全軍をもって侵攻していたのなら、ウェストサイズは今頃既に蹂躙されていたのかもしれない。

 それでも敵の数は五十。


 不死と見紛う回復力をもつ彼等に、クロスボウでは余程精密に急所にでも当てない限りトドメを刺すことはできない。


 戦線は徐々にHC実験体側に傾いていた。


 シュテンはHC細胞実験体に比べて、決して動きは俊敏ではない。

 車両によって直進走行のスピードこそ彼等を越えるが、シュテンの刃はHC実験体を捉えることが出来なかった。

 HC実験体の刃もシュテンの装甲を貫くことは出来ず、戦いは膠着状態だった。


 ヤコウの機動力はHC実験達と同等。

 数はオメギス達が上。

 どう考えても勝ち目はない。


(勝つことが目的ではない。時間さえ稼げれば良いのだ)


 自身を叱咤し、実験体から追った傷から漏れ出たオイルで滑りそうになる刀を握りしめる。

 囲まれないようサイズタイドの住民達の援護射撃を利用しながらポジショニングし、シュテンを盾にヤコウの鎖鎌による遠距離攻撃で敵にダメージを与えて足止めし、間合いを取る。

 それしか出来なかった。


 ほんの僅かなミスで命を失う綱渡りのような攻防。

 戦いの時間が長引くほどシュテン達が不利になる。


「ヤコウ!」


 ミスなく動ける人はいない。

 疲労の中、足を滑らせバランスを崩したヤコウに、HC実験体達が殺到する。


 ヤコウが撃たれれば、ヤコウに分散していた戦力が全てシュテンに集中する。

 シュテンとヤコウ。 

 一人でもやられてはならない。

 これはそういう戦いだった。


(限界……か!?)


 ヤコウに群がらんとするHC細胞実験体を止めようと降り注ぐ、矢の雨をかいくぐり一人のHC実験体が刃を振り上げたその瞬間。

 その凶刃を妨げるかのように撃ち込まれた水の弾丸。


「……なぜ?」


 彼等は決して仲間になったわけではない。

 魔王国での暮らしの中で感じ入ることはあったかもしれない。

 それでも、彼等は聖教国へ戻ることを選んだはずだ。


「知らないよ!」

「?」

「でも、おかしいじゃないか!

 聖教国にそんな奴らがいるなんて聞いてない!

 ……何が起きてるかなんて理解できた訳じゃないよ。

 でも、そんな潜影凶手とか呼んで悪者扱いしてきたはずの奴が何人もいて、そいつらがこの街を攻めてて、街の住民達が必死に抗ってる。こんなのおかしいってことくらい解る!」

「……」

「アタイらは言われた通りに生きる家畜じゃない。

 考えて生きる人なんだ。

 自分の目で見て、考えて動く!」

「……そうか……あと三十分だ」

「?」

「仲間の合流まであと推定三十分。持ち堪えれば我々の勝ちだ」

「……解った。信じるよ。

 いいね!? サフィラス! エメラダ! トパース!」

「おう」

「そうですわね」

「ふむ」




 その戦いの結果は決して華々しい結果などとは呼べない。

 シュテンもヤコウもルヴィ達も、誰一人オメギス達を一人も仕留める事は出来なかったのだから。


 嬲られる様な我慢だけを強いられる戦い。

 傷だらけの彼等を見て、彼等を勝者などと思う者はいないだろう。

 だが彼等は彼等の成すべき事を成した。


(……ソーン……いや、違うな)


 きっちり三十分後、開け放たれたウェストサイズの門より姿を現した軍勢。

 四輪の車に跨がり駆ける兆と、その後ろに座るミレニアを先頭に、追随する狼と鷲の軍団。

 彼等の到着こそがシュテン達の勝利の証だった。

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