月の下で鈴が鳴る

 口撃から始まった戦いは、一見派手だが中身はとても地味だった。


 ルナはガスグレネードを発する事が出来る。

 相手は集団。

 数がいるなら炎で包むことが勝利への近道だ。

 脚を止め、鉄杭で撃ち抜く。

 反動による体勢崩壊を避ける為、翼が破壊されたウィシアは使用しなかったが、電磁加速さえさせなければ鉄杭自体はノーリスクで発射できる。


 しかし、スズカはバギーに乗っている。

 マガミ達の足の速度も中々のものだ。

 炎で包む前に場所を変えられ、鉄杭はスズカのスーツケースで迎撃されてしまう。


 一方スズカはマガミ隊を引き連れている。

 数は十。

 熱線砲の弾幕で撃ち落としたいところだが、敵は三次元で縦横無尽に動き回る。

 その上、元は警備アンドロイド。

 銃口の向きから弾道を正確に予想し、弾幕の隙間を見切って限界突破で発射前に弾道から身を躱す。

 ガスグレネードでマガミ達を動かし、マガミ達に背を向かせ、的確な射撃を許さない。


 熱い紅蓮の攻防はその見た目に反し、将棋のように相手の逃げ道をどちらが先に塞ぐかという、選択肢の削り合いとなった。

 

「あら、大口を叩きながら逃げるしかできないのかしら?」

「アナタの吐く息が臭すぎて近寄る気にもなれないわね」


 逃げるスズカと追うルナ。ミスをした方が撃たれる。

 互いに決め手に欠ける消耗戦。


 今この瞬間においては。


(この勝負、ワタクシの勝ちですわね)


 スズカはバギーを運転しながらルナの攻撃を撃墜している。

 つまり、スズカの意思で攻撃していない。


 事実スズカの兵器、スーツケースはSINの制御下にある。

 鉄道の各所に設置された通信機を経由し、射撃を行っている。


 そのことにルナは気付いた。

 

 背中を見せれば撃たれるだろう。

 流石に今から戻って通信機を破壊するという訳にはいかなかったが、このままスズカが逃げ続ければ、スズカは通信圏外へと出て、自らを守る盾を失う。


 一方でこうも考えていた。

 それに気付かぬ相手ではない。


 スズカはおそらく誘い込んでいる。

 自分の仕掛けた罠に。


「きゃぁっ」


 そう考えたルナはスズカの行く道を妨害せんと、ガスグレネードを叩き込む。

 スズカのスーツケースはコレを撃墜するが、空中で爆破し、それでも火の粉を振らせる。

 たまらず進路を変えるスズカ。

 そのスズカに追随し、背中越しにガスグレネードの発射予測位置へと熱線砲を撃つも、ルナを捉えられないマガミ達。


「どこへ行こうとしているのかしら!?」


 スズカがの思うとおりには進ませない。

 視界の先に森が見える。

 森ごと焼いて、目の前の売女を始末してやる。


 ルナの顔に勝利を確信した笑みが浮かんだ。




◇◆◇◆◇


 兆の為に存在する。

 では兆とは何なのか?


 それはスズカにとっても答えを出すには難しいものだった。

 飽き性で手を付けたものをすぐに投げ出す。


 他者に興味がなく、女性には良い格好をする。

 そんな普通の男。


 生前の記憶のせいで他者との関わりを避ける兆が、変わり始めたのはいつからだっただろうか?


 スズカはずっと演じていた。

 兆の為に生きる為には兆の傍らにいなければならない。

 だが兆が兆である為には自分は本来不要なのだ。


 だから兆の言うことには従順に振る舞っていた。

 兆の望むスズカを演じ続けた。


「何でもするから……」


 そう言って懇願した兆との始まりのあの日。

 あれからもう八百年以上の年が経つ。


 既に兆の分身がいることは知っている。

 だが人間のスズカにとっては、今の兆こそが兆だった。


 兆は変わった。

 兆にとってスズカはいなくてはならない存在となった。

 その兆がスズカを頼った。


 「お前を死なせはしない。だから、力を貸してくれ」と。

 本当はスズカを失うかもしれないと理解しながら。

 スズカはそれが嬉しかった。


 喜びは書き込まれた原則のせいか、それとも人間のスズカの感情か。


(どっちでもいいわ)


 もう仮面を外して良いだろう。

 聖人達の最前線に立ち、聖教国最東端、フットハンドル開拓を引き受けた女性が、本来守られるだけのか弱い存在であるわけがないのだ。


(私が兆を守る)




 ルナはスズカの誘い込みに気付いた。


 森までルナを誘導し、潜ませたトリィ隊で包囲する。

 それが作戦だった。


 天使の足止めに失敗すれば、兆の勝ち筋はシェルターに敵を誘導し、防衛装置とW,Eシリーズと合流し迎撃するしか残っていない。

 敵は追跡をやめ、敵もまた増援を待つだろう。

 そうなれば魔王城に、住民に必ず被害が出る。


 失敗後にも備えなければならない。

 だからスズカに貸し与えられたのはマガミ隊とトリィ隊だけ。

 

 その為、罠の範囲は狭い。

 既に大きく進路を変えられ、トリィ隊の所までは辿り着けそうにない。


「さっきからゲーゲー吐き散らかして、マナーも知らないの? 見た目だけじゃなく心も下品ね!」


 だったらなんだというのか?

 頼りっぱなしで生きることを、共に生きるとは呼ばない。

 兆は、兆の造ったスーツケースは約束通り自分を守ってくれている。

 であれば自分も約束を果たすべきだ。


 敵が罠にかからなかった。

 ならば自分の力で撃ち落とすまで。


 スズカは大きくそびえる木に向ってバギーを加速させる。


「はっ、諦めて自殺でもする気ですこと? 精々上品に死ぬことですわね!」


 当然そのまま走り続ければバギーは大木と衝突。

 その後の結末は解りきっている。

 だが、


「私がどうしてこれをやらないと思っていたの!? 限界突破!」


 衝突前に身を投げ出す。


 加速した感覚の中で、共に駆けたマガミの熱線銃アームに正確に捕まり、マガミと共に森の中へ姿を消す。


「あ゛ぁあ!」


 決してスズカの体はアンドロイドとしては丈夫ではない。

 腕にちぎれそうなほどの負荷がかかる。


 バギーは大木と衝突し動きを止める。


「逃がしません・・・・・・っ!?」


 ルナはスズカを追って飛行していた。

 当然急には止まれない。


 ルナが今まで熱線砲を避けられていたのはスズカのスーツケースがスズカを守ることに専念し、鉄杭やガスグレネードの迎撃に専念していたからだ。

 マガミ達が背を向けまともに狙いをつけられなかったからだ。


 だが、その状況が変わった。


 ルナがスズカに気をとられ、ガスグレネードを放とうとスズカに顔を向けたとき。

 自分の下にはバギーが、そこに残されたスーツケースがあった。


 そしてスーツケースはまだSINの制御下にある。

 スズカの意思なくして自ら敵を討つ兵器だ。


 スーツケースから放たれた熱線銃はルナに狙いを定め、


「そんなっ!!」


 その翼を撃ち抜いた。

 

「がはっ!」


 大地に落ちたルナ。

 その視界の端が森から飛び立ち、こちらに向ってくる十羽の鳥を捕えた。


「ふ、ふざけないで・・・・・・っ!?」


 腕に仕込んだ電磁加速砲を起動させる。

 森に逃げ込んだスズカの姿を捉えるべく、サーモグラフに視界を切り替え、スズカの背中を撃ち抜く為に。


 そのサーモグラフは熱線砲を構える狼たちを捉えた。


「いやっ! いやよっ!」


 電磁加速砲が放たれるまでの僅かなチャージタイム。

 それを見逃してくれる慈悲は狼たちにはなかった。

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