聖人の感情

 戦いには流れがある。

 その流れが良くない方に向いている。


 最初は順調だった。

 兆はきっと現われる。

 ビリオンはそう読んでいたし、その読みは間違っていなかった。

 これ見よがしに聖都を護り、HC実験体を進軍させる。


 魔王はヒャッキヤコウを知っている。

 当然予測するだろう。


 そしてHC実験体が黒騎士を引き連れ、自身の元に来ることを恐れるはずだ。

 だからそうなる前に現われる。天使を撃ち落とすために。


 そして現われた。

 だがその戦闘結果は読み通りにはいかなかった。


 ラインが撃たれたその瞬間から。

 

 ドランの武力は把握済みだった。

 その上で四体で押さえ込めると判断した。

 兆のスペックを舐めていたわけではない。

 

 それでも勝てる戦略を立てたつもりだった。


 どんな完璧なコンピューターもインプットを間違えればアウトプットを間違える。


 今のビリオン達はピッタの造りだした生物兵器だ。

 ピッタは魔王襲撃のシミュレーションを何度も行い、勝てる戦力になるまでビリオン達をカスタマイズした。

 だがそのシミュレーションは前提を間違えていた。


 兆の作戦は情報の速さによるものであることは間違いない。

 だが、それを踏まえても兆の作戦はビリオン達の予想からは外れていた。


 もし、絶対に防げず躱せぬ攻撃と、絶対に攻撃が効かない或いは当たらない防御力をもつ者がいたら、それは間違いなく最強だろう。


 国家武力もそうやって進化していった。

 兵士の強さから兵器の強さへ。

 その強さを突き詰めた結果が大陸弾道弾ミサイル。核だ。

 攻められる前に敵を滅ぼす。

 それが最も合理的な戦い方だ。


 兆はアンドロイド。

 四体の戦力をシミュレーションし、最も合理的な戦力を用意する。


 既にヨハンと戦った彼は鉄杭の射出を予想するはずだ。

 だから鉄杭を無効化するべく、できる限りドランの装甲を固め、熱線銃の弾幕による飽和攻撃による進撃を行う。

 これが戦闘シミュレーションの前提だった。


 だからピッタはビリオン達に組み込んだのだ。

 一瞬でもいい。

 弾幕を躱せる機動力を。

 絶対の防御を撃ち抜く矛を。

 悟られぬよう、その身に隠して。


 だが、兆は全く違う行動をとってきた。

 装甲もそのままに、寧ろ威力も命中精度も落ちる武器へと換装して。


 兆は四体に勝つつもりは全くなかった。

 一体倒せればいい。そういう戦略をとった。


(変わっていたというのかい?)


 兆は外に出ず、自分の世界に閉じこもっていた。

 山田として接したビリオンはそう捉えていたし、ピッタもヨハンを通してそう認識していた。


(信頼していたとでもいうのかい?)


 相手が格下で自身に影響がなければ配下に任せていた。

 一方本当に自分が危機に陥ったら自分で何とかする。

 他人など信用せずに、当てにせずに。

 典型的な引き籠もり。

 表面上は他者と触れ合いながらも、根幹では他者を拒絶する者。


 兆のアンドロイドとSINは兆の人格を守る。

 だからこの点は変わらない。

 そう思っていた。


 それなのに、兆はこの危機に仲間を頼った。

 庭と称する自身の街で、干渉する事なく勝手に生きろと放任し、切り捨てていたはずの住人に。


 ラインを倒され、兆の逃亡を許した。

 待っていても一人ずつ撃たれる可能性を考えれば、戦力を整える前に追わざるを得なかった。


 今三体の天使は分断され、一人でビリオンは兆を追っている。


 全く予想していなかった事態だ。


(嫌な予感がするよ)


 兆は聖人達の戦略を読んでいた。

 ならば聖人達が撤退することも当然考えただろう。


 戦力の分断。

 それが兆の戦略ならば、それはおそらくビリオン達を撤退させるためのもの。

 四体でなら勝利できる。

 つまり一体では勝利できないということ。


 そして撤退したビリオン達は黒騎士達と合流できず、兆に滅ぼされる。


(君の思惑通りには動かないよ)


 残った腕にある一撃を打ち込めれば勝負は決する。

 勝機がないわけではない。


 ビリオンは気付いていない。

 兆に対する自身の感情を。

 父を殺された恨みを、未だ自身が払拭できていないことを。


 人間の人格とアンドロイドの人格は互いを引っ張り合う。

 ビリオンに燻る、しかし強烈な感情が、危機を告げるアンドロイドの人格を黙殺した。




◇◆◇◆◇


 地の利と装甲。

 ウィシアは優位に立ってはいたが、勝利を約束された訳ではない。


 上空から放つ火炎弾は、魔獣との戦いも想定された機関車の厚い装甲に防がれ、虎狩りの民に届いてはいない。


 腕に備えた電磁加速砲を機関車に撃ちこみ、内部の燃料を誘爆させれば勝利を得ることも可能だろう。


 だが、その電磁加速砲は、本来兆を討つ為のもの。

 その考えがウィシアに撃つことをためらわせていた。


 戦況は膠着状態。

 走る機関車の屋根に現われたと思えばすぐに影に隠れ、窓から機関車の内部に入り混み身を隠す。

 虎狩りの民の器用な戦い方にウィシアは攻めあぐねていた。


 意地を張らずにさっさと飛び去り、魔王を追いかけるべきなのかもしれない。


 そんな理性をウィシアの感情が否定する。


 このような雑魚共も片付けられずにビリオンの元に戻るのか?

 自身に居場所をくれたビリオンに私はこういうのか?

 やっぱり私は役立たずでしたと。


 自分には限界突破がある。

 矢の弾幕も躱せばいい。


 高度を落とせば攻撃を当てることも可能だろう。


 地の利を捨てようとも、まだ自身は優位にある。

 ウィシアは矢の射程範囲へと少しずつ踏み込んだ。


「マズイのう!

 炎の勢いが増しておるわ!」

「父上!

 我らが祖先は火吹く虎を撃ち倒したと聞いておりますぞ。

 敵は火吹く鳥。

 恐れを成せば我らが祖先に笑われましょう!」

「全くだな!

 ガハハハハ!」


 この戦場の中で聞こえた笑い声。

 ウィシアの怒りの炎に注がれた油。


「舐めてんじゃないわよ! 失敗作が!」


 更なる踏み込み。

 比例して矢の威力は増し、矢の回避は難しくなる。

 限界突破常時発動し、矢の軌道を読みながらそれでもウィシアは虎狩りの民へと間合いを詰めていく。


(限界突破の反動……グッ)


 限界突破は肉体に大きな負荷をかける。

 変異した肉体でもそれは変わらない。


 悲鳴を上げ始めた身体。

 そのとき、ふと矢の弾幕がやんだ。


「矢がキれた? ザマぁないわね!」


 煽りながらも、僅かでも身体を休ませる為に限界突破を解除したその瞬間、ウィシアは視界の端に彼等は姿を見せた。


「行くぞヒューガ!」

「はっ、父上」

「ガ……ガウ」


 二股に分かれ帯電する槍を持つ虎皮を被った男と、その後ろで白い虎のような何かを持ち、立つ男。

 バイデントとそのバッテリー、タイガ。


「喰らえい!」

「おぉおお!!」

「ガウン!?」


 投擲されたバイデント。

 その後ろのヒューガなる人物に蹴り飛ばされる白い何か。


 バイデントとタイガを繋ぐケーブルを視認し、彼等が何をしたいのかをウィシアは理解した。


 それは刺されば致命傷になり得る一撃。

 だが、


「当たるわけないでしょう! バカなの!?」


 投擲の速度が矢の速度を超える訳がない。

 限界突破を使いもせず、自身の脇を通りぬける槍と白い何かを、躱しながら既に意識から外したそのとき。


 ボンッという音と共に身体が揺らいだ。


(何!?)


 傾ぐ身体。

 見れば自身の片翼の根元が焼き抉られている。


(なぜ!?)


 ウィシアの視界が答えを捉えた。

 口から煙を吐く、さっき蹴り飛ばされた白いアレ。


 翼を焼いたのは、自身が使うものと同じ火炎弾。

 

(しま……った)


 体勢は崩れている。

 限界突破を使ったところで焼け爛れた翼では重力には逆らえない。


「廃棄品共がぁ!!」


 ただ落ちる。何もできぬその瞬間を虎狩りの民は見逃すほど甘くはない。


 羽を焼く爆発と同時に、現われた虎狩りの民達が手にするは燃える槍、ルーン。


「かかれい!!」


 槍を逆手に、走る電車から一斉に。

 落ちるウィシアに群がるように飛び掛かる虎狩りの民。


 彼等が立ち上がった後には、何本もの槍を身体に刺され、身体を内部から焼かれた天使の遺体があった。

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