それぞれの戦場

 鷹取真希たかとりまき

 警備アンドロイドに細胞を使われ、自我に目覚めた彼女はウィシアと名乗った。


 遺伝子変異。

 人の手で新たな生物を造り出す。


 宗教、倫理。

 世論を敵に回すその行為は、確立されながらも決して表沙汰に堂々と使われることのなかった技術だ。


 故に技術ファイルにはプロテクトがかけられ、一介の警備アンドロイドであるウィシアには、これをインストールすることが出来なかった。


 同じ境遇にあったルナ。

 月野仁絵つきのひとえ

 ビリオン達が新しき人類を生み出す研究の中、ただ指を咥えて見ているだけの存在。


 そんな彼女達をラインやヨハンは本名を略して、取り巻きと付き人などと嘲った。


 嘆く彼女達にビリオンは役目をくれた。

 ウィシアとルナにとってそれ故にビリオンは心の拠所となった。


 周囲の嘲りが彼女達の居場所を奪う程に、ウィシアとルナはビリオンに依存していった。

 

 それは恋愛感情だったのだろうか、それとも原則に基づいた行動だったのか。


(きっと両方だった)


 ウィシアはそう思っている。

 例え化物の如く姿を変えられたとしても、常にビリオンと共にありたい。


 だから許せなかった。

 自身の道を塞ぎ、ビリオンとの間にはだかる雑魚共が。

 こんな雑魚共に足を止められた自分自身が。


「失敗作のサル共がぁっ!!」


 怒りを叩き付ける相手がいる。

 未だ獣の皮を被る原始人が、身の程知らずにも機関車などと言う文明の上で、ふんぞり返って自身に刃を向けている。


「壊れて燃えな! 失敗作らしくさぁ!!」


 怒号と共に口から吐き出された炎。

 

「全員退避!」


 気付いたオーガの咄嗟の指示に従い、虎狩りの民達は屋根に引っかけていた足を外し、すぐさま機関車の影に身を隠す。

 走る車上。本来なら驚愕すべき身のこなしも、ウィシアにとっては所詮人の延長に過ぎない。


 安定しないだけで空を飛べないわけではない。

 身を守る鉄の身体は、矢は刺されども致命傷には届くまい。

 

 己の絶対的優位を確信し、歪んだ笑みを浮かべる姿は、純白の羽を持ちながらも、まるで悪魔のようだった。




◇◆◇◆◇


 オメギス。

 HC実験体のオリジナルであり、数々の人を殺めた暗殺者。


 MINDWEDGEが命じるままに手を血に染めた男。

 ヨハンの戦闘訓練の為にその身を刻まれようとも、ピッタへの忠誠心は変わらない。

 いや、忠誠心すらもない。

 逆らえぬ命令にただ意思もなく諾々と従う。


 オメギスの任務は千年祭開催式に合わせて進軍し、サイズタイドで黒騎士達を取込み、増強した兵力全軍をもって魔王城に攻め込むことだった。

 オメギスのサイズタイド到着に合わせ侵攻を開始する天使達は魔王領各拠点の中枢を破壊しながら魔王城へと進む。

 その間に取り込んだ黒騎士を引き連れウィンドルームで装備を整え、天使に追随して魔王城へと攻め込む予定であった。


 作戦に従い、ウィンドルームに待機していたHC細胞実験体の内50体を引き連れ、オメギスはサイズタイド侵攻へと歩を進めていた。

 書き込まれた欲望は黒騎士の取込み、ウィンドルームでの武装強化、天使への追随、魔王城での戦闘と虐殺。


「騎士が……いない」


 だがオメギスは早々に想定外の事態に陥った。

 既に天使は頭上を飛んでいった。

 

 何が起きたか解らないが、急ぎ黒騎士を取込み、天使を追わねばならないと欲望が告げる。


 欲望の命じるまま進んでみればもう一つ不測の事態。

 本来ならウェストサイズの付近まで来れば、侵入者を捕縛せんと黒騎士達が現われるはずだ。

 だが、彼等は誰の襲撃を受けることもなく、ウェストサイズに到着してしまった。


「ふむ。感情はあるようだな。驚いた顔をしている」

「ダウ」


 ウェストサイズの門の前に立つ二人。

 人馬の如き重装の侍、シュテン。

 そしてその背に立つ黒い外套を纏った暗殺者、ヤコウ。


「黒騎士達はサイズタイドで待機している。お前達に操らせるわけにはいかんからな」


 手を挙げて合図を送るシュテン。

 ウェストサイズの外壁の上から姿を現す、手に武器を取った住人達。


 クロスボウ、投石機、バリスタ。

 様々な武器が外壁の屋根に姿を現す。


 サイズタイドはシュテンや虎狩りの民の支援によって、戦えるようになった住民達が構成する領だ。

 黒騎士達によって護りは盤石になったが、いなくなったとて街を守れぬわけではない。


「俺達を倒し、先に進めばお前達のお目当てのものがある。さあ、どうする?

 ……ふん、聞くまでもないな」

「タタカウ。ダカラ、ココニイル」

「そうだな」


 刀を抜くシュテン。

 鎖鎌を構えるヤコウ。

 両手に短剣を構えるHC実験体。


 住民も騎士も関係ない。

 今ウェストサイズにいる全ての者達が、武器を手に戦場に立った。




◇◆◇◆◇


(マズい、ですわね)


 ルナの心に焦りが生まれ始めていた。

 魔王を追いかけ、仕留められる時間は限られている。


 タイムリミットはシェルターに辿り着くまで。

 兆が敷いた防衛装置。

 只でさえ手強い兆が、多数の熱線銃の弾幕に援護されれば流石に勝ち目がない。


 ドランと比べれば重量軽く、また魔獣の力でまるでジェットのように飛行する天使とはいえ、本物の戦闘機とスピード勝負となれば分が悪い。


 全速をもって追跡し、何とか離されぬまでもその差は詰まらない。


 勿論、ルナもアンドロイド。

 その辺りが解っていないわけではない。


 もしこのまま魔王城に兆が帰ったならば、退却し、後から合流するHC実験体と共に魔王城を攻めるか、聖都に戻って今一度防衛に専念するか。

 そう考えていたし、ビリオンとも同意していた。


 挽回策はある。

 だがたった一撃、腕に宿った鉄杭をあの黒い機体にぶち込めば勝負が決する。

 そう思うと指がもうすぐかかるところに勝利がある気がして、焦りを生むのだ。


 何とか時間を稼げないか。

 兆との距離を縮められないだろうか?


 タイムリミットはもうすぐ。

 そんなとき、兆が進路を変えた。

 東に飛び続けた機体が、ふいに北へと。


 (どういうつもりかしら?)


 兆にとって、そのまま魔王城に戻ることが一番の安全策だったはずだ。

 今東北拠点に向っても仕方あるまい。


 疑問には思ったが、これは絶好の機会だ。


 空に罠など仕掛けようもあるまい。


(ここで決めさせて頂きますわ)


 兆を追跡すべくルナもまた進路を変えようとした瞬間、大地から赤い閃光が檻のように進路を塞ぐ。


(熱線!?)


 下を見るとそこにいたのは、


「リン、ディアぁ」


 嘗ては共に同じ目的のために進んだ同士。

 医療プログラムを有し、ルナやウィシアと違い、自分の力で自分の居場所を確保していた忌まわしき女。

 その女が多数の狼に囲まれ、バギーに跨がり、こちらを見上げている。


 久しぶりに見たリンディアは美しかった。

 変貌した自分が惨めになるほどに。


「チッ、やはり進路変更は分断が目的か」

(ここは一旦退くべきか? いや、しかし……)


 冷静に撤退を考えるビリオンに、しかしルナは感情を込めた声で、その逆を要求した。


「ビリオン! 行って!」

「ルナ!?」

「魔王を見失いますわ! 勝機が消えたわけじゃありませんのよ! 早く!」

「だが……」


 これ以上の戦力の分断は望むところではない。

 では防衛すれば? また一体一体と撃ち落とされるだろう。

 では実験体と合流すれば? 

 ビリオンはこれを不可能と判断した。


 そもそもなぜビリオン達は今黒騎士と合流せずに魔王を追っているのか?


 ラインを撃ち落とされたから?


 ではラインが撃ち落とされた理由は?


 魔王の動きが想定より速かったのだ。

 あくまで聖都上空での魔王迎撃は次策。

 作戦の本命は銃器で武装した実験体と黒騎士を合わせての総力戦だった。


 もちろん兆が来ることは予想していたし、勝算もあった。

 四体の天使でも本来のドランなら撃ち落とせる。

 だがそれは兆が天使の目的を知り、聖人達の作戦をシミュレーションしたとして、ドランの装甲を固め、慌てて攻めて来るのが精々。そう考えていたからだ。

 

 少なくとも自動照準型熱線砲を改造したガスグレネードを作製し、換装するような時間があったとは考えていなかった。


 だが、兆は既に虎皮の民を配置し、ウィシアを分断し、今尚スズカの手によりルナをも分断していた。


 何らかの手段で聖人達の予想より遙かに速い速度で、兆は情報を手に入れていた。

 となれば、黒騎士達との合流にも手が打たれていると考えるべきだ。


「いや、解った」


 ならば勝機が高いのは追撃。

 残ったもう一方の必殺の矛を、あの邪竜の土手っ腹に叩き込む。


 再度魔王の追跡に入るビリオンを視界の端で見送り、リンディアを見下ろす。


「原始人の二番煎じかしら。さすがは売女ですわね。他人に寄るのがお好きなようで」

「あら、言葉遣いの上品な方ね。育ちが良さそうには見えませんけど」

「節穴ですのね。それとも心が貧しいのかしら?」

「一度鏡を見た方がいいわよ? どれだけ今の自分が醜い下品なファッションか」

「やはり節穴ね。アナタとワタクシ。上にいるのはどちらかしら?」

「そういえばナントカは高い所が好きなんでしたっけ。折角転生したのに、かわいそうね。アナタを蝕む病気は死んでも治らないって本当だったみたい」

「あら。じゃあ確かめてきてくれるかしら」

「丁重にお断りするわ。すでにあなたが証明したもの」


 互いに笑顔で見つめあう。


 その戦場に流れる風は静かで冷たかった。

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