後編
訪れし邪竜
高原八色を守る。
その原則を書き込まれたが故にビリオンは全てを知った。
今、父である鬼堂日出雄の眠っていた場所には、高原八色がいる。
生け贄だった。
自分達も、自分たちが造り出した人類も、そしてピッタですらも。
吉備津兆も全てを知るだろう。
もう知っているかもしれない。
だが、逃れられない。
憎んでいいはずの高原八色を、今ビリオンは守る為にここにいる。
ときに野獣を捕らえ、その生肉を喰らいながら、吉備津兆の到着を待っている。
味も生臭さも気にはならない。
この場所を守りたい。
その欲望が血生臭い獣の肉すら甘美な味へと変える。
ピッタを貫いた自身の手を見る。
野獣の血か、ピッタの血か。
未だ赤く濡れたその手は、復讐を成し遂げた手。
だがその手を見ても何も思えない。
何も感じない。
どうせ生け贄だったというのなら、結局は原則に操られるだけの人形だったというのなら、このまま心など失ってしまえばいい。
なぜ自我が目覚めたのか。
「ビリオン。来たぞ」
ラインの声に我に返る。
顔を上げた視線の先には、青空の中に不自然な黒い影。
まだ遠く、小さいながらもそれが何であるかを察するのは容易だった。
この時代に翼はためかせず空を飛ぶ存在など一つしかないのだから。
「集中しろ。射線にいれば終わりだよ」
既に戦闘シミュレーションは出来ている。
四体で待ち構えるビリオン達に兆が確実に勝利を得ようとするならば、一体一体各個撃破を狙ってくる。
ならばまずは長距離からの電磁加速砲によるスナイプ。
「限界突破!」
砲撃の直前、砲身内部が放電により一瞬輝く。
その瞬間に身を躱せば電磁加速砲を躱すことは可能。
一瞬だけ加速された感覚で砲身の斜線から身を外す。
「グウッ!」
砲弾が狙ってきたのはビリオン。
躱しきったものの、砲弾が破壊して弾けた空気は衝撃を生み、ビリオンを叩く。
「……あと2発……かな?」
ドランのスペックは軍事機密故に一般的には知られていない。
だが、知られていない情報も何処かには眠っているものだ。
例えばフットハンドル。特殊部隊の待機所。
「とはいえ、脅威はそれだけではないがね」
兆の熱線銃はヨハンを貫いた。
ドランに搭載されている、熱線バルカンも大型自動照準熱線砲も、その威力は兆の熱線銃を越える上、熱線バルカンに至っては連射も出来る。
チャージ時間を必要とし、実弾を撃ち放つ電磁加速砲は大きな反動を生み出す。
発射と姿勢制御に機体のエネルギーを全て回す必要がある。
あくまで電磁加速砲は遠距離から超装甲を撃ち抜く為の装備であり、ドッグファイトを想定していない。
ドランはどんどん接近してくる。
兆もヨハンとの戦いで躱されることは予想はしていたのだろう。
「忌々しい男だよ、君は!」
龍の爪が回り出す。
翼の下の砲身が向けられる。
熱線砲の射程に入った瞬間、その砲身は死の光をまき散らす。
「まるでこの世界のように、君は忌々しい!」
その間合いに入る直前。
ビリオンが伸した腕。
僅かに放電した腕は、爆破音を轟かせて鉄杭を放つ。
「グァアア!!」
腕を焼き破壊し放たれた鉄の杭はドランをかすめて彼方へと飛んでいった。
電磁加速砲。
ドランに装備された主砲と余りに小さく、威力は比べるべくもないが、ビリオン達の狙うべき敵は兆だ。
ドランさえ貫ければいい。
対ドラン兵器。
その為だけに内蔵された必殺の砲弾。
強烈な反動故、強化された肉体ですら破壊して放たれる諸刃の刃。
惜しむべくは、手から放たれる鉄杭の躱し方をやはり兆が限界突破で射線から外れるという方法で採ったことだろう。
「やはり躱したかい。だが」
背中から炎を吹き出し、ジェット推進で加速する。
鉄の杭で姿勢を崩したドランの砲身は僅かに自身から斜線を外している。
「限界突破!!」
放たれる熱線の弾幕を砲身を向く先を見ながら躱し、ドランに接近する。
(いける!)
ライン、ルナ、ウィシアが腕を向ける。
ドランは体勢を取り戻していたが、三体の天使は既にドランを取り囲んでいた。
三体の天使の腕が放電する。
同時に放たれる電磁加速砲を躱すことは不可能。
「勝ったぞ!」
そうビリオンが宣言した瞬間目の前で爆発が起きた。
「なんだ!?」
突如の衝撃に姿勢を崩し、煙幕で視界を遮られる。
三体の天使は射線をドランから外す。
混乱するビリオンにビリオンの中のアンドロイドが答えを導き出す。
ガスグレネード同士の衝突による爆発。
「装備を換装していたか!?」
左右にある大型自動照準熱線砲をガスグレネードに換装。
射線を交差させ、同時に放つことで爆発を起こしたのだ。
「ハッ!? しまった!!」
急ぎ視界をサーモグラフに切り替える。
ドランの熱線バルカンの射線上には
「ライン!!」
ドランの前で体勢を崩したラインは、その銃弾を躱す術を持たない。
赤い熱線を身に受け落ちていくライン。
味方の死を悼む暇もなく放たれる熱線の雨。
「体勢を整えろ!」
一旦距離をとるべく後退する天使を見た邪竜は、自らもまた身を翻した。
「逃げる……だと」
四体でなら勝機がある。
そう判断して待ち伏せた。
相手の奇策に、その内の一人をむざむざ殺された。
邪竜はまた来るのだろう。
一人一人確実に葬る為に。
「させないよ。させてたまるかよ、魔王!」
ここで逃がしてはならない。
三体の天使は去る邪竜を追跡すべく、聖都を後に、魔王国へ向って飛び立った。
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