千年祭開催式
聖都の大広場。
設置された高い壇上に人々が集まっている。
内に今にも爆発しそうな熱気を抱え込み、しかし静かに壇上に注がれる視線。
その期待に応えるように一人の男が姿を現した。
七聖人の一人ピッタだ。
「本日はよくぞ集まってくれた」
荒げることもなく静かに発っせられた声は、集まった者達ににかき消されることなく、遠くの人耳にまでするりと入っていく。
「かつてより我々は神の命に従い、人々を導いてきた」
先ほどの熱気が嘘のように声を上げる者は一人もいない。
「日輪の輝きの下、神の造りし人々に、この地で生きる術を、その身を守る術を教えた」
皆がピッタの声を聞き漏らすまいと静寂を守る。
「人々はよく学び、よく鍛え、己を律し、正しき道を歩んだ。
初めは住む場所すらもなかった。
だが人々は助け合い、森を拓き、野獣と戦い、大地を耕し、そして身を守るため壁を造った」
聖人本人から語られる建国史。
「初めは小さな街だった。
だが人々は努力をたゆまず、その壁を広げていった。
子孫の為に、愛する者の為に。
それがこの国、サンライズ聖教国だ」
今の時代の者達にとって、それは創世記に等しい。
「その知識と技術と精神は子孫に受け継がれ、今尚、発展し続けている」
その言葉は聖人が皆を認めた証。
集まった人々の顔に安堵と誇らしさが浮かぶ。
「人類に平和と豊饒を。
その一念で歩み続けた先人達の望みはしかし、ある者の存在によって妨げられることとなった」
少しだけ人々がざわめく。
彼等はその答えを知っていた。
「魔王だ。
古の文明を屠り、今尚この地に存在する邪悪の化身」
その存在が人の歩みを止めた。
魔王がいるが故に人は新しい土地を開拓できず、それ故飢える者があるのだと皆が教えられている。
「彼の者を撃ち倒さずして、聖教国の発展はない」
人々を暗い感情が覆う。
友人や知人が飢えに苦しむ者達がここには少なからずいる。
「聖教国の歴史。
それは先人達が命をかけて自身の役割を勤め上げた歴史であると同時に、魔王との戦いで嘆き、悲しみ、苦しんできた歴史でもあった」
すすり泣く声が少しだけ聞こえる。
涙を流す者達は、誰に思いを馳せたのか。
「我々は神に問うた。問い続けた。
皆を導くため私を残し、ビリオン、ウィシア、ルナ、ライン達は500年もの間、救いを求めるべく、神との対話を続けた」
泣いていた者達が顔を上げる。
「そして神は応えられた」
人々の間に今度はどよめきが走る。
それは即ち……
「この建国千年の節目。
神は我らに手を差し伸べられたのだ!!」
神の審判が下されるとき。
聖教国の正義が示されたことを意味する。
「神は魔王を倒すべく新たな力を与えて下さると約束された。
我々の勝利が、約束されたのだ!!」
どよめきは歓声へと代わる。
その声を手をあげ、ピッタは抑えた。
「ラスティス。参れ!」
ピッタの呼び声より少しだけ間を置き、壇上に現われた男。
精悍な顔をした青年だ。
「聖教国が1000年を迎えるこのとき、神に選ばれし勇者ラスティス!」
歓声が再びあがる。
しかし、ラスティスは動じることもなく歓声を受け流す。
人々は事実を知らない。
ただ流石は勇者とラスティスに感心した。
「皆よ、この瞬間をその目に焼き付けるがよい!!」
両手を天に掲げるピッタ。
再び人々は静寂を取り戻し、ピッタの手に釣られて天を仰いだ。
そして人々が見たのは、四体の翼もつ者達。
「神に使わされし者達よ!」
純白の翼持つその者達は確かに天使。
だが知るものは別の印象を持ったかも知れない。
「今こそ約束の時!」
鋭い爪、光沢のある身体。
それはヨハンの変異した魔人の姿に似ていた。
「勇者ラスティスに力を与えたまえ!」
天使の一体は呼びかけに応じるように降りてきた。
これは演出だ。
実際は力など与えられない。
ラスティスは天使を引き連れ魔王城へと向う。
千年祭は聖教国千年を祝うと同時に、彼を送り出す為の祭りだ。
「今、勇者ラスティスは力を与えられた!」
会場が拍手と歓声に包まれる。
この後天使は再び空に上り、ピッタの一言によって祭りが始まる。
……はずだった。
「ガブッ!」
歓声が止まる。
ピッタのうめき声によって。
「ビリ……オ……」
天使の手はピッタの胸を貫いていた。
「な、何をグウッ!!」
天使の凶行に気付いたラスティスは、天使の手によって壇上から吹き飛ばされた。
事態に気付いた人々が驚嘆と混乱に陥る。
どよめきの中、他三体の天使達も下りてくる。
ピッタの胸から流れる血が、壇上から大地へと落ちた。
誰かが悲鳴を上げた。
会場から人々は逃げ出す。
それが聖教国千年祭の開催式となった。
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