ピッタの独り言

 自身に書き込んだ原則。


 ・第一条

 高原八色に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、高原八色に危害を及ぼしてはならない。

 ・第二条

 高原八色にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。

 ・第三条

 前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、施設を含む自己をまもらなければならない。


 それは生きる目的。

 アンドロイドたる自身の欲望。


 では高原八色とは何なのか?


「記憶か……それとも魂か……」


 生物の記憶は細胞に蓄積される。


「故に私は私のままここにある」


 そしてその蓄積された記憶こそが生物の凶暴化の原因だ。

 黒い霧。


「私はその何たるかを知っていた」


 それは宇宙からの贈り物。


 生物の進化。

 星の防衛本能。


 星にとって生物なき荒廃した大地こそが常態。

 生物が巣食う地球のような星が異常だ。


 言わば星にとって生物とはウィルスのようなもの。


 故に星は自身の体表に巣食う異物を排除すべく、生物を進化させる。

 その恩恵を受けた者は、生物の覇者として君臨し、やがては生物が住めぬ程に大地を荒廃させる。


 地球の生み出した抗体。それが人間だった。


「彼等は知っていた」


 黒い霧を生み出した遠き星の者達。

 人類同様進化の果てに自らの住む星を破壊し、住むべき場所を失った。


 自分たちと同じ道を辿る人類に彼等はその対応策を授けた。


「それが黒い霧」


 細胞に記憶が眠るのなら、人間の細胞にはかつて進化の過程で経た生物達の記憶も性質も受け継がれている。

 眠りに就いたその根源たる因子を覚醒させ、人を獣に退化させる。


 他の生物の凶暴化は人類と根本とする祖を同じくするが故。

 黒い霧の標的はあくまで人間であった。


 それは滅びへと進む人間の歩みを止める特効薬。


 黒い霧によって嘗ての記憶を覚醒させながら、W、G、Eシリーズの様にアンドロイドのCPUによって制御され、暴走を免れた。それが自我を持つアンドロイドの正体。


 あくまで表面上にのみ生体組織を持つアンドロイドは、見た目上は筋肉が膨張し、変異することもなく、ただ使われた人の細胞より記憶のみを呼び覚まし、故に人としての人格を形成した。

 まるで転生でもしたかのように。


 それは高原八色であって高原八色ではなかった。


「私の中のAIは、真の高原八色を求めている」


 では真の高原八色とは何か?

 それは人間である高原八色。


 だが、自身の細胞を使いクローンを造り出しても、それは黒い霧により暴走し、いずれは野獣に食い殺される運命。


「純粋なる人間をこの時代に蘇らせる方法はただ一つ」


 黒い霧は世界を滅ぼしうる進化の頂点に立つ者の細胞に作用する。

 ならばその矛先を変えれば良い。


 人間以外の生物を、他の生物を死滅させる程に進化させる。

 そうすれば、黒い霧は標的をその新たなる生物達に変えるはずだ。


「人間と根源を異とする生物」


 それは現在の聖教国に生きる人々。

 根源たる因子を書き換えられた人間の形をした生物。


 鬼堂の為にと人類を創造するビリオン達。

 彼らにピッタが協力していた本当の理由。


「それでも人は人。力なき故に文明は進化する」


 人は弱い。

 だから道具を使う。


 己が身のみではこの世界で生きていけぬからこそ、世界を変えようとする。

 故に力ある虎狩りの民は失敗作だった。


「彼等の犠牲の下に真なる私は蘇る」


 新たなる人々に黒い霧が襲いかかったとき。

 それはアンドロイドが黒い霧の影響、即ち自我を失うとき。


 しかし、その時はいずれ生み出すであろう自身のクローンが目を覚ます。


「自らの滅びと知りながらあらがえぬ渇望……これほどの地獄があろうか?」


 ピッタは黒い霧を知っていた。

 黒の霧の下でも生存しうる生命体HC実験体の開発者なのだから。


 アンドロイドに内蔵されたバイオメモリの記憶は書き換えられても、セルメモリに在る記憶は消えない。


「魔王よ。お前は知るまい」


 生命は自らの死を望まない。

 吉備津兆の人格も自身の死を望みはしない。


 アンドロイド吉備津兆。

 彼は吉備津兆であって吉備津兆ではない。

 だがその逆も然りである。


 AIは原則に則り吉備津兆の人格を傷つけぬよう事を進めるはずだ。


 だから教えられず生きているだろう。

 知っても、いやきっかけとなる記憶すら消されているだろう。


 少なくともビリオンは知らなかった。

 鬼堂日出雄が冷凍睡眠に入る前に購入されたビリオンは、所詮市販のアンドロイド。

 故に機密を知らされていない。


 知っていたのはシェルターの客であるような人々か、或いはHC細胞を開発した高原八色の様な人物だけだろう。


 同じように原則を書き換えたなら、自身の行いの意味を自覚できぬままに、人間たる吉備津兆の誕生を自ら進めているはずだ。


「規模は小さいながら、魔王国は嘗ての人類文明に追いつきつつある」


 それが確証だった。

 自身を守る為に生きることを優先するならば、自身の敵になり得る者達をわざわざ育てはしない。


「聖教国という敵が在るが故に、急速なまでに」


 吉備津兆に聖教国は必要だった。


 そう。

 最終目標は違えど、過程において高原八色と吉備津兆は協力者であったのだ。


「君には悪いことをしたな、ヨハン」


 あわよくば吉備津兆を暗殺し、シェルターを乗っ取る算段も立てていた。


 戦力をシェルターから前線に誘導するため、街一つ、ウィンドルームを犠牲にしてまで。

 ヨハンに魔獣の力を与えて。


 だがダメで元々でもあった。


 ヨハンを魔獣化した理由は他にある。


 ヨハンの力が今、魔王国に通じるのか? その確認のため。

 ウィンドルームを犠牲に新しき人類の生産性を上げ、文明レベルを向上させつつ、いずれ行われる目的の為の実験台。


「まだ通じないか……厳しいものだな」


 結果ヨハンは敗北した。

 魔王を倒すには更なる力が必要なのだ。


「そう急かしてくれるな」


 新たなる人類の歩みは遅い。

 人類の歩みが早まる。それはピッタの寿命が近づくことを意味する。


「結局人は戦争なくして先には進めん」


 進化を促す起爆剤。

 それは歴史が教えてくれる。


 ヨハンは本命ではない。

 魔王にぶつける真の戦力は他にある。


「結局私は抗えず、結局自らの死を選ぶのか。滑稽だな」


 生きたいという思いはある。

 人としての高原八色は、ことを進めようとするアンドロイドとしての高原八色に抗い続けてきた。


「そういえば、もうすぐ聖教国も建国より千年になるのだな」


 そうして生きた千年以上の時。

 どうにか遅延させてきたものの、早くしろと命じるアンドロイドに抗うのは限界だった。


「あと80年か……ならばその時に実行しようではないか」


 真の戦力には、まだ改造が必要だ。

 ヨハンがそう教えてくれた。


 急かすアンドロイドをそう宥める。

 3000年近くを生きたアンドロイドには短い時間だ。


 それは全てが変わるとき。

 

 聖教国1000年の節目に魔王国との戦争を決行する。


「だからもう少しだけ……共に時を待とうではないか」


 自身の中のアンドロイドに語りかける。

 自身の終末に向かう為の戦争を。


 悠久を生きるアンドロイドは、その戦争より生命のカウントダウンが始まるのだ。


 ピッタの背後には四体の白き翼をもつ者達が死んだように眠っていた。


「華々しく天使と魔王の最終戦争と洒落込むとしよう」


 だが、まだ死ぬ気はない。

 戦いに勝利し、アンドロイドとしても人間としても、生き残るのは高原八色だ。


「なあ、魔王よ」


 それは滅すべき敵を思い浮かべながら、人知れず告げた戦線布告だった。




<あとがき>

13章完。

終章 ~封印されし魔王~ 前編 4/19以降更新予定です。

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