魔の人影

 虎皮共が工場勤務を初めて創業200年以上経つ。

 立派な老舗だ。


 工程改善を続け効率化を続けて居るが、そろそろ成果も頭打ちだ。

 東北拠点にはどんどん儲けて欲しいから、さらに効率化を頑張って欲しいが、出来ないものは出来ない。

 豊かになれば更に子供が増えるだろうから、人口が増えることに期待する方向で。


 急いだところで別に今誰かが攻め込んでくるわけじゃない。

 聖教国? ……いや、ないない。


 一応聖教国の動向は掴んでいる。

 ウチのスパイさん達は優秀だ。

 聖教国にしっかりと馴染んでいる。

 むしろスパイだということを忘れてるんじゃないかと心配する位だ。

 食道楽の店員達よ、君達の最も優先すべき仕事は料理ではないぞ?


「うむ、全くだな。

 ところで、サイズタイドから新たに支援依頼が来ているのだが、如何しようか?」

「シュテンよ、食道楽の間諜活動は君の管轄だからね?」


 やれやれ。

 つか酒の席で仕事の話するの、やめてくれないものだろうか?

 酒の席でテーブルの上に在るべき物は酒と肴であるべきで、断じて書類ではない。


「で、何よ?」


 そう言いながら見てしまうのが人という悲しい生き物だ。


「サイズタイドに通信小屋の設置……」

「工事は中部拠点の街人とドワーフで実行する」

「ヴァイガさん……南関東拠点の領主代行が護衛任務に立候補してるわ。

 人が増えているから今のうちに稼ぎどころを見つけておきたいって」


 サイズタイドがどうだというより、各拠点が稼ぎたがっている感じか。

 お金の価値が浸透したようで何よりだ。


「まあ、そういうことなら構わないんのだけどね。

 サイズタイドがスィンの指導下に入るのはどうかと思うけど……」

「山田さんの要望を聞くならサイズタイドの強化は進めた方がいいでしょう?」

「そらまあ、そうなんだけども」


 現状ウチが平和でいる一番大きな理由は、サイズタイドの護りを聖教国が越えられないことにある。


 人は巨大な敵に対して団結する。

 各拠点に異なる種族が生活していながら、拠点間の争いがないのは、俺に各種族の長が仕えるという形式をとっているというのもあるのだが、聖教国という共通の敵がいるからという要因も大きい。

 実際それで聖教国と戦争になれば平和も何もないが、サイズタイドを越えてこない聖教国と戦争になどなりようもない。


 サイズタイドへの支援というのはつまるところ聖教国への敵意を煽り、拠点の団結を促す薬になるわけだ。

 ……なんだけど聖教国が貧弱だと折角の団結もダレてしまう。


 そんな中、山田からある要望があった。

 で、俺はそれを受けた。


 なんで受けちゃったのかって、少し後悔するぐらいに面倒くさい内容だ。




◇◆◇◆◇


「ウィンドルームの魔獣討伐ね」

「ああ、特に武装に繋がるものでもなし。そちらに問題もないだろう?」


 聖教国に害獣撃退機を輸出し続けて幾星霜。

 だんだん2号に遠慮がなくなってきた気がする。

 

 食道楽に発電機や冷蔵庫を設置する上で大分政治的に融通して貰ったから、ちと断り難いという弱みがこっちにあったりするのだが。


 嘗ての文明が未だに魔術と呼ばれるこの時代。

 食道楽で冷蔵庫とか普通に使ってたら聖教国民に何をされるかわかった物じゃない。


 とはいえ冷蔵庫なんて便利な物を食道楽に入れないというのもどうだろう?


 考えた結果、各地の食道楽で働く者達を守る為、聖教国には食道楽の工事期間騎士達に建屋を囲って守らせ、工事内容を秘密にして貰うという力技で食道楽に発電機と冷蔵庫を完備させた。


 あの時は大変だった。

 工事要員として聖教国へ出向いたドワーフや護衛の任に就いたエルフが、聖教国民と恋に落ち、結婚したいとかほざきだし、各拠点の領主代行がブチ切れて……


 いや、それはそれとして。


 とにかくそんな事情もあって聖教国に貸し一つみたいな状態になっていた。


 そんな中での山田の来訪。

 ある程度の無茶も聞かなきゃ駄目かなって状況ではあった。


 そこに来た山田の依頼。

 聖教国では手に負えず、聖教国の誇るHC実験体もしてやられたとか。

 ヤコウオリジナル集団がまとめてかかって負けるとか、どんなん?


「聖教国にも魔獣とかいるんですね?」

「ああ」


 サイズタイドの黒騎士達が狩ってると思っていたのだが。

 まあ一匹二匹漏れてもおかしかないか。


 つかヤコウオリジナルが勝てないとか、正面からじゃ黒騎士が見つけたところで手に負えないだろう。


 ウチで手に負えるとすると……俺? ヤダよ。

 いつも通り居候達に罠でも使って卑怯に倒して貰おう。


「一旦持ち帰らせてください。住民達と話してみますよ」

「解った。それでいい」




◇◆◇◆◇


 で、話したところ速攻で手を上げた奴らがいる。

 シュテン、オーガとタイガは勿論ヤコウもだ。

 なんでそんなに戦闘が好きなのかな? いや、ありがたいけども。


 とはいえ、まずは魔獣を見つけにゃならん。

 食道楽に魔獣追跡の任を通達し、この件は魔獣が見つかったら、と思っていたのだが……

 未だに見つかっていない。


 つまり捜索待ち。


 そこまで見つからない相手なら、見つけた際には逃さず仕留めたい。


 捜索部隊をサイズタイドに置いて、ウィンドルームの食道楽と連絡を取り合わせようとなった。

 連絡が取れたところで、そんな魔獣を仕留めようと思うのならウチの幹部達が出ないと荷が重い。


 見つけ次第急行できるよう、サイズタイドからすぐにウチに連絡出来る手段が欲しい所ではあった。

 その意味でサイズタイドに通信設備の設置要請は、むしろウェルカム。


「まあ、サイズタイドなら聖教国の食道楽みたいに隠す必要もないし、現地の人達と結婚したいとか言う奴が出て来ても問題はなさそうだけども」

「では承認ということでよろしいか?」


 サイズタイドをスィンが弄ったところで、ウチの不利益にはなるまいよ。

 

「いーんじゃない?」


 OKを出しつつ、山田2号に渡された写真を見る。


「こっちは問題かも知れないが」


 そこにはヤコウと同じように、MINDWEDGEを埋め込まれた黒衣の者達が倒れ伏す中央に立つ、魔獣の姿……いや、


「魔人か……それとも悪魔かね……」


 強靱に発達した黒い皮膚、鋭いかぎ爪。

 光沢を放つ金属質な身体。

 人とは呼べぬ、しかし二足で立つその姿には、人の面影があった。

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