古代の遺産

「へー。これで全部か?」

「はっ」

「そう、畏まるなよ。別に怒っているわけじゃないんだ」

「はっ」


 場所は会議室。


 テーブルの上に摘まれた紙の束。

 虎皮共が狩りにいったついでに拾って来た、前時代の遺産だ。


 前時代電子化が進み、紙の本は淘汰され、データとして販売されるようになった書籍達は、今では出版元のサーバーごと土に帰っている。


 生き残っても発電所は大概が野獣に破壊されたし、2000年近くも経緯して電力が残っているバッテリーなんて流石にない。

 その価値を知らぬ者にとって、つまりこの時代において、書籍を読むためのスマホだタブレットだは全て意味不明なガラクタに過ぎない。


 当時1台数万円したであろうスマホやタブレットが蹴られて踏まれて投げ捨てられて,落として画面が割れようが、踏み抜いて2つに折れようが誰も気にしないこの時代。


 紙の本が好きな愛好家のため、コレクションとしての価値を認められた僅かばかりの一冊数百円の本は、今はその一部が残っているだけでも有り難がられ、貴重な宝を扱うように丁重にお持ち帰りされるという。


 いや、すんげー皮肉効いてない?


 緑に覆われ木の枝がぶち抜いた建屋とて、朝日を浴びた吸血鬼みたいに粉になって消えるわけじゃない。

 外で目をこらせば遺跡と呼ばれる建屋なんぞ沢山あるし、中に入ればちょっと探すだけで前時代の遺産なんて腐る程……いや実際腐ってんだけど、すぐに出てくる。


 その価値を知らない。

 それだけのことだ。

 無知な者にとって、この世の全てが無価値だ。


 害獣撃退機とかの生産時、無価値な遺産も拾って来て貰った経緯があるから、多少認識も変わっているかもしれないが、彼等自身でどうにも出来ないなら、やっぱり彼等にとってそれらはゴミであることに変わりがない。


 彼等が価値を認めていたもの、それが本。

 文字は知っているから、彼等にとって本だけが価値あるものだった。


 遺跡に眠る九割以上土に帰っている本。

 おそらく中央付近の空気に触れずに済んだページが、ギリギリ紙として残ったのだろう。

 それでも字は滲み、妙に湿っぽい。


 なんかばっちくて抵抗があったので、テーブルにはビニールを敷き、手もビニール手袋でしっかりガードした上で触る。

 よくこんなの持ち帰るよな……

 ネット普及前にいた、林の奥とかに何故か捨ててあるエロ本をこっそり拾って帰る思春期の下半身が元気な少年以来じゃなかろうか?

 

 気になって持ってこさせた俺が文句をいうのも何か違う気はするが。


 周囲はボロボロでページの中央だけに白味が残った、元は本であったろう紙片を手にする。

 中身はなるほど、確かにラノベだ。


 勝手な予測だが、多分アレじゃないかな……

 中古本屋とかでシリーズまとめ売りしてるヤツって、ビニールでパッキングされてたりするじゃん。

 ビニールって土に還り難いから。

 

 いくら還り難いといっても直射日光下なら10年も経てばボロボロだが、細菌や微生物が付かないような保管所で、野獣に荒らされることもなく保管されていたなら、それなりに保つだろう。

 更に巻数順に並べておけば端から腐食していくので、ちゃんと除菌とかされていれば中央にある本程、腐食せず残ることになるはずだ。


 前時代に数百年前のパピルス文書が見つかった様に、環境さえ条件に合えば2千年前の本が生き残っててもおかしくはない。


 要は売れ残り。

 とはいえ巻数が出たなら、作品としてはそれなりに売れたんだろうけど。

 

 2000年近くシェルターで孤独に生きている間、余りに暇でラノベもそれなりに読んだんだけどね。

 記憶を結構消しちゃったからなぁ……読んでも該当する作品がフィットしない。


 紙の腐食に伴い文章も大半読めなくなっているからどんな作品かも解らんが、確かに”鑑定”とか”空間収納”って文字がちょこちょこ顔出しているので、多分異世界転生、転移ものが本命だ。

 対抗で現ファのダンジョンもの。

 大穴でSF。MMORPGあたり。


 こんなところでどうだろう?

 残念ながら応えてくれる人はいないけど。


「ん? こっちは……」


 残っている作品は一つじゃないらしい。

 こっちは多分シリーズで週刊発行される雑誌じゃないだろうか?


「未だ明かされぬ生命の神秘。記憶の在処は?」

「複製された肉体“クローン”。魂は複製か? それとも……」

「貴方は進化の先にあるタイムリミットに、まだ気がついていない」


 内容的に都市伝説系か宗教関係だね。

 他は……漫画か。


 ページの中央だけ残っていてもなんのこっちゃか解らんわ。


 とまあ諸々と見て結論。

 感想は特になし。


 久々の紙書体を見ながら「あー、俺これ知ってる! 人間の時読んでた」みたいな出会いを期待してたんだけどね。


 如何せん本がボロボロすぎた。


 というわけで


「撤収!」

「はっ! 了解であります」


 敬礼して大事そうに紙束抱えて出て行くオーガ。

 よく素手であの汚えの触れんな……


 紙があった場所は何の汚れか茶ばんでいて、


「ビニール敷いといてよかった」

「そうね」


 敷いたビニールと手袋を丸めてゴミ箱にポイ。


 いつも皆で酒飲む場所だ。

 念のためテーブルはちゃんと消毒液で拭いておこう。

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