12章 〜古の書〜

ASR1000年 とある女学生の冒険譚

<ウェストサイズ食道楽>


「お、今日はカレーの日だね。

 しかしツいてたね。この時間、聖都の食道楽なら売り切れてるよ」


「そうですわね。値段もさほど変わらないようで。

 野獣の素材を売ったお金で足りてよかったですわね」


「というより、売る数を限定していないようだぞ?」


「……そういえば」


「聖都の食道楽は500食限定ですものね」


「そうそう。一番腹が減る時間には売り切れてるんだから腹が立つよ。

 ……まあ、それでも昔より多くなったって聞いたけどね」


「でも、どうしてかしら?」


「どうしたんだい? お嬢さん」


「いえ、なぜ魔王国の方が販売数が多いのでしょうか?」


「そりゃこっちの方が食糧事情が豊かだから、とかじゃないかい?」


「そんなわけがありません!

 せいきょ---」


「お嬢さん!!」


「あ……すいません」


「……気をつけてよ。アタイ達は魔王国の住人。いいね?」


「ルヴィ、とにかくさっさと席に移動しよう」


「そうだね」




◇◆◇◆◇


「しかし、ヒヤッとしたよ」


「ごめんなさい……私……」


「過ぎたことはいいよ。

 アンタの立ち振る舞いからそれなりの身分だってのは解るしね

 聖教国が魔王国に劣る部分がある、なんて認めたかないよね」


「劣っているなどと---」


「だからいちいち怒るなっての。

 魔術だ魔法だを使うイカサマ野郎相手に、対抗したって仕方ないだろう?」


「それは……」


「誰がイカサマですの?」


「エメラダ、悪かったから事態をややこしくしないで」


「ルヴィの肩を持つわけではないが、少なくとも食糧事情はこちらの方がよいのだろうな。ここに来るまでの店には聖都では考えられん程食料が大量に置かれていたしな」


「食道楽がここにもあるって事は、あの噂もホントかもね」


「噂?」


「冒険者連中が酒の席で言ってたしょうもない噂だけどね。

 食道楽って他の店じゃ考えられない多彩なメニューがあるだろ?」


「ええ、確かに。同じメニューを3週に1回に限定し、仕入れの期間を確保することで、質を変えることなく提供していると聞いています」


「店の言い分はね。

 でも例えば海産物なんてのは3週も置いておいたら腐っちまうのが殆どだ。

 水の中で調理の日まで生かしておく手もあるけど、食道楽にはそれらしい水槽なんてない」


「それはどういう……」


「あくまで噂だけどね。

 魔王国では“空間収納”の魔術が開発されたって噂だよ。で、その魔法を付与された魔導具が、食道楽には魔王国から支給されてるって話があんのさ」


「そんなまさか……」


「アタイも競合店が流したしょうもない噂だと思ってたけどね……

 ただ不思議な点はあるのさ」


「それは、何です?」


「例えばこのグラスに入っている氷。冬ならともかく食道楽じゃ夏にだって出てくる。どう考えても魔術か魔法を使わなきゃ氷なんて作りようがない」


「あ……確かに、言われて見れば」


「でも凍結させる魔法の使い手なんてのは少なくともエルフの中にも確認されていないだろう? だから冒険者連中の中では、冬につくった氷を夏まで空間収納の魔術で保有しているって噂が広まってるのさ」


「それができれば、食料も期限に関係なく保有できる……食料の確保能力が変わらずとも、供給できる食糧は……」


「ホントかどうか知らないけど、開店から閉店まで聖都の食道楽でずっと厨房をみていたヤツがいたんだって。

 ソイツの目分量を当てにして良いかも解らないけどね、店員が氷を取り出す箱の大きさより、供給される氷の量の方が多かったって」


「それは、魔王国は魔術を国民の為に使っているということですか? ……悪逆たる神への反逆者が」


「目的次第じゃ悪人だって善行を積むさ。求心力を得る為、とかね」


「それは……そうかもしれませんが」


「シッ。話はここまで。多分今入ってきたヤツがこっちに来るよ。場所はここしか空いてないからね」


「随分厳めしい格好だな。黒騎士より重装備だ」


「どこかの騎士かね。店主が直接ご機嫌伺いとか、ただ者じゃなさそうだけど。

 とにかく話題を変えるよ? 黙ってても不自然だ……トーパス、アンタもたまには何かしゃべんな。さっきから何じっと金なんか見つめて。

 見てても金は増えないよ?」


「いやなに……この五百圓とやらの顔絵が随分お嬢さんに似てると思ってのう」


「あん? ありゃま、そう言われれば……」





「おっ、ダンナ! お久しぶりですね!」


「ああ、久しいな」


「席は……相席でよろしいでしょうか?」


「何処でも構わん。場所で飯の味は変わらんからな」


「仰せの通りで」


「すまんな、邪魔をする……」


「ああ、どうぞ……ん? お嬢さんがどうかしたかい?」


「……ソーン」


「今日はエビカレーですがよろしいですかね? ん、ダンナ? シュテンのダンナ」


「え!?」「な!?」「ウグッ!?」「ブフォッ」「はい?」


……


「「「「「シュ……シュテン……?」」」」」




◇◆◇◆◇


<学園職員室>


「あら、世間はもうお祭り一色だというのに。

 何か調べ物ですか?」


「おお、学園長。

 ふむ、こういう時期だからこそ、図書館の本も借りる人が少ないですからな。

 普段読めぬものを読もうと思うならば、今が最もいい次期といえましょう」


「フフ。熱心なのは結構ですが、あまり根詰めすぎもよくありませんよ」


「好きでやっておることです。

 それに、もし聖人様方が神との対話よりお帰りになれば、我々歴史学者はお役御免かもしれませんからな。

 そうならぬよう、聖人様方にも必要とされる知識にも手を伸していかなければ」


「先生の様な有能な方であれば聖人様方もきっと必要とされるでしょう。

 それで、何をお読みに?」


「……“光の書”」


「……まさか!? 完全体が残されていたのですか!?」


「いえ。あくまでダンジョンや遺跡に朽ちて残された断片的な古代の遺産を集めたものを、現代の者達が解釈した書物ですぞ」


「……そうですか」


「そんなに残念そうなお顔をさしないで頂きたい、学園長。全容はいまだ解りませんが、それでも情報は少しずつ集まり、解明されてきてはおるのですぞ」


「例えば?」


「そうですな。最近のことで言うと、古代の二大魔術あるいは魔法と言われているものでしょうか。“鑑定”と“空間収納”……学園長も聞いたことがあるのでは?」


「先生、それは……」


「本当かどうか、どちらも魔王国で再現されているという噂がありますな。

 ……魔王国はあるいは本当に……」

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