拠点の発展に向けて

 車が道路を走り始めた時代は事故が多かった。

 電車も飛行機も初めはそんなもんだ。


 事故って初めて今の何が悪いのかが解ってくる。

 大抵の事故防止の対応マニュアルは事故で散った命を礎に出来ている。


 豪快に機関車が事故ってから100年。

 最近機関車の事故を聞くことがなくなった。

 いいことだ。


 ウチ~中部拠点~サイズタイド、ウチ~東北、ウチ~南関東。

 開通した3本の路線は今や物資運搬の主力として機能し、各地の交易が活発になった。


 大変よろしいことではあるのだが、光の当たるところには影ができるというか……

 交易が盛んになると今まで誤魔化し誤魔化しやっていた部分が明るみになるわけで。


「トキ……」


 スズカがジト目で訴えてくるのは通貨の流通だ。

 やっぱり必要だよね。

 文明が発展するということは、そういうことなんだろうね。


 各拠点の生産量、収穫量は等しくない。

 人類皆平等さ、助け合って頑張ろうぜ、って台詞は通じるのは時々ある緊急イベントのみだ。

 頑張った人が報われる世こそ平等だ。

 あんまりこの認識が強く広まり過ぎて、頑張るのが当たり前の時代になったとき、その認識を利用して狡賢いブラック企業が誕生したりもするのだが。


 だから人間時代会社に殺された立場から言うと、あんまりこの考え方は好きじゃない。好きじゃないけど、まあ真理ではある。


 通貨か……


 誰が発行するんでしょうか?

 はい、俺です。


 少なくとも俺がそれ用の直属の組織を作らないと駄目なヤツですね。

 解っています。

 いずれ……いえ、近日中に、ええ……前向きに検討……いやいや、必ず実行しますよ、ええ。


 魔王国とか言われてるけど、俺個人としてはここが国という認識がイマイチ持てないんだよね。

 周りを見ろよ、日本が何処にある? と言われればその通りだが。


 ここのトップの座を譲る気はない。

 偉ぶりたいわけじゃない。

 誰かの下に就くのはもう嫌だ。


 だがトップにはトップにいる為に成すべき責務がある。

 結局この世に本当の自由はないのか。




 ……話は変わって。


 各拠点や各路線の途中に所々建つ監視所兼電波小屋発電施設は通信システムを通してスィンの支配下に入っている。


 通信システムがあるのだから当然発電機も既に設置されている。

 発電機の最優先目的はシェルターを失ったとき、他の拠点が俺の避難する第2のシェルターとして機能する礎となることだ。 


 ではシェルターとして機能する為には、最低限何が必要だろうか?


 外敵から拠点内を守れる防衛能力。

 拠点内で生きていけるだけの供給能力。

 身体が洗え、服が洗濯でき、綺麗な食器で食事が摂れる程度の当たり前の衛生環境。

 こう定義した。


 供給能力というのは何も生産能力だけに依存するわけではない。

 5日で腐る肉を10日分渡して、順当に消費すれば5日分は腐る。

 10日間保存できる保存能力があって初めて10日分の肉は10日分の食料として供給された事になる。


 一方防衛能力となると難しい。

 俺が他の拠点に避難していると言うことは、このシェルターが突破される戦力を迎えたということだろう。

 ただでさえ他の拠点に同レベルを求められるものじゃないっつーに……どないせえと?


 ということで防衛能力に関しては後回し。

 衛生環境に関してはエルフ達も石けんを初めとする洗剤は作れるので後回し。


 供給能力、つまり保存能力の強化が最初の課題だ。


「冷蔵庫と冷凍庫よね」

「出来れば製氷機もかな。船の中で氷が使えるようになれば、漁船がもっと遠出できるし」


 5日で腐る肉を獲ってから4日後に10日分渡したら9日分が無駄になる。




 冷蔵庫や冷凍庫、製氷機に関しては何も億劫なことはない。

 シェルターに何百とある部屋に完備されているものを持っていけばいい。


 いい加減、シェルター設備を眠らせててもしょうがないかなって思い始めた。

 撃退機作る時は居候に使うよりはシェルターの予備部品として残しておいた方がいい、何て考え方もしてたんだけど……


 スィンの整備下にあるシェルターの機械達が壊れる未来が見えない。

 シェルターの食堂で食事する俺達に明らか他の客間の設備なんぞ無用の長物だ。


 発電機があるなら電気ポンプも動く。

 水を汲み上げられるなら製氷機で氷なんぞバンバン作ってしまえばいい。


 シェルターの為の設備ならシェルターから持って行っても問題なし。

 断じて設計するのが面倒臭くなったわけではないよ? ホントだよ? 




「三種の神器がテレビと冷蔵庫と洗濯機だったわよね。やっぱり文明の育ち方って変わらないものなのかしらね」

「生活に欠かせないものから便利にしようとするのが普通だからね。そりゃそう変わらんでしょ」


 ……もしかして暗にテレビと洗濯機も出せと仰ってます?

 いや、充分量あるけどさ。


『情報統制の為、こちらからもモニターの支給を提案します』


 スィンよ……


 現状シェルター以外でモニターが設置されているのは、ウチのお庭の講堂と会議室だけ。

 各拠点への教育はウチの居候達が各拠点に出張して行っていた。


 伝言ゲームというのは怖い。

 大抵伝わる内容が変わるから。


 モニターを設置し、通信でこちらと同じ教育映像を流しておけば、伝わる内容の精度は格段に上昇する。


「まあ、機関車で運ばせるだけだしな。Gも同行させれば設置は任せられるし」


 俺の負荷は少ない。

 よしとしよう。


 確か機関車や電波小屋建てるときは、これで俺が手を出すのも最後か……などと感慨を持った気もするのだが。


「いいじゃない。トキの仕事が増えるわけじゃないんだし」

「まあ、そうなんだけど」

「といいことで、通貨の件よろしくね」

「んぐっ」


 忘れてなかったか……

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