獣を内包する者
普通なら恐怖におののく民に脅威へと立ち向かう姿勢を見せるべく、先頭に立つのが為政者というものではなかろうか?
為政者が為政者たる為に民衆の支持は必要不可欠。
窮状でこそ民を率いる者に、人々は惹かれ、魅せられ、ついて行く。
自国の領地に危険な魔獣がのさばる。
考えてみれば恐ろしく危険な状況と言えよう。
しかしそれでもシェルターから出てこない魔王。
これは聖人達にとって予想外だった。
遙かな昔に決別した虎狩りの民の性情を、聖人達が理解できていなかったとも言えるが。
この事態を受け、ビリオン達は作戦を変更する必要性に迫られた。
シェルターに直接攻撃を実行し、魔王に打ち勝てる戦力の開発。
強力な力はしかし、自分達にとってリスクでもある。
その刃が自分達に向けられるかも知れないのだから。
HC実験体に施されたMINDWEDGEは、ある意味その究極とも言えよう。
だが、前時代の遺産であるそれは現存する数に限りがあり、また新たに作るにも資源がなかった。
HC実験体を用いて黒騎士達を取込み、魔王国へ侵攻する。
オペレーション“ヒャッキヤコウ”。
トキのシミュレーションでは「負けるかもしれない」。
それでも魔王国の保有戦力は充分に状況を打破し、聖教国を返り討ち、ともすれば自国を滅ぼしかねない。
そこでビリオンはMINDWEDGEを使わずとも従順かつ強力な兵力を求めた。
人の様に道具を使える知能を保有しながら、獣の如き感覚と身体能力を持ち、猟犬の如く主に従順なる存在。
「道具を使う以上、人がベースになるかな」
「純粋な生物となれば、どこぞのゴリラ人形の様にはいかないさ。骨格が人である以上、能力もそれ相応になるが」
「変異した野獣の筋繊維を解析しよう。感覚器官もだ」
「猟犬が人に従うのは従う方が得だと本能的に教え込まれているからだ。長い歴史の中でな」
「刷り込みは催眠でも可能だね。でも、常識を覆す人がいるように、特殊な個体が生まれる可能性は危惧すべきかな」
「ならば脳を小さくしてしまえば良い。頭に耳を構成する都合上嫌でもそうなるがな」
「最終的には魔獣の力を組み込みたいね」
「まずは野獣との結合を目指すべきだろう。失敗時のリスクを考えればな」
様々な議論を重ねながら魔王を討つべく着手した新たなる生物兵器、獣人。
ひとまずの完成に息をついたラインの下に、その報せが舞い込んできたのは、彼等がウィンドルームの地下で目覚めて、間もなくのことだった。
聖都の灯が消えた。
「ビリオンはどうした!?」
「はっ、それが西へ早馬を走らせたと……それと……」
「なんだ!?」
「はっ……此度の件と関係があるかは解りませんが……」
「よい! 申せ!」
「ビリオン様が大きな声で命じる声が聞こえたと。ヒャッキなんとかと……」
間違いない。ヒャッキヤコウだ。
その命がまだ準備も整わぬ内にビリオンから発せられた。
なぜ?
魔王にこちらの思惑が露見したのだ。
では何故ビリオンは西に走った?
目的は?
考えられる理由はただ一つ。鬼堂日出雄の死。
向うはハイフィールド。自身を書き換えに向ったに違いない。
脳の中でアンドロイドが警鐘を鳴らす。
「聖都の灯が消えたのはいつだ!?」
「はっ。もう半月ほど前になるかと」
「チィッ!」
手遅れだ。
もう、聖人はおそらく大半が抑えられてしまっただろう。
◇◆◇◆◇
言われた通りに食べ、言われた通りに眠り、言われた通りに訓練をこなす。
目覚めた獣人シバはそんな生活に疑問も持たず同じ毎日を過ごしていた。
そうしなければならない。
そうすることが幸せだ。
催眠によって刷り込まれた認識に疑問も持たずに。
生きたくばラインの命令に従わなければならない。
そう思い込んでいた。
だから戦った。
間違いだったのかもしれない。
戦いに敗北し、多くの仲間を失い、ラインは捕らわれ、逃げ延びた場所は深い森に囲まれていた。
野獣たちに襲われ、仲間達は今も数を減らしている。
このまま自分達は消えてしまうのかもしれない。
10年以上の逃亡生活に、仲間達も疲れ切っている。
今も自分達は追われているのだろうか?
「もっと遠くに逃げよう。安心して生きていける場所へ」
このままここにいても皆死ぬだけだ。
「敵は西から来た。東へ行こう。安全な場所を見つけて、やり直すんだ」
逃げた筈だった。
だがそこには奴らがいた。
あの平和だった居場所を攻め滅ぼした奴らが。
攻め込んできた者達は、角を生やし、身軽さを活かす軽装だった。
それに対し、黒い鎧を着込んだ者達は一見似ても似つかない。
だが解る。
生まれ備わった優れた嗅覚がそうだと教えてくれる。
奴らはアイツらと同じだ。
結局自分たちはアイツらに打ち勝たない限り、生きていけないのだ。
◇◆◇◆◇
捕えられた牢獄の中。
強固な石造りの建造物は脱出を許さない。
ただ死を待つためだけに生かされる日々。
そこには絶望しかなかった。
希望は大きく響く破壊音と共に訪れた。
(なんだあれは……!? いや、それどころじゃない)
撃ち込まれた余りに巨大な鉄の杭。
漂う白煙から垣間見せる漆黒の破壊の化身は、強固なはずの建屋を破壊し、牢を歪ませた。
「皆、無事か!?」
「ああ」
「ならば出るぞ! きっと神が俺達に与えた最後の機会だ!」
「だが何処に!?」
「何処だってここよりはマシだ。とにかく走れ!」
騒ぎに乗じて逃げ、走りに走った先。
まだ完成していないのか、高さの歪な壁が囲う地がそこにはあった。
「おい、見ろよ。食料があるぞ」
「ああ、武器も見つかった。ここなら……」
野獣からも人からも身を守ることが出来るだろう。
あの牢獄を撃ち抜いた神に導かれ、自分たちはここへ来たのだ。
「今度こそ守る。皆で生き抜くんだ!」
彼等は知る由もなかった。
その神の鉄槌が、今度は自分たちの守るこの地を破壊することになることなど……
◇◆◇◆◇
獣人達にとって二度目の敗北。
自分達は何を間違えたのだろうか?
希望を与えたもうた神の鉄槌は、今度は悪魔の鉄槌となって自分達が定めた新天地に振り下ろされた。
全員が捕えられ、今度こそ死を覚悟した。
「ぎゃぁぁあああああ!」
「ヤ、ヤメロォオオ!!」
「耳がぁ! 耳がぁあああああ!!」
ただ死ぬだけでは許されないというのか。
突如始まった拷問。
「凄いな……こんなに効くのか……」
「見ていて彼等が可哀想になりましたよ」
「これがあれば、確かに此奴らは敵ではないな」
「ええ。確かに……」
なぜか拷問している者の表情が引いているが。
「シュテン殿」
「ん?」
「その獣人撃退機、頂けないでしょうか?」
「ふむ……相談はしてみるが、何故だ?」
「この地を治める者として益をとったまで。恐怖を刻み込んだ後、聖教国に帰した方が何かと……」
「ふむ……本音は?」
「彼等の贖罪は十分かと。この惨状を目にした後、彼等を処刑出来るほど私は人でなしではありませんよ」
「……うむ。望みが叶うよう私からもトキ殿に伝えておく」
まともに立つ事も出来ず、のたうち回る獣人達を見ながら勝者達の話は進んでいく。
(もう、好きにしてくれ……)
シバの麻痺した耳では、何を言われたのかは聞き取れなかった。
◇◆◇◆◇
「ここから進むと聖教国、お前達のいたウィンドルームへ帰ることができる」
「ああ……」
「僅かだが路銀を渡しておこう。聖教国に入れば数日の宿と食事を得ることも出来よう」
「ああ……」
「聖教国には冒険者ギルドなるものがある。そこに行けば仕事も得られよう。後はお前達次第だ」
「解った……」
「ウィンドルームにはこちらから話を通しておいた。追い出されるようなことはあるまい」
「助かる……礼をいうべきか」
「追い出す相手に不要であろう。忘れるなよ? 今後もしこちらに手を出そうとすれば」
「解っている! ……子孫に語り継ごう。約束だ」
理由は全く解らないが、シバ達は釈放された。
きっと神はこう言っていたのだ。
ここはお前達のいるべき場所ではない。
ここで生きることも死ぬことも許さない、と。
◇◆◇◆◇
「獣人達を受け入れるか……よかったのか?」
「ああ。今は馬鹿な者達が魔王国に手を出すようなことがあってはならんからな。奴らが恐怖をばらまいてくれた方が好都合だ……今はな」
「そうか……それで手を出せるようになるのはいつだ?」
「まだまだ先のことになろう。こういったことはラインの方が得意なのだが……やれやれ」
仄暗い部屋。
データを移すモニターの明りだけがピッタとヨハンを映す。
その後ろに横たわる4人の人影。
「アンドロイドの強靱な骨格、適切な状況判断を可能とする処理能力。前時代の兵器を使いこなしつつ魔獣の力を内包する……か。完成すれば確かにあの鉄壁の魔王城を滅ぼせるかもしれんな」
「ああ……特にビリオンには期待している。元は軍事アンドロイド。さぞかし強力な兵器に生まれ変わるだろう」
聖人と呼ばれた4人は死者のように身じろぎもしない。
「ところで、突如聖人達がいなくなったとなれば民も混乱するだろう?」
「既に手は打った。民には聖人達は“神との対話”に入ったと伝わっている」
「随分とまた宗教的な話を流したものだな……」
「聖人と名乗り、教会まで創ったのだ。あるものは有効に利用せねばな」
「フッ……確かに、な」
<あとがき>
11章完
「12章 ~古の書~」2/22以降更新予定です。
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