虎皮の迷案
シュテンが帰って来ている間、虎皮達は閃いたらしい。
またもや頭の上で懐中電灯がペカーッって光ったわけだ。
いっそショートして頂けないだろうか?
電気トマトでも食えば物理的にいけるだろう。
虎皮にとっての名案は、大体が良識ある者にとっての迷案でしかない。
虎皮達の戦いはイーストサイズへの弁償の一部だ。
ミッションは可能な限りスマートに、イーストサイズを初めとするサイズタイドの皆様にご迷惑をおかけしないようにしなければ。
そう思わんかね?
「はっ!」
「ガウッ!」
「なんで清々しいまでに、やってやりました! みたいな顔してんだよ……」
仲間達を傷つけられ、頭に血が上っちゃったというのもあるのだろう。
虎皮達はウェストサイズを嘆きと悲しみで染めた悪魔の鉄塊。蒸気機関車を引っ張り出して来たのだ。
タイヤとか大分イッちゃってたらしいが、武装は生きていたし、何より厄介な事に走ったのだ。
虎皮達もダメ元くらいの感覚で動かしたようだ。
突っ込んだ蒸気機関車をちゃんと再利用していれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。
無事に持って帰ってきてね、と言い含めておけば……ああ。
後は言うまでもないだろう。
獣人達は虎皮達の手によって捕縛された。
その引き替えに彼等が立て籠もっていた周辺集落は、今は跡地。
壁や建屋は瓦礫と化して、悪魔の力が如何なるものかを物語っている。
「賠償金がまた追加になるな……」
「えーっと、でもほら……良かったじゃない? 皆無事で帰って来て」
無事じゃない方が良かった感が凄い。
「稼ぎ頭のイワザル達に感謝だな。まさか今の時代に金の心配しなきゃならなくなるとは思わなかった」
ウチで使わないとはいえ、機関車による往来が普通になれば、またイーストサイズに迷惑かけるかも知れない。
撃退機は買って貰えるだけ生産することにしよう。
撃退機と言えば獣人撃退機、高周音波メガホンはそういえばどうしたのだろう?
「獣人達の尋問に使えるのでな、今回の損害賠償代わりに置いてきた」
「使えるって断言したってことは、試したのか?」
「ああ、皆泣いて悲鳴を上げた」
「尋問と拷問って違うと思うんだけどね……」
まあ効果があったのはいいことだ。
「あの獣人撃退機は数を用意できるのものなのか?」
「へ? そりゃ生産しようと思えば、できんこたぁないけど……欲しいの?」
「いや、イーストサイズの領主より、かなり遠慮がちにだが言われてな」
その程度で償えるならいくらでも用意してやろう。
「……構わんが野獣には使えないぞ? 撃退機が野獣に効くのは、音の出所に生物がいなくて、誰が攻撃しているのか野獣共が解らないからだ」
「獣人が聖教国にまだいないとも限らんから、と」
サイズタイドにとって黒騎士は最大戦力。
その黒騎士に対抗されるなら警戒もしたくなるか。
「解った。用意しよう」
「頼む」
さて、全く望んだ形ではなかったが、一応片付けるべきものが片付いたのは確かだ。
後は払うもの払う以外にやるべき事も出来る事もない。
いいよ。
メガホンぐらい用意するよ……イワザル達が。
「ところで……やっぱりその獣人さん達って処刑になるのかしら?」
「そりゃま……どうなんだ?」
見るとシュテンは顔を横に振る。
「いや、出来れば聖教国に帰したいそうだ」
「へ? なんで?」
サイズタイドの決断に口挟む気はないが、純粋に意外だ。
「獣人達への対応策が確立できるならば、奴らはさしたる脅威ではない。だから利用できないかを考えた、ということらしい。それもあって、あの獣人撃退機を欲したようだ」
「感情に左右されない優秀な領主だな」
「ああ。特に獣人を恨む要素もなかったとは思うが」
「……」
コメントし難いな。
獣人を今の状態で聖教国へ釈放する。
獣人は流石にサイズタイドをもう一回攻めようとは思わないだろう。
聖教国で人々と混じって生きてくれれば、「サイズタイド超怖い」って噂を流してくれるかもしれない。
その噂は聖教国への抑止力になる。
山田から聞いた彼等の出自を考えれば、新体制下の聖教国で彼等はアウトローだ。
或いは野党に身を墜とすかも知れない。
それでもサイズタイドに悪いことはない。
ウィンドルーム辺りに迷惑かけてくれれば、騎士達は獣人達の相手に人手を割く。
そんなときサイズタイドと喧嘩なんてしてられない。
ウィンドルームはサイズタイドと衝突しないよう気を使うだろう。
首を斬ればプラスはない。
住民達の労働分マイナスだ。
生かして利用して、僅かでもプラスがあるなら、その方が良い。
シュテンの言う通り、サイズタイドには特に「獣人許すまじ!」っていうような感情を持つ理由がない。
黒騎士と虎皮共が怪我したくらいで、獣人達による被害ってあんまりなかったからね。
集落壊したのは虎皮だし……
「さて、気を取り直して」
終わったことは変えられない。
未来を見て歩いて行こう。
やることはまだ沢山あるしね。
ひとまずは、
「新しい蒸気機関車の実用化だ。機関士は……」
それでも虎皮しか選べない人手のなさよ。
「先に壁の建設を急がせねば」
正面衝突に耐える壁の建設を。
◇◆◇◆◇
因みにこの壁は、後日誰が名付けたのか“嘆きの壁”と呼ばれるようになった。
機関車の運行が再度始まった後、この壁に何かが衝突する大きな音と共に、誰かさん達の悲鳴が聞こえたのが名前の由来らしい。
理由は悲鳴が聞こえてから暫く後、何故か前面が潰れた機関車が修理の為にウチのお庭に帰ってきたことから察して欲しい。
まあ、なんだ……
俺の願いは通じなかったようだ。
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