獣人の噂

 虎皮共は炎上トマトで火力が上がることを知っていたらしい。

 火力が上がれば機関車の速度も上がることも理解していた。


 サイズタイドに改めて「ウチって凄いやろ?」って見せつけるにはどうするか。

 スピードは早い方が迫力が出るだろう。


 虎皮共は考えた。

 そして直前で閃いた。

 頭の中で豆電球がペカーッっと点灯したわけだ。

 ブレイカーがあるなら即刻落としてやりたかった。


 なぜぶっつけ本番でやったのか?

 いや、知ってたら練習だってさせなかったけど。


 やっちまったもんは仕方ない。

 仕方ないで済ませていい事故の規模じゃない気がするが、過ぎた時間が戻らないのは確かだ。


 幸いにも今回死者は出なかった。

 逆になんでだよ!? と思わなくもなかったが、不幸中の幸いだ。

 素直に喜ぼう。


 因みに理由は煙を噴いて高速で走る巨大な漆黒の何かを見て、イーストサイズの東側にいる領民達は、機関車が突っ込む前から皆逃げだしていたからだそうだ。


 ……事前に連絡とかしてなかったしね。

 ホント、なんか色々スンマセン。


 基本的に人付き合いは苦手だが、わざわざ恨まれ厭われる必要もない。

 

 オーガとタイガをシメ終えたところで、シュテンが力尽くで黙らせたイーストサイズについて考えてみる。

 このままで良いだろうか?


 ダメなんじゃないかな……多分。


 そもそもイーストサイズやサイズタイドが今回の件について沈黙を保っている理由は何だろう?

 やっぱりシュテンのパワーによるハラスメントだろうか?


「領主の反応を見る限り、私と言うよりはこの街に恐怖を感じていたようだぞ?」

「何でよ?」

「向こうから見れば、いきなり街を問答無用で蹂躙されたわけだからな……」


 ……確かに。

 向こうから見れば何も悪い事してないのに、いきなり質量兵器を叩き込んでくる脳みそサイコなテロリストみたいなもんだ。しかもタチの悪いことに武力はサイコ側が圧倒的。

 そらビビるわな。


「あくまでミスであることをしっかり説明してきてくれ。それと損害については出来る形で賠償するとも」

「承知した」




◇◆◇◆◇


「で、話し合いの結果が……何だって?」

「獣人だ」


 聞き間違いではなかったらしい。

 流石に理解できない。


 俺が知ってる獣人といえばアレだ。

 頭にケモ耳があって尻尾が生えているヤツ。

 大体の挿絵や漫画では、本来人間の耳があるところは髪の毛で隠されている(偏見)。実際、この辺り細かく描写されてもイヤだけどね。


 まあ、ここは現実だ。

 蓋開けたら毛深いオッサンとかそういうオチだろう。


「それで、その獣人達が建設中の周辺集落を乗っ取ったと……」

「ああ。だからその獣人達をどうにかできないかと」


 衛星街を含むサイズタイドは、領民をとても大事にする。

 街に不満をもつ周辺集落の人達が乗っ取った場所だしね。

 聖人とか特別な存在がいるわけでもなし、これで過去のサイズタイドと同じ政治をやろうもんなら同じ目に遭わないとも限らない。

 その方針は領の最優先事項として連綿と受け継がれている。


 とはいえ人は放っておけば増えていくわけで、当然街は人で飽和する。

 虎皮共らに破壊されたノースサイズの復旧も終えて久しい。

 それでも土地は埋まっていき、しかし増え続ける人の住処が不足する前に確保する為、周辺集落を建設し始めた訳だ。


 聖教国の周辺集落はとにかく防御が弱い。

 人の住処と言うより、溢れた人の捨て場の様な扱いなのに対し、サイズタイドはかなり頑強な集落を造り上げている。

 黒騎士の人数の都合上、集落の防御を完璧に黒騎士が担える訳ではないが、クロスボウとかウチから援助された武器もあるので、外枠さえ出来れば人々の手によりそれなりに運営できるそうで。


 安全と食料が確保されていれば民衆からの文句は少ない。

 いっそ街増やせば? と思ったが、上下関係はある程度解るようにしておかないと逆に反乱等に繋がるそうで。


 ともかくそんな経緯でサイズタイドの周りは建築中の周辺集落が多数ある。

 ガッチリ分厚い防壁を備えた周辺集落が。


 そこの一つを乗っ取られたと。

 中々厄介な話である。


「黒騎士は対応してないのか?」

「破壊された街の復旧作業に当たっている」


 なるほど。

 

「じゃあ、何とかする方向で。オーガ、タイガ」

「はっ! お任せを!」

「ガウ!」


 挽回のチャンスは必要だ。

 任せて……いいんだろうか? ん、任せよう。


「しかし、どこから来た奴らなのかね?」


 またドワーフみたいな新人類だろうか?


「イーストサイズからだそうだ」

「ん?」

「それがだな……」


 少し前にウィンドルームの方向から彼等はやってきたらしい。

 身体に傷を負い、ウェストサイズまでやってきた彼等は防衛線、つまり黒騎士達を見ると怒り狂い襲いかかってきたという。


 当然黙ってやられてやる義理はなく、黒騎士も防戦。

 彼等の身体能力は高く、1対1なら黒騎士をも凌駕したという。凄いね。

 とはいえ数と武装で勝る黒騎士は彼等の捕縛に成功した。


 ウェストサイズの領主は彼等の見たことのない風貌に驚きながらも、何者か、どこから来たのか、目的は何かと問うてみたが、獣人達は敵意をむき出しにして応えなかったという。


「解ったのは奴らを率いる者の名がシバということ位らしい」

「野盗の名前とか知ってもね……」


 いきなり街の騎士に喧嘩を売ってきた野盗である。

 すぐに処刑しても良かったのだが、彼等の来た方角はウィンドルーム。

 貿易相手にトラブルはゴメンだと一応ウィンドルームに探りを入れようとしたが、ウィンドルームはそれどころではなかった。


 暫く前にウィンドルームで起きた争いのせいだ。

 噂程度には聞いていた。


 最悪知らぬ存ぜぬを通せるよう、ならばと獣人達をウィンドルームから一番遠い場所、つまりイーストサイズに運んでから処断しようと考えていたそうだ。


 勘違いだがサイズタイドはウチに支配されていると思われているからね。

 聖教国側から直接コンタクト出来るノース、ウェスト、サウスと違い、内部まで入り込まないといけないイーストサイズにまで手を出すことに関しては、聖教国も消極的なんだそうで。


 獣人達の護送を終え、処刑の日までの隔離場所として街の一角に監禁していたのだが、その建屋が不幸なことに倒壊したそうだ。


 尚、倒壊理由はとある場所から送られた質量兵器による。


「賠償ってか、ここまでしっかり目にウチのせいじゃねえか!?」

「否定は出来んな。して、どうする?」

「んー、ひとまず依頼は虎皮共に受けさせよう。その上でなんか他に出来ることがないか俺の方でも考えてみる」

「助かる。私としてもサイズタイドとの関係が悪化するのは困るのでな」


とはいえ、何をすべきだろうか?




◇◆◇◆◇


 イーストサイズの件は勿論、蒸気機関車についてもこのままというわけにはいかない。


 設計図は残っている。

 材料さえあれば新規に造ることは可能だ。

 修理となると街に突っ込んでおそらく壊れた機関車を、まずウチまで持って帰ってくる必要がある。

 流石に重労働過ぎじゃないだろうか?

 当然、俺やマサルが遠征するなんて選択肢はない。


 つまりイーストサイズから壊れた機関車を運び出し修理するより、新しく造った方が手間はかからない。

 イーストサイズで横転している機関車は、獣人とやらの捕縛のついでに虎皮達に引っ張り出させて処分して貰おう。


 この後、俺には電波塔建設プロジェクトが待っている。

 任せられる仕事は任せないと手が回らない。


 材料はまだまだそこら中に落っこちている。

 獣人とやらは虎皮に、機関車はマサル達にお任せだ。


「いつの世にも避けられぬ不幸な事故ってものはあるものだ。でも事故が起きたからって、今更機関車の話をなかったことにするのは違うよね」

「普通に避けられた人災だと思うけど……そうね。目的はシュテンさんの働き方改革なわけだし。でも良いの? こう言ってはなんだけど……いつかまたやるわよ?」

「そこは対策を打とう」

「どんな?」


 自動ブレーキとか?

 あんまりハイテクにしたくないんだよね……電力の確保とか言い始めるとキリがないもの。


「イーストサイズの前に壁を建設しよう。正面衝突に耐えられる強度のヤツ。最悪でも機関車だけが壊れるように」

「ぶつかったら乗ってる人達が無事じゃ済まないわよ?」

「街に突っ込んでも一緒だろ? ……普通は」

「それもそうね」


 苦労をかけるがドワーフにでも建てて貰おう。

 いつの日か壁の強度が実証されないことを祈る。

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