豪速のアンダーファイア

「さて、なんで呼ばれたかは解ってるな?」

「はっ」

「ガウ」


 会議室に並ぶ傷だらけのオーガとタイガ。

 芯が通ったように頭の先から足の先までピシッと気を付けの姿勢。


 スズカとシュテン、ついでにヤコウ。

 会議室ではここ暫くお決まりとなった飲み面子だが、今日はちょっと空気が違う。

 何故って、俺が説教してるからだ。


「で、原因は?」

「はっ、その……よかれと思いまして……」

「ガウ」


 その思考回路が理解できない。


「どう考えて“良い”と判断したんだ?」

「はい。速ければ速いほど主の御力を示せるのではと……」

「ガウ」


 わざわざオーガとタイガを呼び出した会議室。


 別に俺もこんなパワハラ上司の真似事をしたいわけではない。

 だがそれでも、流石にやらなきゃならんときはある。




◇◆◇◆◇


 長い戦いだったと思う。

 特に鉄道……鉄でできてないから鉄道とは呼ばないか?


 害獣撃退機を量産し設置し、道を平らに均し、壁で囲う。


 繋がったと思ったら直下にダンジョンが現われて崩壊。

 きっちり地下を埋めて、また均して……


 作業者達には他にも仕事がある。

 そんな忙しい日々の合間を縫ってとうとう開通した蒸気機関車が走る道。

 うん、長いから鉄道でいいでしょう。


 その期間12年。


 逆によく12年で終わったよね。




 これだけ期間を経たわけだから、当然事前に蒸気機関車はとっくに完成し、マサルによって短距離運転試験は終わっていた。


 設計は俺。

 更にスィンに実用シミュレーションも設計段階で実施させ、マサル達が組み上げた蒸気機関車。

 不安要素はドワーフが作業した壁だ。

 ひとまず出来かけの鉄道を使った短距離運転試験では一切問題はなかった。


 次はイーストサイズまでの実用化に向けて進むのみ。


 蒸気機関車が完成した段階で、鉄道がイーストサイズに繋がるには、まだまだ時間があった。

 その間に機関士を育て、鉄道が出来れば実地での実用試験運転だ。


 機関士には虎皮達が手を挙げた。

 現状、数を増やした漁船は東北、中部拠点にも配備され、東北拠点の虎皮は勿論、エルフに釣りを教わった中部拠点の黒騎士達も少なくない釣果を日々上げている。


 まるで我が物のように船を操る彼らの姿は、海の覇者。

 ならば中央にいる俺達は陸の覇者じゃい! と張り切っちゃったらしい。 


 まあ、こっちも機関車に関しては虎皮が乗る想定で考えてはいた。

 害獣撃退機があるとはいえ野獣や魔獣の襲撃がないとは限らない。


 いざというときの戦闘に耐えられるのは虎皮、エルフ、黒騎士。

 エルフは虎皮に比べ人数が少ない上に毎日農業で忙しく、黒騎士はサイズタイド、中部とただでさえ分散しているのでウチにいる人数は僅か。

 結局人手が余っているとなると、虎皮くらいしかいないという……まあ消去法だ。


 実際、虎皮想定で道の両脇に壁まで拵えたわけで、文句はなかった。


「オーガ、聞こえるな? マサルがこれから手本を見せる。俺の説明をよく聞きながら、よく見て覚えてくれ。この後、実際にやって貰うからな?」

「はっ!」


 機関車が動き出し、興奮するオーガとその肩の上のガラクタを宥めつつ、がっつり指導。

 しっかり覚えて貰ったら、他の奴らへの教育はお任せだ。


 ずっと一人機関士専属でつけるという考えは虎皮達は持ってなかったし、俺もそうあるべきではないと思った。

 ちと気が早かったかも知れないが、いざ動き出したとき専属機関士が病気になったら困っちゃうしね。


 オーガは張り切って部下の虎皮達に指導した。

 狩りの技を子へと受け継ぐ狩人の民。指導は完璧だ。


 オーガは9人もの部下達を集め、しっかりと指導した。

 指導される者達もしっかりと吸収し、操縦技術を我が物にしていった。

 オーガ自身も含めれば、10人の機関士が誕生したわけだ。

 多すぎない?


 そして、鉄道も完成した。


 ウチから東北、南関東拠点はまだ鉄道が出来上がっていないというのもあるが、初の実用試験はそれ故、ウチ~イーストサイズ間で実施する事になった。


 ウチから中部拠点の横を抜け、イーストサイズ手前まで。イーストサイズ手前に建設したUターン広場でUターンし、同じコースを通って帰ってくる。

 その後機関車と鉄道をチェックして問題なければ、いよいよウチ~中部拠点~イーストサイズが鉄道で繋がることになる。


 虎皮共の覚えが早かったのは、運転システムに関して徹底的にシンプルイズベストを目指した事も大きいかもしれない。

 機関室の作業は薪を入れる釜とブレーキと汽笛のみの構成。

 ハンドルはない。

 壁と車両の間にベアリングとバネを組み合わせたガイドを付け、壁に沿って走るしか出来ないよう細工した。


 アホみたいにスピードを出して、壁を乗り越えるか壊すでもしない限り、前時代の電車の様に一定のコースしか走れない。

 釜の大きさと薪から出る熱量から機関車が出せるスピードには限りがある。

 つまり暴走はあり得ない。


 シミュレーションでは完璧なはずだった。

 俺は虎皮共に対し、理解が足りてなかったらしい。




 考えてみれば指導の間、虎皮達は興奮し通しだった。

 自分が薪を入れれば、巨大な鉄の塊が走り出す。

 電車なんぞ見慣れた俺と違って、彼等にとってそれは夢と浪漫の塊だったのだろう。


 余りの興奮に脱糞した者まで現われた程だ。

 勘弁して欲しい。

 指導を終えた者達は、感情のままお祭りの様に騒ぎ立てた。

 尻洗えよ。


 その光景をモニター越しに観ながら、なんとなく嫌な予感はしたが、とはいえただ壁に沿って走るしか出来ない蒸気機関車。

 ……甘かった。




 そして長距離実用運転当日。


『本日は記念すべき日になりますな、シュテン殿』

『うむ』

『この記念すべき日、主に恥をかかせぬよう我々も入念に準備してきましたからな。楽しみにしていて下され』

『ほう』


 多分ロクな事考えちゃいないんだろうと思わんことはなかったが、多少ハメ外して騒ぐ位いいや、とこのときは思っていた。


『楽しみだ。私も今日は併走するのでな』

『うむ。世話になりますぞ、シュテン殿』

『ガウ』


 一応シュテンに列車を追跡させることにした。

 外から見て何か異常を感じたら、すぐさまシュテンが運転席に連絡出来るように。

 更に上空からトリィがモニター役兼監視役としてついて行く。

 万全の体制だった。


『そうだ。折角ですからこの機関車とやらに名を付けるのはどうでしょう?』

『うむ。良いのではないか? して、何か候補でもあるのか』

『実は事前にスズカ殿に相談していましてな。古代では地の覇者をベヒモスというそうですぞ』

『おお、良いではないか」


 スズカ……何教えてくれてんのよ?


 ゴホン。さて、その記念すべき実用試験。

 さっきも言ったがコースは簡単だ。


 ウチから発進し、サイズタイドまで行ってUターン広場でUターンし、そのまま帰ってくる。

 言い換えれば、ただ薪をくべ続け、ウチの前でブレーキを引く。それだけの作業。


 何を失敗する余地があるというのか?


 車両に乗り込むオーガと選ばれた精鋭9名。 

 全員乗ってどうすんの? と思ったが少ないより良いかとも思った。

 結果何の役にも立たなかったが……




 こうして通信エリア外に出た機関車を見送って数時間後。

 トリィが慌てて帰って来た。

 何があったのだろうか?


『トリィの録画映像を解析しました。本日実施した蒸気機関車の実用運転にて事故が起きたようです』

 

 スィンの冷たい声が聞こえた。




 ここからはトリィが撮った映像のままを語ろう。


 皆の期待を乗せた蒸気機関車は揚々と発進した。

 順調に走り続けた。

 

 走り続けて数時間、もうすぐイーストサイズが見えてこようかというところで異変が起きた。


 オーガ達が皆、車両の天井に登り、並んで旗を掲げた。

 

 旗に描かれているのは龍。

 不本意ながら俺のシンボルみたいになってやがるそれをなびかせながらオーガは叫んだ。


『イーストサイズよ! 見よ! 我らが主の偉功を!!』

『ポッポーーー!!』


 汽笛を鳴らしたのはタイガだと思う。

 ボタン式にしたのでタイガの肉球でも押せるしね。


 これがオーガの言っていた準備なのだろう。

 何やってんだか……と思わなくもなかったがこれだけなら無事に機関車はUターンして帰ってくるはずだった。


 問題はそこじゃない。


 その間も何故か機関車は速度を上げ続け、その速度は想定値を遙かに超えた。


 シュテンが最高速度で走って全く追いつけない速度。

 虎皮達も想定外だったのか、しがみつくしか出来なかった。


 タイガの肉球じゃボタンは押せてもブレーキレバーは引けない。


 そして……


 がっつりスピードの乗った機関車は、Uターン広場の壁をぶち抜き、虎皮共を外へと射出し、間が悪くも開いていたイーストサイズの門をくぐり抜け、街中へと突っ込んで、デカい建屋を瓦礫に変えた。


「うわぁ……」


 思わず呻いた。

 道やUターン広場の壁はただのガイド。正面衝突に耐えられなくて良い。

 あの判断を今は悔やんでも悔やみきれない。


 何故虎皮共が皆普通に生きているのか謎で仕方がないが、こうして蒸気機関車の長実用運転は失敗に終わった。




 今回に関しては、明らか悪いのはウチで、何を言ってもやっても文句を言われる筋合いのないイーストサイズの領主をシュテンがそれでも力技で黙らせ、ひとまずオーガとタイガを背に乗せて連れて帰ってきた。


 ありがとうシュテン。

 そしてすまない、イーストサイズ。


 当初の想定速度を超える機関車の謎は、シュテンに乗って帰ってくるオーガの言葉によって解けた。


「うーむ。まさかアンダーファイアのトマトを燃やすと、あんなに速度が出るとは……」

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