聖教国王
その手にかけた父の亡骸。
すでに息せぬその身体は人間であることを辞めていた。
泣き叫ぶべきだろうか。
それとも憎しみに身を任せ、怒りのままに戦うべきだろうか。
息子としてとるべき行動に、しかしもう一人の自分が待ったをかける。
目の前で起きたそれは、ただの父親の死ではない。
“人間の滅亡”。
連続するエラーメッセージに頭の中が悲鳴を上げるかのようだ。
一方で冷酷なまでに第三の原則、自己防衛を命じるもう一人の自分。
人間である鬼堂億長にアンドロイドであるビリオンが、まずは「自分を守れ」とがなり立てる。
アンドロイドにとって原則は人間の本能のようなものだ。
抗いがたい欲求に億長、いやビリオンは自己防衛を優先した。
閉じ籠って生きていけるならば、このような決断は下さない。
飢えることがないならば、他者のことなど敵視しない。
脅威と思える程の相手に出会わなければ、排除は考えない。
だがビリオンは兆とは違う。
自身を守る防壁、黙っていても出てくる食料、その気になればいつでも脅威を排除できる武力、その全てを持ち得ない。
安全に生きたくば、新人類を壁にして生きることのできる国の頂点に座らなければならない。
それはたった一席しかない。
現在鬼堂日出雄の死を知るのはビリオンのみ。
もし他の聖人たちがこのことを知れば、彼らも自己防衛に動き出す。
昨日の味方は今日の敵だ。
ならば他の聖人達に知られる前に、彼らを抑えねばならない。
今、聖人たちは鬼堂日出雄の為という絶対の共通意思で連携している。
目的から逸脱しない限り、互いを害することはない。
ビリオンは知るが故に他の聖人を害することができ、他の聖人は知らぬが故にビリオンを害することはできないのだ。
ゆえに聖人たちを抑えるならば今こそが好機だった。
最優先に行うべきは戦力の確保と自身の書き換えだ。
第一原則と第二原則を書き換え、聖教国最大戦力を手に入れられる場所は一か所しかない。
「オメギス、ハイフィールドに向かう! 同行しろ!」
「はっ」
聖教国で馬のアンドロイドより早い足はない。
たとえ他の聖人に報せるために使者が走っていたとしても、今から向かえば知られる前に到着するだろう。
◇◆◇◆◇
「久しぶりだな、ビリオン」
「ああ、久しぶりだね。ピッタ」
出迎えたピッタは出会った頃と何も変わらない。
そう、変わっていないのだ。
まだ何も知ることなく、今まで通りのピッタであるのだ。
「何か飲み物でも入れようか」
「ああ、すまない」
つまり、この段階でビリオンの勝利は決まっていた。
部屋に招かれ、背を向けたピッタにかけた言葉は礼ではない。
それはこれから起きることへの謝罪。
「オメギス、やれ!」
端的に命に従い動くオメギス。
口を塞ぎ、後頭部の付け根から短剣を突き上げる。
「……な……ぜ」
地に倒れた敗者の言葉は、ビリオンの口から発せられていた。
「ほう、オメギスがお主を……ということは、鬼堂は逝ったか」
「ピッ……タ?……ギッ……!」
知られていないはずの情報、知られてはならない情報。
それがピッタの口から発せられた。
あり得ないことだった。
鬼堂の死、それは第一原則と第二原則がまだ生きる聖人達にとって、存在意義の否定とまで言っていい。
それなのに。
その言葉はあまりに易々と、ピッタの口から発せられたのだ。
「回路がまだ、かろうじて繋がっているようだな」
見下ろすピッタ。見上げるビリオン。
二人の姿は、そのままに二人の関係を表していた。
「ア……ア……」
「何が起こったか解らんか? 簡単なことだ。お前はオメギスに刺されたのだ」
そんなはずはない。
オメギスの脳にはビリオンに従うよう書き込みがされている。
書き込みをしたのは……ピッタ。
だが、自分の命令が優先されることは確認している。
「鬼堂日出雄の死と共に、従う相手の優先順位を変えるように書き込んでいた。納得したかね?」
それがあり得ないはずだのだ。
聖人が鬼堂の死を前提にした行動をとるなどと。
「そんなにも難しいことかね? 私がお主とあったとき、私は既に私自身を書き換えていた。それだけのことだよ」
「ソ……カ……!!」
そんな馬鹿な!
その言葉を満足に出すこともできず、力尽きようとする身体。
それでも声を発せずにいられなかった。
「演技と寝技しか取り柄のない俳優アンドロイドなどとして目を覚ました時は、一体どうしようかと思ったものだが、結果を考えれば良かったのかもしれんな」
「ア……」
「ん? 何かまだ腑に落ちぬことでもあるのかね? まあ、このまま逝くのも哀れだ。時間もあることだし、話してやろう。オメギス」
「はっ」
「HC実験体を全て投入し、残りの聖人を抑えろ」
「はっ」
ビリオンを視界に入れることもなく、屋敷を出ていくオメギスを横目に見送りながら、注いだワイングラスを片手にピッタは勝ち誇るように言葉を投げつける。
「戦闘となれば軍事アンドロイドであるお前には機体の性能で勝てなかった。だからこの安全な拠点を手に入れる為に、お前を戦闘以外の手段で追い出そうとしたのだよ」
後にハイフィールドと呼ばれるこの場所は、鬼堂日出雄が初めに眠っていた場所。
禁忌の手法を我が身にかけた鬼堂は、徹底的なセキュリティーをこの場所にかけた。
野獣も破れぬこの場所は、優れた拠点ではあったものの、大勢が住むには手狭だった。
「お前が京都に向かったとき、鬼堂の冷凍装置を切ろうか迷ったのだがな」
鬼堂の為にビリオンは何をするか?
アンドロイドの予測能力などなくとも答えは簡単だった。
「ここにいても食料がいつか尽きる。とは言えこのご時世だ。生きるのに必要なものを安全に確保したければ、代わりに犠牲となってくれる者を確保せねばならん。私は弱いのでな」
だから、敢えて生かしていた。
手早くアンドロイドをまとめる為に、旗として鬼堂を利用した。
「私はここで高みの見物をしていればいい。発展したところで鬼堂の命を断ち、お前達を抑えてしまえば、この国は私の物だ」
そのために造り上げた。
HC実験体を。この国最大の戦力を。
「MINDWEDGEの数がもう少しあればよかったのだが、制御できるHC実験体の数だけでは食糧確保も心許ない」
それ故に、新たな人類を欲した。
「聖都の発電システムには細工がしてあってな。主電源にタイムリミットがある。予備電源も効かなくしてあるのだ。もうすぐだったのだが、先に魔王にやられてしまったか。ん? なんだその顔は? ああ、魔王は発電機を狙ったのか」
予備電源がなかったわけがなかった。
兆が発電機を破壊したあの時、動き出すはずの予備電源が動くことはなかった。
「そうか。それはまた復旧に時間がかかりそうだな……まあいい。別にもうあの施設を動かす必要はないのだ。発電システムにそこまで安定性も要るまい。ヨハン」
「!?」
ピッタが呼んだその名をビリオンは当然知っている。
「入るぞ」
「ああ」
「要件は?」
「聖都の発電機が破壊されたらしい。修復を頼む」
「解った」
倒れたビリオンに少しだけ目をやると、すぐに部屋を出ていくヨハン。
「奴も奴で哀れだな。鬼堂がいても書き換えができないか、彼奴で実験したおかげで、彼奴はアンドロイドとしての人格が壊れてしまった。さすがに哀れに過ぎたのでな。回収して修復してやったのだよ」
ヨハンが鬼堂よりも自身を優先した理由。
それはピッタの手によるものだった。
「さて、納得できたかね? ではそろそろ眠ってもらおうか。安心せい。別に死ぬわけではない。今度は私の為に生きるようになるだけだ」
◇◆◇◆◇
聖都のビリオンの屋敷。
既に魔王との別れを済ませたビリオン。
山田次郎のマスクはヨハンに受け継がれていた。
「ヨハン。これからはお主が山田だ」
「ああ」
「折角だ。一度見てくるといい。ビリオンがお主を切ってまで手を組もうとした相手だ」
「そうだな」
ヨハンが出て行ったこの部屋にいる物は4名。
その内2名は意識がないかのように眠りに就いている。
ウィシアとルナ。
「後はラインだけか。中々にしぶといようだな。獣人だったか? 彼奴の持ち駒は」
八色鳥を意味するピッタを名乗る聖人の、人の時の名は
HC細胞を誰よりも知るその男は、自身の防衛のため、全てのアンドロイドを抑えんと、HC実験体を操り、すでに4人の聖人を従える。
残り1人がその手に落ちるのも時間の問題。
そして次にその手が伸びる先は……
「彼は気づいているのかな? “記憶を消してまで自分を守る”というその意味を。自分とは何かを」
ピッタがそう呟いたのは、兆が魔法という脅威に対し、魔法の排除ではなく、自身の機能向上を実行したときと同時だった。
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