敗者の顔

「やあ」

「お久しぶりですね。まだ、山田さんとお呼びしてた方が良いので?」

「どっちでもいいよ」


 お手上げのポーズを取りながら、諦念の混じった表情を浮かべる山田。

 今まで山田と呼んでいたから、もう山田が馴染んでる。

 

 じゃあ山田で。


「で、本日は何用で? 山田さん」

「ドワーフ達を引き取りに、って言っても信じないよね」

「ああ、ありましたね。そんな話」


 そういえば前回の会話で2ヶ月後にドワーフを引き取るとかいう話をしていた。

 この記憶は消してはいない。


「ま、人間じゃない種族の話は置いておいて」


 ただ、もう無効だろうと意識はしていなかったけど。

 もう2ヶ月以上経ってるし。


「もう一度聞きますが何用で? 父親の復讐ですか?」

「ズッパリというじゃないか?」

「濁してても話が進みませんからね」


 何もかもが解った今、コイツのペースに会わせる必要はない。


「やる気ならどうぞ。ここは俺一人しかいませんので。勿論抵抗はさせて頂きますが」

「良いのかい? そんなことを言って」

「ええ。俺に援軍がいようがいまいが、俺の負けはないですし」

「随分と高慢だね」

「随分と人間臭いこと言いますね。演算から出る明確な未来予測でしょう」


 俺達は人間の感情はあるけど、人間じゃない。

 精度の良すぎる未来予測を出来るが故に、過剰な自信など持ちようがない。

 

「そうだね。いや、確かにそうさ……それに、僕は復讐に来たわけじゃない」

「そうですか。では何を?」

「一応の義理を通しに。それと僕の主からの伝言を伝えに、だね」


 主? ビリオンだと身バレしたのが解っていながらこの台詞……


「義理ってのは簡単だよ。ドワーフ引き取りの約定を反故にしたい」

「承知しました」


 違約金寄こせなんてケチなことは言うまい。

 カタログ詐欺みたいなことやっておいて、これを言えるほど俺は図太くない。


「それで、主からの伝言というのは?」

「“これからも上手く付き合っていきたい”だそうだよ」


 はぁ。


「上手くってのは? 具体的に」

「互いに必要以上の干渉はしない。するのは情報交換と貿易のみ」

「なかなか割り切った関係ですね」

「ああ、食道楽のおかげ様で皆欲深くなってね」

「知らなきゃ望まないんですけどね」

「ホントだね。昔は生きてられるだけで感謝していたというのに……まったく」

「人間であれ新人類であれ、人である以上はそうなるでしょうね」


 要は聖教国の人が美食に目覚めたが、聖教国じゃ需要を満たせないからこれからも輸出してねと。


「そういえば前から気になっていたんですが」

「うん?」

「随分聖教国の文化発展て遅くないですか?」

「まあね。今だから言っちゃうけど、鬼頭日出雄が立ち上がり聖教国の文化、文明を統一するってシナリオがあったんだよ」

「あ、やっぱり……」


 予想はしていた。


 その上でもう一つの予想があったがどっちか迷っていた。

 発展させられる程の知識データが聖人達にインストールされていない可能性。


 どんなに頭が良くても医者に家は建てられないのと一緒で、教え導く知識と技術がなければアンドロイドとてどうしようもない。

 ただ流石に料理とか人間の記憶で何とかしろよと思っていたが……うん、納得。


「喋りすぎたかな?」

「そうですね。あ、安心して下さい。こちらに害がない限り、俺からは何もしませんので」

「ふう。それはよかった。じゃあ、そろそろ。これ以上ボロが出ないうちに帰るよ」

「そうした方がいいでしょうね」


 立ち上がる山田を、ふと思い立って引き留める。


「そうそう、ところで毎回どうやってサイズタイドを切り抜けてるんです? 実は前からちょっとだけ気になっていて」

「え? ああ、簡単だよ。壺を何個か割って音を響かせてやれば彼等は持ち場を離れてわらわらと寄ってくるからね。その合間を縫うのさ」

「ああ……」


 ザルか?


「聞いておいて何ですが、言って良かったので?」

「構わないさ」

「それは……こちらに来るのは今日が最後だから?」

「そう……おそらく今後は別の者が来ることになるよ」

「名前は?」

「どうだかね」

「どうせ偽名なら同じ山田にして下さい。記憶容量がもったいない」

「あはは。そう伝えておくよ」


 そう応えて、今度こそ帰ろうと後ろを向くときに見えた山田の表情。

 俺の前で隠さなければならなかった本当の表情。


 なぜだろう?


 まるで悔しさがない。

 その顔はただ悲しそうで、どこか助けを求める子供のようだった。




◇◆◇◆◇


「ま、アイツの感情なんぞどうでもいいんだが」

「じゃあ、なんで話したのよ?」

「盛り上がるかなって思って」


 多少のドラマ性がないと、やっぱね?


「でも、どうしてかしら?」

「何が?」

「山田さんの表情の話よ」


 そらまあ、簡単な話でっせ。


「負けたからだろ? 王がいなくなった後の権力争いに」 

「あ、そういうこと」


 スズカも理解したらしい。

 しかし、人もアンドロイドも面倒くさいものだ。

 ホント、そういう意味じゃウチは平和だよね。


「なんか、やりきれないわね」

「元聖人さんだしね」

「それ言わないで」

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